スーパーGT2020に向けて、SUBARU BRZ GT300がレベルアップを図るためにやってきたことは、すでに数回に分け当サイトでレポートしている。今回はそうした戦闘力アップのために、STIが取り組んだ先端技術について、その裏側をお伝えしよう。
より高みを目指して
2018年シーズンからSTIチームに加わったエンジニアの野村章氏と、そして渋谷総監督にインタビューした。野村氏によると、現在のBRZ GT300の持っている戦闘能力でGT3勢に勝っていくためには、何をすべきかを考えた時、まず敵を知ることから始めたという。
そしてBRZ GT300には得意コース、不得手コースがある中で、より細かく分析を行ない、コーナーごとにタイヤの負荷、ダウンフォース、空気抵抗、といったデータがどういう数値なのかを計測しBRZ自身を分析した。敵を知り己をデータ分析することから、データ比較ができ「差分の見える化」が可能になる。そして勝つレース、ラップタイムを上げる効率的な走り方とは?に取り組んでいた。
ディスカッションと課題解決のための定量的評価
重要なことはチームスタッフのSTI、R&D SPORT、そしてドライバーたちと課題を共有することであり、それには、定量的に評価することで、微妙な理解のズレをなくすことだと渋谷総監督は言う。
つまり、ドライバーの走行フィールでマシンのセットアップを調整する際、理解の微妙な違いが各スタッフに起きないようにするため、定量的評価をし、最適解をだれもが理解できるようにすることだという。そして、そこで得たデータによって課題が「見える化」できるというわけだ。スバルで量産車を造ってきた野村氏も渋谷総監督も、量産車では定量的に評価することは常識であり、そうしたノウハウをレースの現場に持ち込んで、より高みを目指して行こうという手法でもある。
FIAパフォーマンスウインドウ
ライバルのGT3はFIAが定める「GT3マシン規定」で製造され、世界各地で開催されるレースごとにレギュレーションは調整されてレースは行なわれる。日本でのスーパーGTはJAF規則で造られたマシンとマザーシャシーと呼ばれるマシンが混在しているレースのため、そのFIA GT3規則をベースにして、独自のスーパーGT用レギュレーションになっている。
GT3マシンの基本性能は、FIAが公開しているパフォーマンスウインドウという性能表があり、その定める範囲内にマシンの性能を治めなくてはならない。例えば60km/hから250km/hまでの加速時の出力は車両重量とエンジンの平均出力の制限範囲が決められている。つまり、マシンはパワーウエイトレシオが小さいほど速くなるが、際限なく小さくできるということではなく、決められた範囲内にする必要があるわけだ。
他にも最小空力ドラッグとエンジン最高出力の制限範囲(前面投影面積)や、最大ダウンフォースと空力効率(ダウンフォース×前面投影面積、ダウンフォース/空気抵抗(Cd))なども範囲が決められ、メーカーが異なっていてもその性能幅の中に納められている。
敵と自分を定量的に知る
そのためGT3マシンは過度な性能競争をする必要がないため、余裕をもったマシン造りが可能だという言い方もできる。例えるなら100km/hしかでないクルマが100km/hで走行するのと150km/h出るクルマが100km/hで走行するのとでは、マシン負荷が違うことは容易に理解できる。
BRZ GT300はまさに、そうした状況の中でGT3とガチ対決しているわけだ。だが、そもそも目一杯のパフォーマンスで戦っていることには変わりはなく、BRZ GT300が得意とするコースで優勝するためには、完璧なレース運びでなければ勝てないことになる。したがってSUBARU BRZ GT300は常に完璧を目指さなければならず、その完璧とは何かを数値で表せれば、目標が明確になり、実行しやすくなるということだ。さらに、エラーが起きたとしても原因の特定がしやすいというメリットもある。
GT3には過去シリーズチャンピオンを獲得しているメルセデス・ベンツAMG GT3や、BMW6シリーズGT3、GT-Rなどがいて、他にもNSXやRC-F、ランボルギーニ、アストンマーティンなどが参戦している。こうしたライバルたちがFIAパフォーマンスウインドウの中で、どのあたりのスペックでレースをしているのかがわかれば、BRZ GT300が勝つにはそのポテンシャルをどこまで上げる必要があるかが見えてくる。
映像解析で立ち位置を明確に
そこで野村氏は2017年のツインリンクもてぎでの最終戦に注目した。最終戦はウエイトを全車搭載しておらず、また、ゴーストップの多いコースレイアウトということもあり、加速度の計測もしやすいなどの理由があるからだという。
野村氏はビデオ撮影をし、映像解析からマシン性能を推測することができるという。車両重量は分かっているので、どれくらいの加速度なのか。そこから計算して出力を求めていく手法だという。走行抵抗、空気抵抗を補正して推定したデータを野村氏は算出した。
またマシンはシフトアップするが、そこは排気音の爆発周波数を分析することで、エンジン回転数やギヤ比がわかるという。すべて4サイクルエンジンであること、6気筒、8気筒など使用エンジンの気筒数がわかっていること、そしてドップラー効果を踏まえて解析できるのだと。
そうすることで、エンジン回転数や加速度などからアルゴリズムにあてはめ、出力が推定でき、ライバルマシンの性能を想定することができることになる。
映像解析から得たデータによれば、パワーウエイトレシオはパフォーマンスウインドウの2.3〜2.5kg/psの範囲に収められており、BRZ GT300とは大きな乖離があることがわかったという。仮にBRZ GT300のスペックをFIA GT3のパフォーマンスウインドウに当てはめてみると、スペックの低い方の欄外に位置しているということが改めてわかったというのだ。
課題のあぶり出し
このことに対して、どう対策していくかが次のステップになる。パワーウエイトレシオの数値が小さい方が速い。それは実戦でも一致していて、これは当たり前であるが、それをBRZ GT300であてはめてみると、加速度を求める運動方程式のF(力)=m(質量kg)a(加速度)m/s2で算出される数値の近似値でBRZが不利であることは間違いない。噛み砕けば、レギュレーションで決められたスペックのBRZ GT300の加速力はGT3に対して遅いのが明確だということだ。
そこでやらなければならないことを考えた。エンジン出力やコーナリングスピード、トップスピードなどを上げるといった項目が出てくる。だが、エンジンパワーはレギュレーション上変更できない。したがってエンジンパワー以外でマシンを速くする必要という結論になる。
野村氏は、ライバルマシンの性能を持つバーチャルコンペティターをシミュレーション上で作り、各サーキットで走らせた。すると、GT3勢の数値に対して、縮めるタイムの目標値が見えてくるという。さらに、差を縮めるためには、どこで稼ぐかという目標設定もあぶり出されてくるという。
項目の洗い出しは次のようになった。タイヤのコーナリンググリップ、シャシー等価コーナリングパワー(サスでタイヤのグリップを上げる)、Cd値(低ドラッグ)、ダウンフォース(コースごとに最適化)でそれぞれ性能向上をさせ、パワーウエイトレシオで劣るマシンを速く走らせるということになる。これをラップタイムシミュレーションで検討していった。
課題への対応策
まず、コーナリングスピードを上げること。それには旋回中のダウンフォースとドラッグの最適化が課題になる。旋回中にダウンフォースを出すにはどうするか。CFD(数値流体解析)では内輪側のCL(揚力係数)が乱れているのでダウンフォースが不足していることがわかった。反対に外側は正しいCL値になっている。
そこを解決するには、二律背反の部分なので難しいが、フロントの形状を変えることで対応できるという答えが出た。当然、タイヤにかかる荷重を変えて摩擦を増やすと力が出るという理屈ではあるが、その荷重は空力で制御できるというわけだ。こうした空力の制御によって内輪荷重を減らさないように、いや増やしたいという狙いの改良ができた。
そのフロントの形状変更とは、リヤへの流れを改善するのが狙いだが、ボディサイドの流速を抑えて圧力を下げ、空気の流れを引っ張る効果を狙う。そうすることで結果的にCd値を下げることになると。それが2019年仕様のフロントフェンダー、カウルの形状というわけだ。WECマシンのフロントフェイスに似たバルジがあるデザインがそれだ。
本番への期待
こうしてラップタイムシミュレーションやCFDで最適解を算出しているが、リアルに走行してみるとシミュレーションどおりに走れない、ということが起こった。
富士スピードウェイでは低ドラッグにすると2、3周のラップタイムは速いタイムを計測できるが、レースになるとタイヤへの負担が増え、タイヤ摩耗が早くなるデメリットが発生した。また、鈴鹿など他のサーキットでも追加の空力アイテムでいけるとCFD上では出ていたが、実戦では違っていた。
そうしないためにどうするか。空力ではセットアップの適値がデータで出てきているので、その先の手段として、タイヤの負荷が高い場所を「見える化」した。どのコーナーを速く走るとラップタイム向上に一番効果的かというグラフと、ラップタイムを縮めるための寄与度をグラフ化した。
すると効率の悪いコーナーはタイヤへの負荷が高い割にタイムは縮まないというコーナーが露呈し、反対に、タイヤの負荷が小さい(摩耗が少ない)わりに、ラップタイムへの寄与度が高いところが見つかった。グラフは富士スピードウェイのデータだが、これをスーパーGTが開催される全てのサーキットで、全てのコーナーで解析をしている。
富士スピードウェイの場合、100Rはタイヤの仕事量が多いがラップタイムへの寄与度は他のコーナーに比べると低いことが分かる。1コーナーが最も寄与度が高く、ヘアピンや第3セクター、最終コンコーナーも寄与度が高いことがわかった。
これをレースの実戦に置き換えると、1コーナーは頑張れば頑張るほどタイムが縮まり、100Rはレース中、単独走行となった場合などは、タイヤの負荷を小さくして走ればタイヤの摩耗は少なくラップタイムにも大きな影響がないということになる。
レース本番になれば、100Rをゆっくり走るわけにはいかないだろうが、ドライバーもピットもその部分を理解しているかいないかで大きく変わってくる。100RはBRZ GT300にとってポイントになるコーナーだ。100Rで前車との距離を詰め、ヘアピンでインを刺すことができる。また後続に追いつかれた場合、100Rで抜かれることはまずない。だから、前車がいなければタイヤに負荷をかけないで走り抜ける戦略もとれることになる。
しかし定性的に評価すると、ドライバーは100Rをいつも速く駆け抜けたい気持ちになるのは当然だ。実際2018年、19年の富士でのレースの時、ドライバーからは100Rでのダウンフォースが足りない指摘があった。
チームはダウンフォースを増やすセットアップへ変更するが、タイヤの摩耗が結果的に起きる現象があったわけだ。つまり定性的に評価するとマシンの改善策を間違ってしまう可能性もあったというわけだ。そうしたミスが起こらないために全部のサーキット、全部のコーナーで「見える化」しているのが2020年仕様のBRZ GT300というわけだ。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>