富士重工は2016年5月に、2016年度の決算、業績を発表し、世界の販売台数は前年同期比5.2%増の95万8000台となり、いよいよ2017年度期には念願の100万台超えが見えてきた。これまでの60万台クラブから100万台クラブへとステップアップを果たすことになる。
■100万台クラブ
60万台クラブとは、自動車メーカーとして将来的に存続が厳しい規模を意味し、年間販売が100万台レベルの100万台クラブであれば付加価値の高いメーカーであれば自立して存続できるとされる。
グローバル規模での大量生産商品、自動車は今で年間販売が400万台レベル以上でないと生き残れないとアナリストは考えている。しかし、プレミアム・ブランドと呼ばれるメーカーだけは、かつては100万台レベル、現在ではグローバル、特に新興国で成長し180万台~200万台といったところで成り立っており、高い利益率を確保している。
富士重工にとっては400万台クラブへの参入は想定外であることはいうまでもないが、プレミアム・ブランドのクラスに加わろうとしているのだろうか? 2016年6月の株主総会で、富士重工は2017年4月から社名を「SUBARU」に変更すること、産業機器部門を自動車部門に統合することなど大きな節目を迎える。
■販売好調と弾不足
2014年5月に中期経営ビジョン「際立とう 2020」を打ち出した。このビジョンは、「大きくはないが強い特徴を持つ質の高い企業を目指す」とし、具体的には「お客様からの信頼No1」、「高いブランド力」、「業界高位の利益率」、「販売台数120万台プラスアルファ」の実現を狙っている。
社名の変更は、社内的には半数は反対の意見があったと言われるが、吉永泰之社長のリーダーシップで決定した。これはブランド力向上の一環といえそうだ。また歴史にある産業機器部門を自動車部門に統合する意味は、エンジニアを自動車部門に集中し、開発能力を高めるための決断とされている。
2016年度は日本では、新型車効果の一巡により前年を下回り、10.7%減の14万5000台であったが、海外販売では、レガシィ/アウトバックが好調であったことに加え、北米市場でインプレッサ/クロストレック(XV)が順調で、海外合計では8.6%増の81万3000台となった。連結売上高は、為替変動や販売台数の増加等により、前年比12.3%増の3兆2323億円だ。
販売が右肩上がりのアメリカ市場では、依然として在庫数が不足する「弾切れ」状態が続いている。トヨタ・カムリの受託生産を終了したアメリカ工場(スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ:SIA))でレガシィ/アウトバック、インプレッサの生産能力を39万台レベルまで引き上げているが、アメリカ市場で60万台を販売する規模であるため、弾不足は解消しそうにない。だが、生産能力を高めるための新工場増設には多額の投資が必要なため、現時点では富士重工は新工場増設に否定的だ。
■アナリストに高評価だが
富士重工は、近年、証券アナリストに大うけといえる状態が続いている。2012年頃までは富士重工の株価は600円台が長らく続いていたが、2012年12月頃から一挙に上昇傾向に転じ、2014年1月には3000円を超えて、2015年には5000円の大台に乗っている。
高評価となっている背景には、アメリカ市場での成功、独自技術のアイサイト、4WDの強味、財務体質、トヨタが筆頭株主という安定性など、企業としての分かり易さが上げられる。もちろん株価の上昇の背景には円安があり、円安による為替利益により過去最高の収益を上げ続け、2016年5月発表の決算でも、4期連続の増収、増益(過去最高)を記録している。
こうした為替要因による増収、増益は企業の実力とは別物で、日本の自動車メーカーはすべてこの恩恵にあずかったが、為替要因は除外して考えるのが本物の実力だ。富士重工は2017年度の為替が円高に動いたことを盛り込み、5期振りの減収、減益と想定している。しかし、販売台数は過去最高、100万台超えを目指しているのだ。
為替の影響を棚上げすると、富士重工は有利子負債の縮小と、営業利益率の点で評価が高い。特に営業利益率は11%オーバーで日本の自動車メーカーの中ではトヨタ(約10%)を上回っている。日本の一般的な製造業は5%程度の営業利益率が普通で、いかに利益率が高いかがわかる。日産は中期経営計画で営業利益率8%を目標に掲げているがまだ未達だ。
営業利益率の高さにはさまざまな要因が上げられるが、特異な点はアメリカ市場で販売店に支払う販売奨励金(インセンティブ)の少なさだろう。アメリカでは富士重工は1台につき800ドル程度ときわめて低いのだ。一般的には販売奨励金は2000ドル(20万円)~3000ドル(30万円)のレベルで、これが実質的に、販売店が値引き販売するための原資となり、この販売奨励金は自動車メーカーにとってはクルマが売れても利益率を圧迫する要因のひとつになっている。
富士重工は約10年をかけてアメリカにおける販売店の質的な向上を図った上に、アメリカ市場で大きな影響力を持つコンシューマーレポート誌での評価やIIHS(道路安全保険協会)の安全試試験での高評価が加わり、多額の販売奨励金を振舞わなくても売れるような形を作った成果だ。
■スバルの死角
このように富士重工は創業以来、最も業績が好調で、経営的に安定しているが死角がまったくないわけではない。構造的にはアメリカ依存が極端に高い一本足打法になっており、万が一アメリカ経済が悪化すればという懸念は大きい。
またアメリカでの販売が好調である反面で、ZEV規制対象メーカーになったことも重いテーマとなっている。ZEV規制に適合するためには、EV、PHEVを販売する必要があるのだ。経済アナリストは、トヨタの技術を流用すると信じており、このZEV規制の課題を重視しないが、横置きエンジン・ベースのハイブリッド/PHEV技術はスバル車には適合しないことはいうまでもない。つまり独自開発が求められるのだ。
2016年秋発売の新型インプレッサから導入されるスバル・グローバル・プラットフォーム(SGP)は、実はPHEV、さらにEVへも展開できるように想定されたプラットフォームで、2018年初頭にはPHEVを発売する計画だ。また2021年にはEVの販売も計画されている。いずれにしてもこうしたZEV規制タイプの次世代モデルは自力開発を行なう必要があるのだ。
またグルーバルで見るとPHEVやEVの開発だけではなく、さらなる燃費向上、CO2削減も大きな課題となっている。そのため、エンジンは直噴化が進められ、さらに次世代エンジンとして小排気量の次世代ダウンサイジングターボ・エンジンの開発を進めている。最高熱効率40%を狙うといわれているこの新ダウンサイジングターボ・エンジンは、当然ながらコストが一段と高いエンジンになると見られている。この次世代エンジンは2019年初頭に市場投入する計画といわれている。
もう一つの死角は世界No1の自動車市場である中国でのビジネスだ。合弁会社の設立による中国工場での生産計画は頓挫した。現状では輸出したモデルを販売するに留まり、完成車の関税が高いために販売価格が高く、このため月3000台程度の販売レベルだ。このため、中国ビジネスをどうするか、改めて戦略を練り直す必要がある。
アメリカ市場一辺倒から、中国を筆頭とする大きな市場での開拓ができるかどうかで富士重工、スバルの未来像は左右されることになる。
もうひとつ、大規模ではないが強い特徴を持ち、質の高い企業を目指すという、ブランド力の強化が現在の企業テーマとなっているが、どのような企業像、どのようなブランドを目指すのかはもうひとつ明確にはなっていない。プレミアム・ブランドではない、新たな独自性を持つブランドをどのように追求し、表現していくのかもこれからの課題である。