予選までは想定以上にうまく対応できていた。シーズン折り返しの第5戦SUBARU BRZ GT300はチームランキングが3位と同点、トップとは8点差だから1レースで逆転可能な位置。そしてドライバーズランキングも3位と、シリーズチャンピオンが狙えるポジションでの折り返しだった。
BRZ GT300は順位ポイントによるウエイトハンディが102kgになったので、上限の100kgを搭載。それにJAF勢のBoPとして15kgのウエイトを搭載し、合計115kgを背負ってのレースだった。
その重量増はかつて経験のないレベルであり、マシンに対する影響の大きさが見えてこない。それでもシリーズ優勝を狙うのであれば、この先は1点でも多くポイントを取りにいくレースにしなければならない。必然的に10位以内、1周遅れまででの完走という目標が見えてくる。
そのための対応は、いくつかある。重量増となることでタイヤにかかる負荷が変わる。もちろん耐摩耗性にも影響する。そしてダイナミック性能の変化だ。市販車を多く製造してきたスバルだけに、重量違いによるダイナミク性能の違いにはたくさんの知見があり、対応策をとる領域を絞り込むことができる。
ブレーキにかかる負荷が増えるので、ブレーキの見直しがあり、本来は出力も調整したいところだがレギュレーション上変更はできないので、パワートレーンはそのまま。そしてサスペンションではピッチングとロールが共に大きくなり、全体に動きが緩慢になる。そのため締め上げる方向で硬めていく。
そして重量が重い分、タイヤにかかる荷重が増えるからダウンフォースは減らせるのではないか、と想像するかもしれないが、全体の動きにシャープさがなくなるため、空力も引き締める方向へ変えるのだ。つまり、ダウンフォースを増やし空気抵抗は減らす方向にする。
そのためチームは、新デザインのリヤウイングを秘密兵器としてサーキットへ持ち込んでいた。ウイングの前後長は短く、面積はこれまでのタイプより小さい。また翼端板のサイズも小さくしたデザインされている。さらにフロントのダウンフォースに影響が大きいフリッックボックスを設置して富士スピードウエイに乗り込んでいた。
これはドラッグを減らしながらダウンフォースをあげることができるはずのセットだった。ところが、公式練習で走行してみると意外な結果が待っていた。
こんなはずでは・・・公式練習
スーパーGTはシーズンが始まるとテスト走行は一切禁止されており、こうした秘密兵器もどこまで実際に効果があるのか試せない。そのため、予選当日の午前中に行なわれる1時間40分間の公式練習でテストをし、セットアップを煮詰めなければならない。
ドライバーは山内英輝選手が担当し、2ラップ計測してはピットインをし、セットを変更するということを繰り返していた。6回目のピントインで井口卓人選手に交代をし、情報を共有する。しかしテストは思わしくなく、全体で17位のタイムまでしか伸びなかった。
渋谷真総監督によれば、「持ち込んだリヤウイングだと全体のバランスも変わってくるので、合わせ込みが難しかったです。この限られた時間内で決めることが難しそうなので、途中から元の空力に戻し、サスペンションのセットアップに注力して走行してもらいました」という。
BRZ GT300のマシンの性格上ピーキーな一面もあるため、こうした合わせ込みには時間をかけてセットアップをする必要があり、今回の公式練習の時間内では難しいと判断したわけだ。元の空力パッケージは今季結果を出しているだけに、ボディバランスを変更するより、サスペンションで対応する方向性に絞ったわけだ。
想定以上の結果
朝の公式練習から想像すると、予選A組、B組の上位8台までがQ2に進出し、16台でポールポジションを競うわけだが、公式練習では17番目のタイムだったので「Q1予選落ち」の可能性があった。
予選Q1、山内選手は全車がピットアウトするのをじっと待つ。
クリアラップをつくり一発を狙っていることがはっきりと伝わってくる。目つきも鋭く集中している表情がモニターに映し出される。全車がコースインをし、一瞬の静寂の中BRZ GT300はコースインした。山内選手はウォームアップを済ませ2周目にタイムアタックに入った。
期待通り4番手のタイムを計測する。そのまま山内選手はタイムアタック2周目に入る。セクター1では前のラップより速い。さらなるタイム更新が期待されたが100Rで滑った。「マシンがあばれちゃったので、すぐにタイムアタックはやめ、マシン、タイヤを温存しました」と予選後山内選手はコメントしている。
予選に向けてのマシンへの変更は、朝の公式練習のときよりスプリングを硬める方向に締め上げていた。その結果4位のタイムが出せている。このことからも、さらに締め上げればもっと乗りやすくなる可能性がでてきたわけだ。
Q2予選の井口選手のセットアップは、山内選手のセットアップをさらに引き締めることにトライした。その結果、山内選手のタイム0秒751も上回る1分36秒900が出た。しかし、それでも115kgのウエイトは効き、予選4位のフロントローでのスタートとなった。
スタートのジャンプアップ
ちなみに、予選で装着したタイヤは山内、井口両選手ともソフトを履いていたため、決勝で指定されるタイヤはA、Bどちらでも問題なかったがQA、つまりQ1で使ったタイヤが指定された。
スタートはこのところオープニングラップで毎回ジャンプアップを成功させている山内選手がスタートドライバーを務めた。山内選手は期待通り、3位の65号車を捉え3位に浮上する。しかし、GT500のマシンの接触、クラッシュがありセーフティーカーが導入された。
実は、このときブリヂストンを装着するライバルチームは無交換作戦を選択したためか、硬めのタイヤを選択していたようだ。そのため、ソフトで走る山内選手には有利な状況で、さらに前をいく31号車もブリヂストンであったため、狙えそうな雰囲気はあった。が、イエローとなってしまい、ライバルは必死にタイヤ温度を上げる走行に切り替えていた。
3ラップSC先導での走行が続き、その間ライバルはウォームアップを十分済ませた状態となりレース再開。やはり、31号車を追いかけるどころか、逆に引き離される展開となってしまった。気づけばウエイトハンディの軽い56号車GT-R GT3が背後に迫り、8周目に抜かれてしまう。さらにウエイトが重いはずの52号車も信じられないほどのペースで上位に迫ってくる。
この52号車はBRZと同じくJAFレギュレーションで作られたスープラでブリヂストンを履いている。ウエイトハンディはBRZより若干軽く75kgにBoP15kgを搭載している。つまり90kgのウエイトを搭載しながらのスピードなのだ。
こうした「なぜ速い?」といった、信じられないような走りを見せているのはブリヂストン勢か、あるいはウエイトの軽いマシンで、上位を走る6号車、31号車、52号車、65号車はすべてブリヂストンを装着。またウエイトの軽い56号車はヨコハマを装着していた。こうした中、山内選手は次第にBS勢に追い抜かれ順位をさげ、6位のポジションで井口選手と交代した。
ピットでのタイムロスとは
ピットワークはBRZ GT300の課題でもある。ここは市販エンジンEJ20型を採用しているため、小排気量で出力を出すので燃費がどうしても悪くなる。そのため給油時間がGT3と比較して3〜4秒程度余分にかかっている。さらにタイヤ交換の問題も今回はあった。
チームとしては2本交換作戦をとりたかったが、山内選手のコメントではとても後半は保たないことがわかり4本交換せざるを得なかった。ちなみにブリヂストンの65号車メルセデスAMG GT3は左側の前後2本交換を選択。52号車はなんと4本無交換作戦をとっていた。このタイヤ交換に要する時間は、どのチームも概ね6秒程度で交換する。
つまり、給油中はタイヤ交換できないので、純粋に無交換と4本交換では12秒〜14秒の差が出る。前6秒、リヤ6秒の交換時間にジャッキアップに1秒、ダウンに1秒の時間がある。さらにBRZは給油で3秒〜4秒のロスがあるため、最大で18秒程度他チームより余分にピットストップしていることになるのだ。
これは井口選手に代わりコースインした順位を見れば一目瞭然で6位でピットインして12位付近でレースに戻っている。井口選手はそれを挽回するタスクが生じてのドライバー交代になるが、ここでも不運があった。
フロントタイヤは、皮剥きが終わった程度のユーズドのソフトを履き、リヤは新品のソフトに交換している。フロントをユーズドにしているのは、少しでもタイムダウンをさけるための作戦なのだが、リヤは新品。単独で1周程度はウォームアップが欲しい状況だった。
しかし、ピットアウトして合流してみれば集団の先頭。すぐに後続集団に飲み込まれてしまう。ウォームアップをしながら集団についていく展開となってしまった。さらに気温は下がり、路面温度も下がってきたことも不運と言えるかもしれない。
ピックアップとの戦い
BRZ GT300はピックアップに悩まされることになったのだ。ピックアップとは、コーナーで自身のタイヤが溶けた状態となった時、マシンはストレートに差し掛かる。タイヤに横Gのかからない時にはタイヤが冷えていくのだ。そのとき、溶けたトレッド表面は固まり、フラットに接地できなくなる。さらに、集団を追いかけていため、前のマシンから吐き出されたゴム片を拾ってしまい、さらにピックアップがひどい状況になるという悪循環が起きていた。
溶けたタイヤが固まり、グリップしない状況が作られ、井口選手のタイムは伸び悩む。ピットアウトから2周目、3周目までは1分39秒台で周回できたものの、ピックアップが出てからは40秒後半から41秒台へと落ちてしまう。トップ集団は39秒台での周回だから追い上げるどころか順位を下げないことに必死になっていたわけだ。
井口選手は順位を少し下げた16位で完走となった。走りたくても走れないマシンに乗るドライバー心理は厳しいものがあったと想像できる。レース後井口選手は「ABSの介入タイミングを変えたり、スタビの利き方を変えたり、車内からできることは全部やりましたけど、改善できなかったです」とコメントしている。また、ピットも手の施しようがなく、ただ順位が下がるのを見つめるしかなかった。
このあとシーズン残り3戦はさらに気温は下がると予想され、ピックアップへの対策はできるのだろうか。渋谷真総監督は、「タイヤそのものはダンロップさんにお任せするしかありませんが、マシンのセットアップでピックアップを起こさない仕様が作れるのか、考えてみます」という回答だった。
同じ条件の中でのレースで、残念ながらダンロップ勢は全滅に近い。GT500は規程周回以外にもピットインをして4本タイヤ交換をしている。つまり走れないほどタイヤにダメージがあったということだろう。GT300も11号車が10位に入るのがやっとだった。
前回のもてぎのようにタイヤがばっちりハマって、タイヤのお陰様というレースもあれば、タイヤが合わず今回のように結果につながらないこともある。これがスーパーGTで常に上位にいることの難しさと言えるかもしれない。
だが、まだチーム順位は6位。トップ65号車とは18点差。優勝が20点なので、逆転は十分できる射程内にいる。次回の鈴鹿ではどんな対策をとってレースに臨むのか、楽しみに待ちたい。<レポート:高橋明/Akira Takahashi 写真:服部真哉/Shinya Hattori>