スーパーGT 2019
スバル STIの先端技術 決定版 vol.42
前戦のタイ戦で投入した新タイヤは、今季のために開発されたタイヤで、第4戦タイがその初戦だったとレポートした。続くこの富士500マイルレースがこのニュータイヤの投入2戦目ということになる。レースは予選4位、決勝10位というリザルトになり、富士スピードウェイの攻略に手こずっていたことを考えると、ポイント獲得はひとつの成果を出したレースと言えるだろう。今回は、そのポイント獲得までのシナリオを紐解いてみる。
安定度が増すマシン
スーパーGTの難しさにマシンやタイヤの開発が自由にできないことが挙げられる。シーズンが開幕してしまうと、公式テスト以外での走行は全て禁止となり、エンジニアは過去のデータを踏まえた中でセットアップをし、それが正解なのかどうかは全て机上の計算だけになる。
2018年はマシンのトップスピードを追求し、その結果ダウンフォースが減り、得意とするコーナリングマシンとしての特徴を活かしきれなかった。そこには、CFD(流体力学)によるスケールモデルによる風洞実験も含む机上計算があり、ダウンフォースが必要なコースでは2018年仕様+αでダウンフォースを確保していく予定だった。しかし、実際には+αの仕様がCFD解析ほどの効果を出せず、前半戦を苦しむ結果になっていた。
また、エンジントラブルなども続発し信頼性も薄くなってしまっていた。しかしシーズン残り3戦となったSUGOからマシン製作の方向性をシフトし、そのSUGOでは完全優勝を達成している。その後のオートポリス、もてぎといずれも予選は4位を獲得し、安定した速さと信頼性を取り戻してシーズンを終えていた。
そして2019年の前半は第3戦の鈴鹿で3位表彰台に上り、4戦終了時点でチームランキングは9位というポジションにつけていた。そしてマシントラブルが第2戦の富士でエンジンにトラブルが出たが、28位完走の扱いになっている。それ以外にトラブルはなく、徐々にだがマシンへの信頼性は高まっているのは間違いない。
微調整のレベルになってきた
今回の第5戦富士のレースでも、井口、山内両選手ともマシンの信頼性が上がってきているとコメントしている。そして空気抵抗とダウンフォースの二律背反の特性も、コースにあわせたバランスポイントが見つかっているようだ。
そのため、レース直前にエアロの変更やサスペンションの改良といったものがなくなり、コースに合わせたセットアップのレベルに収まっている。この富士でも大きな変更点はなく、タイからの夏仕様とした、開口部の大きいボンネットと大型ラジエターへの変更がそのままスライド搭載となっている。さらに、ダウンフォースも安定的に確保でき、調整レベルでレースができる状況まで積み上がってきている。
パワートレーンでは今回トランスミッションのギヤ比を変更していたが、これは夏場で気温が高くなりエンジンの充填効率が下がることから、パワーダウンする傾向があるので、そのためのギヤ比変更というレベルに留まっていた。具体的には3、4速をわずかにクロスギヤにすることで立ち上がり加速が鈍らないようにしていた。
ニュータイヤにとっての2戦目
そして期待されるニュースペックタイヤ投入の第2ラウンドというわけだ。チームが持ち込んだタイヤは3タイプ。ハード、ソフト、それともう1種類だ。今季のニュースペックはこのハードとソフトの2タイプで、残りのもう1種類は実績はあるものの、富士の路面のミューでは厳しく、戦闘力が一段落ちてしまうという、いわば保険のような位置付けで持ち込まれたタイヤだ。
従って、ニュースペックでの挑戦が本命であり、中でもメインと決めていたタイヤはハードタイプだ。このタイヤがどの程度のラップタイムが出せ、ライフがあるのかを土曜日の午前中に行なわれる公式練習で見極めることになった。もちろん、机上ではラップタイム、ライフともにベストという結果からの判断だ。
ところが、期待したほどタイムは伸びず、ドライバーもコントロールが難しいというコメントがあり、一時チーム内は暗い雰囲気になってしまった。渋谷総監督も「そんなはずでは・・・」という心境だったに違いない。しかし現実的にハードタイプではレースに勝てないことが予測できるため、ソフトタイプを使って公式練習を走行することになった。
データを使いこなせ
ソフトタイプは、タイムは出せるもののライフが短いことが弱点になる。冬場のテストではライフが短く、タイムを出すタイヤという位置付けだったため、このタイヤでレースしても摩耗との戦いになることは容易に想像できた。となればハードを選ぶかソフトにするのか?迷うところだが、意外にもソフトで走るとタイムも伸び、ライフも予測を上回ることがわかった。だが、そのライフのリミットは不明のままだ。
昨年1年間のレースでSTIではサーキットごとの路面のミューとタイヤのマッチングをデータ化する取り組みを行なっていた。鈴鹿との相性がいいという説明でも、コーナリングGと垂直荷重の関係性からタイヤの最高のパフォーマンスが引き出されているということをお伝えした。だから相性がいいのだと。その時の記事はこちら。
つまり、路面のミューと路温、コンパウンドをはじめとしたマッチングデータが揃ってきているというわけだ。例えばタイヤへの攻撃性の高さはオートポリス、SUGOが高く、鈴鹿、富士の順でミューが低くなる。そして最もミューが低いのがタイのチャーン国際サーキットというデータをチームが持っているわけで、そうしたデータと照らし合わせることで、ある程度の予測がたつわけだ。そうした技術的なデータ活用を活かしはじめたのが今季からということになる。
2018年からチーム総監督が渋谷氏に代わり、STIモータースポーツの技術統括野村氏も加わった。野村氏は18年シーズンを通して、マシンのデータ収集と解析を実施し、そうした解析データが少しずつ積み重なってきているというのが19年シーズンになる。こうした取り組みを渋谷氏が行なっていることで、モータースポーツへの取り組みが、より先端的に進化していくのだろう。
予選はソフトで
そして土曜日の午後の予選を迎える。もちろん、タイムが出せるソフトを選択し井口卓人がアタックする。井口は早々にいいタイムを計測し、ノックアウト予選の通過が間違いないということで、渋谷総監督は4分ほど予選時間を残して井口をピットに戻した。この時の順位は4位だ。つまり、決勝タイヤに指定された場合に向けてのタイヤの温存だ。そして結果的に7位でQ1を通過した。
Q2では山内英輝が同じソフトタイプを使い猛然とアタック。少しでも上位のポジションからスタートし、逃げ切るのが戦略だからだ。10分間のQ2予選で山内選手はこの日のベストタイムを刻み、4位のポジションを獲得した。
決勝では、できる限りタイヤ交換本数を減らし、ピットストップ時間を短縮したいが、タイヤの寿命が未知数となるタイヤなので、状況を見ながら交換本数を決めるということになった。
ピットでタイムを落とし、コース上で順位を戻す展開に
スタートは山内が担当し、予選でフルアタックしたタイヤが決勝の指定タイヤとされた。レース距離は500マイル、約800kmでピットインは4回が義務付けられている。スバル/STIチームは山内→井口→山内→井口→山内という順番で2人で戦う。
山内はスタートから27周目まで4位をキープし、3位の360号車GT-Rがピットインしたため3位に浮上。31周目にBRZ GT300もピットインする。ここでは予選を走っているタイヤなので4本交換をし、井口にバトンを渡す。
しかし、BRZ GT300は燃費が悪いことと、ピット側にある燃料タンクにリストリクターが取り付けられているため、燃料の吐出量が制限されている。そのため、速く給油したくてもできない事情がある。だから井口がコースに復帰した時は18位まで順位を落とすことになるのだ。
セーフティカーが幸運を運ぶ
それでも井口はピットストップで失ったタイムをコース上で取り戻すために全力走行をする。ひとつずつ順位をもどし、55周目には4位にまで戻している。そして担当スティントの33ラップを走行し、ピットインする65周目のときには、元の3位のポジションで戻ってきている。
再び山内に交代し、ガソリンの給油を待つ。一方、ソフトタイプのタイヤは摩耗が少なかったようで、リヤ2本のみ交換する。コース復帰から2周した時点でセーフティカー(SC)が入り、逃げていたトップとのタイム差が帳消しになる幸運が来た。
7周ほどSCが走行し再開後はポジションを上げることに集中する。75周目のこの時、8位掲示だが前を行く2台が2回目のピットに入っていないため、実質6位だ。また、SCが入ることで燃費も良くなり、次のピットでの給油量も少なくて済む。イコール、ピットストップ時間が短くなるわけだ。
2本交換の状況でも山内はコンスタントに1分40秒台で走行し、ソフトタイプでも意外とライフがあることがわかってきた。山内も徐々に順位を戻すことに成功し、3回目のピットインは32周を消化して96周目3位でピットに戻っている。
勝負のタイヤ無交換作戦で挑む
ここでは4本交換をして、給油にも時間を取られ順位を落とすことになるが、ニュータイヤを履くことで順位を挽回しに行くことになる。さらに幸運なことにここで再びセーフティカーが入り、トップとの差を帳消ししてくれるラッキーがあった。まさに、勝つためのシナリオのような展開ができているのだ。
SCがコースアウトしレース再開の時点で11位まで順位は落ちている。そこから再び順位を戻す戦いになっていく。4回目のピットインのタイミングでは3位にまで順位を戻しているが、さらに上位を目指すために、チームはタイヤ無交換作戦をとった。
ピットインではジャッキアップもせず、ドライバー交代と給油だけ済ませて順位を落とさない作戦だ。だが、4位を走っていた34号車のNSX GT3はBRZ GT300の後からピットインしたにも関わらず、タイヤ4本交換して先にピットアウトしている。現場を見ていた、あるいはYouTubeを見ていた人には、ピット作業の遅さに苛立ったことだろう。
これは燃料タンクのリストリクターの影響で燃料が入っていかないからだ。ただただゆっくりと給油されるのを待つだけで、おそらく給油マンがもっとも苛立っていたと思う。こうした状況を見るとタイヤ無交換作戦が虚しくなってくる。単に給油リストリクターがあるがために指を咥えて34号車のピットアウトを見送るのだから。
二重苦を跳ね返すにも無理がある
こうしたハンディはチームやマシンごとに主催のGTAがBoP(Balance of Performance)を決めている。客観的に見ても給油時間は均衡化されるべきだと思うが、どう判断しているのだろう。さらに言えば多くのGT3マシンは3回の給油で走りきれる燃費性能だという。つまりは1回の給油量が少なくて済み、BRZ GT300は4回のピットごとにフルに給油しながら、吐出量も制限される二重苦が存在している。燃費性能はSUBARUの問題だとしても、給油吐出量は均衡化が公平に思える。
そしてタイヤ無交換の山内は健気に順位の挽回を始める。他のマシンのピットインのタイミングがあり激しく順位は変動するが、それでも無交換のおかげで10位でコースに復帰でき、140周目には6位まで挽回している。だが日没が近づき、残り20周あたりでは50度以上あった路面温度も下がってくる。
そうした温度変化と2スティント目になるソフトタイプのタイヤはグリップが落ち、上位を狙うよりも後続に抜かれないレースへと変化していく。6位にいた順位も次第に下がり145周目で7位、147周目で8位にまで下がった。そして161周目に10位となり、最終周162周目は10位をキープしチェッカーとなった。仮にタイヤ交換をして性能低下がなかったとしてもコース復帰順位は下位に沈むわけで、10位より上位でのフィニッシュは考えにくい。したがってこの無交換作戦はベストな戦略だったと思う。
冒頭に書いた、「富士スピードウェイの攻略に手こずっていたことを考えると、ポイント獲得はひとつの成果を出したレース」ということになるのだ。
すべてミスなくやった
レース後、井口も、渋谷総監督も口を揃えて「今できることは全てやった。チームも、ドライバーも全てミスはなかった」とコメントしている。優勝した87号車のランボルギーニは1スティントでアウトインの1ラップだけでピットインの義務回数を消化する作戦をとっていた。
アンドレ・クート選手から藤波選手への交代のとき25秒ピットにとまり、タイヤ無交換と給油でピットアウトし、次の周に再びドライバー交代をしている。結果的にこの作戦が大成功し163周を走った。そしてレース制限時間を超えたためチェッカーとなり、2位以下は162周で終了という結果になった。
1回の走行でドライバーが走行しなければならない周回数に制限がないため、少ない給油と少ないタイヤ交換回数でも走りきれることを証明したレースでもあるわけだ。BRZ GT300で同じ作戦は燃費もタイヤも不可能な戦略であり、今のBRZ GT300では太刀打ちできない作戦負けとも言える結果だった。
今シーズン最長のレースが終わり、次戦はオートポリスで300kmの戦いになる。2018年は予選が4位だったもののセーフティカーにリードを消され、タイヤ片を拾うピックアップ現象でタイムが落ちてしまい、結果は15位で運のないレースだった。オートポリスは300kmレースとはいえ給油がある。今のままではピットインで順位を落とすことになるので、そこからの挽回を見ることになる。次回に期待しよう。