2013年8月18日、86/BRZで初のエボリューションモデルとなるSTIが手がけた「BRZ tS」が発表・発売された。実は、同日にBRZは年改区分Bタイプに切り替わり、「BRZ tS」もこのBタイプがベースになっている。ただ、今回の年次改良は車両本体の変更・改良はなく、主として装備部品の変更程度になっている。「BRZ tS」は10月半ばから出荷が開始され、そのタイミングでメディア向け試乗会が行なわれた。
500台限定のSTIのチューニングモデル「tS」は、シャシーのチューニングと装備の充実という点に絞られ、エンジンやトランスミッションは標準モデルから変更はない。過給などを期待したマニアはちょっとがっかりしたかもしれないが、開発テーマは、自然吸気エンジンをベースに人車一体の気持ちよさ、ドライバーの意図通りに自由自在に操ることができる楽しさの追求である。つまりスポーツカーらしいピュアなドライビングプレジャーの追求であり、特にハンドリング性能に特化したモデルを狙ったわけだ。
STIチューンの内容は、シャシーでは、いつものフレキシブルタワーバー、前後のドロースティフナー、そしてブレンボ製ブレーキなどの装備だ。FRのBRZ用としてのスペシャルチューニングの部分は、28mm径のドライブシャフトを32mm径に拡大したこと、フロントストラットのケースの肉厚アップと、ストラットケース、ダンパー本体を65mm延長していることだ。また隠し味の部分で、ステアリング・ラックギヤの締結法を工夫しているのも注目だ。タイヤは単なるドライグリップのみではなく全方位の性能を高次元バランスさせたミシュラン・パイロットスーパースポーツが装着されている。またこのタイヤはトワロン製ベルト(材質)を採用し超軽量であることも選ばれた理由の一つだそうだ。
BRZ tSのチューニングのコンセプトは、STIモデル共通の「しなやかで強靭」、日常のドライブシーンでの運転の心地よさ、スポーティさを感じられることが基盤になっているが、BRZでは特にドライバーの意図通りに反応する、人車一体の操る楽しさ、つまり究極のハンドリングを追求したという。
性能目標のチャートを見ると分かるように、運動性能すべてを1ランク以上引き上げ、なおかつ乗り心地・快適さを大幅に向上させるという開発意図がわかる。
もちろん乗り心地・快適性の向上は、サスペンションの初期の動きを滑らかにしてロードホールディングを高めることにもつながる。いずれにしてもBRZ tSのシャシーチューニングの狙いはすべての面でノーマル車を上回るということだ。開発、熟成を担当したSTIの商品開発部長の渋谷氏は、実はスバル在籍時は研究実験部で86/BRZの走りの開発担当をしており、量産モデルには採用できなかったアイデアを今回採り入れ、思い切り腕を振るったということになる。
試乗車はATモデルのBRZ tSと、GTパッケージを装備したMTモデルの2台だった。ちなみにGTパッケージはカーボン製リヤスポイラーを装備しているので識別が簡単だが、それ以外に18インチタイヤ、専用開発されたサイドエアバッグ付きレカロシートが装備される。
MTモデルのステアリングを握ると、開発コンセプトがそのまま実現されているのに驚かされた。車速にかかわらず路面とのコンタクトが滑らかでフラットな乗り心地であり、それでいてノーマルより固められたスプリング/ダンパーとパイロットスーパースポーツ・タイヤによるしっかりした踏ん張り感はノーマルモデルをはるかに上回る。
さらに驚かされるのがステアリングのフィーリングだ。BRZはもともとコラムアシスト式の電動パワーステアリングで、同形式の他車より操舵フィーリングや剛性感は優れているのだが、このBRZ tSでは一流のプレミアム・スポーツカーのそれに匹敵するレベルに達している。
ステアリングフィールが優れているポイントは電動パワーステアリングの制御チューニングではなく、シャシーの要点を押さえた洗練にある。ストラットのケース剛性の向上とフリクションの低減、前後のサブフレーム(クロスメンバー)の取り付け剛性や変形特性をドロースティフナーにより制御し、さらにステアリング・ラックの取り付け剛性を高めることで実現しているのだ。
ステアリングラックの固定ボルトはクロスメンバーとラックを共締めし、ボルトガイド部で絞めこまれているが、このBRZ tSでは専用のロングボルトを使用しボルトガイド部を貫通したロックナットで締結することで、取り付け剛性が一段と高められるといった拘りがあるのだ。当然ながら取り付けには工数が追加される。
こうした拘りのチューニングによりステアリング中立部の締まり(ニュートラル付近)、微小な舵角での遅れのない滑らかさが得られ、大きくステアリングを切り込んでも車体が滑らかに追従する、爽快でスポーティなステアリング・フィールが実現しているのだ。ボディ、サスペンションとこのステアリングの一体感が、まさにこのBRZ tSの醍醐味であり、スポーツカーとして目指すべき正当な方向であり、同時に直進安定性の向上や長時間のドライブで疲労しにくいといった特性にもなる。
ATモデルは、基本的にMTモデルと共通の仕様だが、実はクルマとしてはAT車のほうがトランスミッションが約20kg重い。これが微妙に影響し、AT車は路面の凹凸で細かなピッチング感が感じられた。また、GTパッケージを装備するMT車はレカロシートで、AT車がSTIシートという違いがあり、そのためシートの減衰特性の違いも影響があったものと考えられる。レカロシートの剛性は高く、ホールド性が優れた樹脂モノコックフレーム、減衰性に優れたクッションにより、こうしたスポーツカーとの適合性はベストだ。レカロシートを含むGTパッケージの価格は安くはないが、価格以上の価値を備えているといえる。
17インチサイズのブレンボブレーキの制動フィーリングも特筆できる。ブレーキのタッチ、踏力比例タイプのリニアリティ、コントロール性などもこのクルマにベストマッチしている。もうひとつ、このBRZ tSのアピールポイントがドライブシャフトの大径化だ。見逃されがちなこのポイントは、STI商品開発部長の渋谷氏が長らく暖めていた着想で、加速でのレスポンス、リニアリティ、剛性感に大きく寄与し、さらにMTのシフトフィーリングの向上にも影響を与えている。実際、やや渋さを感じるノーマルと比べ、より気持ちよいシフトフィーリングだと実感した。
BRZ tSは意外なところもチューニングされている。それはサウンドクリエーターが専用になっており、ノーマルモデルは4000rpm前後で人工的な吸気音を演出しているが、このBRZ tSは大人向けの味付けとし、より控え目な重低音としているのだ。もっともエンジン音そのものはチューニングされているわけではないので、そのサウンドを求めるためには別途、STIマフラーなどを装着する必要がある。
BRZ tSは、86/BRZシリーズ初のコンプリートチューニングカーという意味でも特別な存在だが、そのテイスト、走りは本物を知っているエンスージャストを十分満足させるレベルまで作り込みがされていることが印象的だった。なおこのBRZ tSは2014年3月9日まで受注を受け付けている。