スーパーGTに参戦するSUBARU BRZ GT300の見える化シリーズ最終回は、チームの目標であるシリーズチャンピオンに向けて磨き上げたマシンの完成形についてお伝えしよう。
これまでチームは2019年までの結果を踏まえ、GT3との性能比較をして差を詰めることに取り組んできている。それは加速性能や最高速度、給油時間などで、これらの課題に対して空力変更やタイヤ無交換作戦など、さまざまな改良と作戦で挑戦をしてきた。が、GT3を凌駕するまでには至らず、高いハードルで阻まれたわけだ。
また、その性能比較をするためには、具体的な違いを数値で見えたほうが理解しやすいし、ドライバーもエンジニアも誤解のない共通課題として捉えることができるため「見える化」が必要だった。
最強のBRZ GT300を造り出す
SUBARU BRZ GT300 敵を知り何を補うか その裏側 見える化シリーズ第1弾【スーパーGT2020】
第1弾では、各サーキットのコーナーごとにタイヤの負荷、ダウンフォース、空気抵抗、といったデータを計測しBRZ自身を分析。敵を知り己をデータ分析することから、データ比較ができ「差分の見える化」をしたという話をお伝えしている。
そして第2弾ではタイヤに求められる性能、耐摩耗性、グリップ力などタイヤ荷重を計測して二律背反と考えられていたことのブレークスルーを導き出したことをお伝えした。
SUBARU BRZ GT300 二律背反をブレークスルーするタイヤ開発とその裏側 見える化シリーズ第2弾【スーパーGT2020】
そして最終回の第3弾はシリーズチャンピオン獲得のためにすべきことは何か、GT3との性能比較を踏まえ、最強のBRZ GT300を造り上げることであり、その答えは得意とする性能をより伸ばすという方向の改良がベストだという結論に達した。つまり、最強BRZ GT300は全レースでポイントを稼ぐことを目標に、優勝も必ず勝ち取るということだ。
得意なコースが明確に
そこで見える化シリーズの頭脳STIの野村章氏は、過去6年間のレースでの平均予選順位と、各サーキットのストレートとコーナー比率の相関をとった。グラフにある「コーナリング」とは制動しながら旋回もする部分も入れ、直線と旋回の比率を見える化している。
その結果、オートポリス、鈴鹿、菅生といった過去の戦績が良いコースはコーナリング比率が高く、これまでの経験値と合致していることが明確になる。またタイのブリラムサーキットやツインリンクもてぎでは直線加速が有利であることが明確になりBRZには不利であることも見えてきた。
そこでコーナリング比率の高いサーキットで確実にポイントを稼ぐ戦略が、シリーズ優勝への近道だと考えた。コーナリングが得意なBRZをさらにコーナリングが速くなるように改良していくことで、ポイント獲得の確率は上がってくるからだ。
2020仕様が完成
そのためには重心高を下げ旋回速度を上げていく、これがポイントだ。そのため2020仕様ではエンジン搭載位置を数ミリ下げている。限界ギリギリまでエンジンを下げ、ホイールセンターよりも重心高が低い位置まで下げることができている。もちろんエンジン搭載位置の変更に伴う補機類も同様に搭載位置を下げ、またオルタネータはリヤのトランスミッション近くへ配置し直すなど、前後の重量配分の見直しも行ない、約0.3%後ろよりの配分に変更している。
ただ、こうした基本特性を変更すると、すべての部位にそのしわ寄せがでてくる。そのため車体剛性の見直しが必要になり、剛性解析のやり直しも行なっている。その結果各部の補剛は必要となり、さまざまな部位で補強がされることになった。とくにサスペンション取り付け部は掛かる荷重変化もあるため、補強が必要になっている。
この様な低重心化とラップタイムとの相関は深く、事前のラップタイムシミュレーションでもその効果が計測できていることから決断されている。だが、その効果とは0.1秒、0.2秒程度速くなるというもので渋谷総監督は、こうしたデータも重要だが、ドライバーはマシンが余計な動きをしなくなる、反応が速くなるといったことを感性からも感じとれることが大事で、乗りやすくなったという印象を持つことに意義があると話す。
こうした剛性の変更はJAFへの申請も必要になり、新たなレーシングカーを登録するほどの手間をかけて2020仕様のBRZは完成している。
目指せシリーズチャンピオン
一方、タイヤ関連では、前回お伝えしたように各サーキットでの荷重やスリップ角などの使われ方を解析し、コーナリングを重視した専用タイヤを開発することでダンロップと方向性の一致を見ている。スリップ角と接地荷重、そして小さい荷重、小さいスリップアングルという状況も使用頻度が高く、もちろん大入力でスリップアングルが5度といった舵角の頻度もある、といったコースでマッチするコーナリングマシン用タイヤの開発ということだ。
さらに空力面では、フロントスプリッタを新規に設計し直している。これはコーナリング中にもダウンフォースが低下しない空力特性としており、このノウハウはSUBARUの源流、中島飛行機まで遡るのだ。
彩雲(航空機名)やT1ジェット練習機の主任設計者である内藤子生(ないとう やすお)氏の空力翼形理論に基づき、STIが新開発したフロントスプリッターというわけだ。こうした航空機技術が富士重工、SUBARU、そしてSTIのモータースポーツ空力技術へと受け継がれていたのだ。
こうした変更がどのようなリザルトになって現れてくるのか?今週(2020年8月17日、18日)ようやく開幕に漕ぎ着けた開幕戦は富士スピードウエイで行なわれる。ここでの予選成績は過去6年間で5位〜7位が平均値。その順位を上回ることを信じ、シリーズチャンピオンに向けてBRZ GT300は開幕戦を迎える。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>