前回はスーパーGTで勝利するために、マシンに要求される内容はどういったものか、ということをお伝えした。チーム全員が同じレベルで課題を認識し、そのためには数値化が必要であると。そして定量化することで「見える化」できたことをマシンへ落とし込む必要があるという内容だが、今回は予選タイムに、そしてレース戦略に大きな影響力のある「タイヤ」を見える化のベクトルでお伝えしよう。
モチベーション
「見える化」に取り組むSTIの野村章氏は、過去の失敗がモチベーションになっていると話す。そのひとつの例が、タイでのレースだと。
タイは気温も高く路温も60度にもなるので、「硬いタイヤでないと」と判断したが全然グリップしない。タイヤ選択は気温や路温だけではないことを学習できたという。そこで得たものは、外気温、路温の他にタイヤそのものの物性、タイヤ仕事量の影響が大きいことだったと説明する。
また給油でピットストップした時のロスタイムの大きさも改善要素で、そのことにもチームはトライしている。BRZ GT300は小排気量(2.0L)ターボ=高ブーストで、燃料リストリクター27.5φがレギュレーションで装着されている。これはマシンへの装着ではなく、給油器に装着されている。
このリストリクターサイズもGT3の流量は面積比からBRZの1.5〜1.6倍のサイズがあり、だからBRZのほうが給油時間はかかることになる。そのため、チームは少しでもピットストップを短くするためにタイヤ無交換作戦にトライした。
その結果、決勝での順位低下は改善できたものの、予選タイムとの両立が難しく、予選で上位に入ることができないという事態になった。結局トップ争いは難しく中団あたりでのレースになってしまったわけだ。
こうした経験をもとに野村氏は、チームにタイヤを供給するダンロップと共にタイヤ開発に取り組んでいる。
実走データの見える化
タイヤ開発ではまず、実走データの見える化に取り組んだ。ピークグリップ、グリップ低下、摩耗、ウォームアップ、ムービングなどを指標化し、定量化して開発していく。ピークグリップは主に予選に影響し、グリップ低下は決勝レースだ。ウォームアップは特に2スティント目にニュータイヤを装着した際のタイヤ温度のあげ方が難しいので目標を設定するといった対応をした。
そして野村氏は、タイのレースと富士スピードウェイでのレースデータを検証した。タイの走り始めは気温、路温ともに富士より20度高い60度。しかし、タイヤの最高温度は富士とあまり変わらず、一方ボトム温度も大差なかった。ところが、富士はタイヤ温度が40度でピットアウトしているわけで、走りはじめの20度の温度差が最高温度と最低温度にそのまま比例しないことが計測できた。
このことから温度に関しては似たような性格のタイヤで問題ないが、摩耗とグリップに関しては考える必要があると。つまりタイヤの仕事量の差がタイヤ温度へ反映しているわけで、タイのサーキットは仕事量が小さい=コーナーRの摩擦係数や荷重が小さいことがわかる。その結果、タイヤ温度とタイヤ負荷がわかればタイヤ選択を間違わないようになるということだ。
ピークグリップ
次にピークグリップの解析だが、ダンロップでもフラットベルトでの解析は行なっている。だが、実走データとの乖離があり、合わせ込みが難しいという難問でもある。このピークグリップはタイヤ温度がある温度のときに最高のグリップ力を発揮し、低温でも高温でもグリップは下がってしまうことがわかっている。
つまりピークグリップの温度レンジは狭く、タイヤ温度はサーキットの外気温、路温、タイヤ仕事量によって決まる要素であること、フラットベルトとのデータに乖離があることなどから選択の難しさが見えてくる。
さらに、サーキットへ持ち込むタイヤはレース1週間前に決める必要があり、天候や気温はあくまでも予報ベースでの判断になる。そして、レース当日、外的要因によって温度や仕事量が変化してしまうことが起きているのも事実だ。
実際にあった事例として、オートポリスのレースでは阿蘇山の噴煙の影響から路面にたくさんの埃が堆積し、タイヤ仕事量が想定より小さいことがあった。またレース前に行なわれるF4レースでのラバーの乗りがあり、ここでも仕事量に違いが出てしまうわけだ。ただ、これらは全チーム同じ条件でもある。
計測
こうしたタイヤへの要件から、レース後にタイヤを輪切りにして摩耗量を計測。タイヤ仕事量と摩耗量(グリップ低下)の相関を計測した。その結果、無交換で対応できるかの判断が可能になったという。これが重要なデータだ。
このデータにプラスしてサーキットごとのミューをチームはデータ化している。その結果、低負荷と高負荷サーキットが明確になり、仕事量が見えてくるわけだ。
野村氏はさらに詳しいデータとして路面スペクトルの解析が必要だと考えているが、じつはこのデータは専門の計測機器が必要であることと、路面を作る道路メーカーは情報開示しないという壁にぶつかっている。ちなみにタイヤメーカーもおそらく独自に路面スペクトルデータは計測しているはずだという憶測に留まっている。
タイヤ選択
これらの定量化されたデータにより、タイヤ選択は仕事量がわかると摩耗量がわかり、ピークグリップはある温度でピークになることがわかる。そしてサーキットごとに負荷が違うので、その負荷に合わせていくという要素になるわけだ。
下の図は路面温度とタイヤ温度の相関だが、サーキットCで路温が40度の時、タイヤ温度がX度になる(開示されていない)、そして路温が50度になってもタイヤ温度はあまり変わらないというデータにより、サーキットCは負荷の小さいコースだとわかる。
その負荷から仕事量による摩耗量が見える化でき、ここにピークグリップがマッチするタイヤを選択することになる。机上ではこうしたデータベースからベストマッチングが選択できるようになったというのが、タイヤの見える化だ。
しかし、実際は前述の外的要因により仕事量が変わってしまったり、天気の読みを外したりした時点でレースは厳しいものになってしまうという現実もある。
メカニカルグリップ向上
チームはタイヤの占める割合が大きいとはいえ、マシンでできることも改善する必要があると考え、チューニングを行なっている。
マシンのアンダーステアが強いとハンドルを余計に切る傾向となり、タイヤ温度は上がり、摩耗がすすむ。したがってニュートラルステアに近いシャシー特性が必要ということになる。そこで野村氏はサーキットのコーナーごとにアンダーステアの強さを定量化して何が起きているのかを解明している。
そして実走タイヤの見える化として、タイヤのコーナリングフォースは実走データと2輪モデルから、タイヤスリップ角の算出にアルゴリズムを用いて推定している。その結果、旋回時に内側接地荷重を減らさない機構が必要という結果になった。
そのためにはマシンのサスペンションを、プッシュロッドのオフセットによりパワーステアリングの反力でタイヤを押し下げることができるセットアップにする。そしてジオメトリーの最適化のあと、ラップタイムシミュレーヨンで効果測定をして実車投入というプロセスを組んでいるのだ。
まとめ
今回のテーマにおける最大の課題はピークグリップとグリップ低下の両立ということになる。レース展開で言えば、予選を上位につけ、決勝で順位を守るための戦略とイコールになる。これまでピットストップ短縮のための無交換を考えてトライしていたが、つまり、二律背反部分を戦略で打ち消すトライだった。だが、こうした見える化によって、二律背反になっていない性能が存在していることが浮き彫りになってきたというわけだ。
それはタイヤ摩耗量とタイヤ仕事量の相関図で明らかにされたわけだ。仕事量が大きくなっていった場合の摩耗量の限界値が見えてくるということで、これまで「無理」と判定していた経験値・感覚値が定量化されたことにより、最適解が顔をだしたということだ。開幕戦に期待が膨らむ。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>