2018年6月5日、スバルは緊急記者会見を開き、新たに完成車検査での不正が発覚したことを明らかにした。事の発端は、2017年10月の完成車検査ラインで、正規の資格を持つ検査員以外に、養成中のまだ資格を持たない作業員が完成検査を行なっていたことを、スバルが国交省に問い合わせをしたところ、国交省は違法と指摘したことが全ての発端となった。
■完成検査での燃費・排ガスの試験結果に対する誤解
スバルは、この指摘を受けリコールを行なうとともに、弁護士により構成された第三者委員会を設置し、なぜこうした事態が生じたのか従業員の聞き取り調査を行ない検証した。ところが、その聞き取り調査の過程で、完成検査員から新たな事実が判明した。それは完成検査の一環として行なわれているラインアウトした車両の一部を抜き取りテストにおいて、基準値に合致していることを確認する試験を行なうが、燃費・排ガスのテストで、データの書き換えが行なわれていたというのだ。それが2017年12月のことだ。
この完成検査における燃費・排出ガスの試験は、国交省による型式認証での届出値と相違がないことを確認するため、工場から出荷されるクルマを抜き打ちで燃費・排ガスのデータをチェックするというもので、通常の車検時に行なわれる検査とは異なる。車検時に行なうアイドリングでの排ガスチェックは、完成車の全車で適用されており、抜き取り試験はJC08モードで燃費・排ガステストが行なわれる。
このため、燃費調査プロジェクトチームを設置し、完成検査で行なわれる燃費・排出ガスデータに関する調査を開始した。この調査は、コンプライアンス委員長である加藤洋一常務執行役員を責任者とし、製造本部に属する群馬製作所の製造品質管理部、品質保証部に属し、技術的な知識・経験が豊富な者を中心としたメンバーから構成されるチームによって行なわれた。調査期間は2017年12月22日から2018年4月26日までに及んだ。
■燃費・排ガスの不正問題とは
調査の対象となったのは、完成検査の燃費・排出ガスの測定業務に従事していた25名全員だ。完成検査の燃費・排出ガスの測定業務は本工場(大田工場)では6名の完成検査員と4名のその他の従業員で行ない、矢島工場では8名の完成検査員と4名のその他の従業員で、いずれの工場でも2交代のシフト制で作業を実施していた。
2工場でのJC08モード燃費・排ガス試験の結果は、EXCELファイルで出力され、データ入力は自動化されていたが、データ表示項目は修正できるように手入力ができるようになっていた。そして、このEXCELファイルが集計システム端末へ転送され、取り込まれるデータは月次報告書に記録されるようになっていた。そして統計的な手法により、国交省届出値と生産されたクルマのデータが基準内にあることを示すことになっている。
しかし調査の結果、実際の測定結果として記載すべき数値とは異なる数値を月次報告書に記載するという不正が行なわれていたことが判明したのだ。記録媒体に燃費測定データが保存されていた3781台中、511台で不正データが記入されていた。なお、511台の中で、測定値を良い数値に書き換えたものが407台、測定値を悪い数値へと書き換えたものが104台であった。また、測定端末Excel ファイル上での書き換えが459台、集計システム端末上での書き換えが64台であったという。
この完成車での燃費・排出ガスデータは、個々の車両についての測定値が下限管理限界値以上であることが定められている。また諸元値を下回った場合でも、下限管理限界値を上回っており、かつ、検査ロット毎の平均値及び量産開始日から1 年間の平均値が基準値を上回っている場合には、燃費の品質管理上は問題がないものとされる。
しかし、こうした品質基準が担当者に理解されておらず、個々の測定結果が諸元値を下回ってはならないという認識が一般化していたのだ。そのため、試験での測定が終了した後、JC08モード燃費値を算出した上で、それが諸元値を下回っていた場合には、測定担当者は班長に報告し、班長は、諸元値を上回る燃費値に書き換えるように指示したという。
またこのような完成車検査では、測定値のバラツキが大きい場合と小さい場合が混在し、月次方向ではグラフがジグザグの形状となることがあるのが当然だが、、係長ないし課長から班長に対し、その理由の説明を求められるような場合があった。
班長は、バラツキが発生することは理解しているが、その振れ幅について、具体的な要因を指摘した上で理論的に説明することは困難であり、また、説明が困難であることを上司に納得してもらうために無駄な時間を取られることから、係長ないし課長から質問が出ないようなグラフにしたいと考えてしまった。悪い測定結果が出た場合や逆に良い測定値が出てグラフがジグザグになるような場合は、悪い測定値を良い測定値に書き換え、あるいは、良い測定値を悪い測定値に書き換えることを行なっていたのだ。
つまり見栄えがよくなるように燃費値を書き換えたというわけだ。また担当者は、シャシーダイナモ上での自らの運転の技量不足や、運転ミスを指摘されることを恐れて書き換えを行なっていた場合が多かったことも理由とされている。
測定値をありのままの数値として採用するのではなく、上司から質問されたり、技量不足や運転ミスを指摘されることを避けるために、数値を書き換えることによって体裁を整えるということが長年、慣例化していたことが伺える。
またそれ以外に、本来はドライブモード設定で、Iモードで測定すべきをところをSモードで測定したり、排気管からホースが外れていたり、測定時の水温が低すぎたり・・・といった測定失敗時にも、試験のやり直しの手間を省くためにデータを書き換えるという事例もあったという。
いずれにしても先輩の測定担当者から教えられた方法がそのまま踏襲されていた場合が多く、試験機の更新などの情報も十分に理解されていなかった。なお、現在の試験機が導入されたのは本工場では、2004年2月、矢島工場では東試験室が2002年2月、西試験室が2004年9月で、既に10年以上を経過し、最新設備とは言い難いし、それ以前の古い試験機でのやり方が踏襲されてきたと見るべきだろう。
さらに、月次報告を受ける係長や課長は、燃費・排ガスの計測の経験や実務を知らない場合がほとんどであった。また当然ながらそれ以上の上司にもこうした認識はなく、現場の実情も理解せず、現場の作業員に全てが委ねられていた。
この調査を経て、暫定的に試験時には別部署の人間が立ち会って監視し、試験機のデータ書き換えが不可能な設定にするなどの対応が行なわれた。
■国交省の質問で新たな問題が発覚
さらに、今回の新たな問題は5月15日~16日の国交省による群馬2工場への立入検査で判明する。この立入検査は、ここまで説明してきたように、4月に経過を報告した完成検査での燃費・排出ガス試験の不正問題に対し、スバルの改善報告を受け、国交省が改めて立入チェックしたときに発覚したのものだ。
国交省の監査担当者は、現場の作業員に、試験時の環境などは問題ないかを問うたところ、作業員は問題ありと答えたのだ。作業員は、4月の燃費・排出ガスの不正問題時には第三者調査委員会の弁護士のヒアリングに対して、データの書き換えなどの実態を話ししたが、試験時の環境に対しては、なんら話はなかったという。しかし国交省の監査員に対しては、問題ありと答えたのだ。吉永社長は緊急記者会見で「無念だ」と絶句した。
社内調査の結果、2012年12月から2017年12月までの期間で、完成車検査での抜き取りの燃費・排出ガスの試験で、本来は試験が無効とされるトレースエラー、湿度エラーの状態にもかかわらず試験結果がそのまま採用された事例が、トレースエラーが903台、湿度エラーが31台、合計927台があったのだ。
トレースエラーとは、JC08モードの燃費・排出ガスを計測する時、シャシーダイナモ上にある車両を作業員が運転し、JC08モードで決められた加減速の操作を行なうが、決められた速度の上下限を超えた場合、試験は無効とされるというものだ。湿度エラーとは、試験時に決められた試験室内の湿度が30~75%までの範囲でなければならないと決められているが、室内の湿度が上記範囲外の測定環境であったというものだ。
いずれも、その時の測定結果は測定エラーとして除外しなければならないが、その結果をそのまま有効データとしたということだ。
この2種類のエラー測定をそのまま有効としていたのは、2012年12月~2017年12月までの総抜き取り検査台数6530台中、927台でトレースエラーが903台、湿度エラーが31台(重複7台)という結果で、トレースエラーが多いのは、試験を行なうときの運転操作員(速度指示モニターを見ながらアクセルの微妙な加減速操作を行なう)の技量が高くなかったと考えられる。
国交省は2018年6月5日付で、
「当省は、これまでに提出された報告書の内容が適正かどうかを確認するため、スバルに対して立入検査を行ない、その結果の精査を進めてきたところ、本来無効な測定とすべき下記の燃費及び排出ガスの測定を、有効なものとして処理していた事実を確認し、5月29日、スバルに対して現時点で把握している内容を整理し報告するよう求めました。スバルからの報告概要は上記報告徴収に対し本日、スバルより当省に対し、以下のとおり報告がありました。書き換えを行なう等により、トレースエラーした測定を有効なものとして処理した事案を、903件確認した。湿度エラーした測定を有効なものとして処理した事案を、31件確認した。当省では、スバルに対し、万全の調査態勢を構築した上で、新規判明の二事案に関し徹底調査するとともに、他に完成検査に係る不適切事案が無いかどうかについて徹底調査し、その結果に基づき再発防止を策定の上、一ヶ月を目途に報告するよう、自動車局長名の指示文書を発出しました」
というプレスリリースを出した。
スバルとしては過去にないほどの面目丸つぶれの状態となった。結果的に第三者委員会により、再調査を開始するとともに、6月の株主総会で吉永現社長は代表権を持つ会長(CEO)に就任予定であったが、CEO職は新社長に就任予定の中村智美氏にバトンタッチし、吉永氏は取締役会長として、正しい会社推進部、コンプライアンス室、品質を担当、つまりこれまでの完成車検査の不正事案の対策に専念するという。
今回新たに発覚した問題の原因は1ヶ月後に調査結果が発表される予定だが、試験担当者の仕事の負荷が過大であったことを物語ると考えられる。トレースエラーは、もちろん運転技術が問われることになる他に、エラー判定となれば約20分を要するJC08モード試験を、再度行なう必要がある。
湿度エラーは、試験室内に空調機があるのに、所定の湿度にするには時間を要し、待機していると試験の時間が短くなる・・・などは担当者にとって好ましからざる状況であったはずだ。
スバルはここ数年で生産台数が増大し、それに対して対応した設備や人員が必ずしも十分ではなく、結果的に現場作業員の負担が増大していることは確かだ。また、開発段階での試験や、生産ラインでの本来の品質検査の手抜きは許されず、重視されてきたが、国交省の求めるルールに合わせるための完成車検査の工程は単なるルーティンワークであり、設備も人員も十分とはいえず、さらに現場の班長まかせとなり、管理職の係長以上は現場も知らず、現場に出向くこともなく、下からの意見も組み上げることはなかった。
会社全体が上意下達の一方通行で、管理体制のみが重視されてきたという企業体質も根深い物がある。これは特にバルブ崩壊とリーマンショックという危機に直面した過程で、より深刻化していたといえる。また生産だけではなく開発の現場も人員不足が続いており、従業員に対する負荷が過大になっている。その一方で、経営陣は空前の業績結果に満足し、現場を知らない、理解しない体質が固定化していた。
新たにCEOに就任する中村知美氏のもとで7月には新中期経営計画が発表される予定であったが、今回の件の影響で、この計画も練り直しが必要になる。