STIフォレスターtS 秘密のクルマ造り

雑誌に載らない話vol16
スバル車をベースに、スポーツモデルへとチューニングしたり、コンプリートカーを開発したりと、活動しているSTIだが、そのクルマ造りのキーになる人物のひとりに辰己英治氏がいる。辰己氏は、元富士重工・実験部長で、長らく操縦安定性のチューニングや、スバル車全体の走りの熟成、そして先行開発を行ってきた経歴を持ち、日本では数少ない本物のテストドライバーなのである。

先ごろマイナーチェンジしたフォレスターに2.5LターボのS-EDITIONが追加され、そのモデルをベースにしたSTIのコンプリートカー「フォレスターtS」が登場した。このフォレスターtSを手がけたのももちろん辰己氏である。そこで、ユーザーから高い人気を得るSTIのクルマ造りとはいったいどんなものなのか、キーマンである辰己英治氏に話を聞いてみた。

gallery_mainimage11?exterior_mainimage01

編:これまではSTIモデルにはチューンドバイSTIとかR205とかいろいろありましたが、今後、ネーミングがtSに統一するというお話です。これまでと何か変わったのでしょうか?

辰己英治

辰己:コンセプトは何も変わってなくて、 Sport、Always!ですが、以前から、STIが造るモデルにチューンドバイSTIというように、子会社名を入れておくのはいかがなものか?というのが社内でことあるごとに話題になっていました。それで、STIが造るモデルをグレードにしたいので、グレード名に社名が入るのもおかしいということで、Turned by STIのtとsを使ったわけです。tSであれば、車種はどれにでもつけることができますし、チューンドバイSTIのイメージもすぐに思い出せますからね。一部ではタツミ・スペシャルの意味ではないかという方もいますけど、違うんですね。そのネーミングの変更は、この前のレガシィのSTIバージョンから変更したというわけです。

編:その「Sport、Always!」というのは?

辰己:コンセプトはやはりSTIがつくるものだから、スポーツ心をくすぐらないといけないと思います。常にスポーツである。決して飛ばすという意味ではなく、街中を走っても、交差点を曲がっても、常にスポーツを感じられなければいけない。いつも気持ちいいという意味をこめて、Sport、Always!というキーワードをつくりました。運転がうまくなるクルマとか、誰が乗っても気持ちいというのは昔から一貫して言ってきたことですからね。

編:具体的にはなにをされたのですか? 以前、チューンドバイSTIを乗せていただいたときに、クルマを組み立てる手順が違う。使うパーツはメーカーのものとほぼ一緒というお話を伺いました。違うことの例として、ホイールの5穴を締める手順が違うと。キチンと正しく締めている、という話を聞いたのですが、そこは変わらないのですか?

辰己:その考え方はつねにあって、たとえば、エンジンのヘッドボルトを締めるときに、10本あれば、エンジン専門のエンジニアにとっては、その閉める順番は非常に大事で、そういう考え方を持っています。その考えをベースにして補剛(補強)パーツを付けていくわけですが、ただ取り付けていくと固まりすぎちゃうんですね。だから、固まり過ぎないためにフレキシブルシリーズというのを作って、クルマをガチガチに固めない。それでいて、このフレキシブルシリーズは、どう取り付けても固まり過ぎず、ほぼその求めている性能がだせるんです。それはタワーバー、ドロースティフナーや各部のサポートとかです。つまり、クルマに余計なストレス、内部応力を与えない、という考え方で造っているのが今のSTIのクルマ作りです

編:その固まりすぎないパーツですが、パーツのばら売りがあります。これを取り付けると、tSと同じようなテイストにはなるが、まったく同じにはならないという説明ですが?

辰己:なんで同じにならないかといえば、簡単に言うとtsモデルには、カタログには出ていないことをしていてカタログに載っていないパーツを使っているからです。つまり、書いてないこともやっています。だからまったく同じにはならないわけです。ですが、似たような味はにはなりますね。これはtSというコンプリートカーを買っていただいた方へのご褒美で、tSを買ったお客さんだけへのプレゼントなんです。あとから、このパーツを組み付けたクルマと同じになったのでは、気分もよくないでしょう(笑)

編:カタログにでていないようなこと、とはどんなことですか?

辰己:私が考えていることですが、クルマのこの部分をこう変えると、クルマってたぶんこう良くなるという部分があるのですが、それはまだ公表したくない。まだ、秘密。それを公表するとSTIって、こういうことを考えてクルマを造っているんだ。ということがわかりますね。自動車工学的にあまり、まだ教えたくない。100%すべてさらけだしちゃうというのは、まだしていないんです。

編:その話は3?4年前にも同じコトを言われていたと思いますが、辰己さんの考えるクルマ造りはメーカーも含めて、正解の模索中ということですか?

辰己:私の考えを聞くとそうなんだ、となるかもしれないし、辰己は頭がおかしいんじゃないの?となるかもしれない。私は、クルマ造りの教科書に書かれているようなことをあまりしていない。どちらかというと、自動車工学を学んだ人からすると、それはおかしくない? というようなことを、ある面ではやっている。ということなんです。そういう一面があるので、あまり表に出すとよくないと考えているから公表しないんです。

編:正しいクルマの造り方なんて本があれば、みんな同じようなクルマが作れちゃうわけですから、各メーカーによって違う造り方でしょうし、それがメーカーの味だったりするわけですからね。でも辰己さんの考えるクルマづくりが分かるヒントでもいいので、教えていただけませんか。

辰己:たとえば、クルマの走りを良くしようとしたとき、一般的にはサスやダンパーを硬くする、ボディを硬くする、遊びをなくすというように、固める方向のチューニングをするのが世の中の定番ですよね。チューニングショップに行って、走りをよくするのに、何かをやわらかくするってないでしょ? 私は、ある面では、それをやっている可能性があるわけです。いかにクルマとしてのバランスを取るかが重要で、クルマのバランスをユーザー目線で気持ちいいほうを目指す造り方です。そうすると固めないほうがいいという結論になる。そして具体的には可動部分を持ったタワーバーが誕生してくるわけで、世の中に可動するタワーバーなんてないんです。だから、常識的にはおかしな話と感じるという人もいるのです。

編:商品説明ではフォレスターtSは、BMWのX3をベンチマークに開発したというお話ですが、どのあたりを目標につくられたのですか。

辰己:X3が持つ、スポーティなスポーツカーのイメージを引っ張り出して、X3のお客さんが乗り比べても「あれ、スバルもいいなぁ」と思っていただけるようなクルマを目指しました。当然、X3とは一緒ではないし、乗り味も違う。だからマネをするということではなく、X3が持っているイメージを共有したいということです。

編:実は、「ベンチマーク」という言い方も少し違うわけですね。

辰己: X3はスポーティな走りができ、ユーティリティも兼ね備えている。SUVのあのセグメントというかカテゴリーに入るクルマのなかでは、トップにいるだろうと思います。われわれが造るフォレスターが今はその全てに勝てるとは思っていなくて、インテリアの質感とか勝てない部分というのがある。でもハンドリングに関して、乗ったときに、スバルも面白いよね、というポジションにはもって行きたい。でも、ひとつひとつを見比べてしまうと、X3とぜんぜん違うじゃん、となる。当然、一個一個ぜんぜん違います。だけど、走りのSUVを求めているお客さんが尋ねていった先に、スバルもあるだろうというのを想像して造っているわけです。

編:なるほど。X3のものまねではなく、もっているイメージをベンチマークとしているのですね。

辰己:BMWと真っ向勝負して10種競技して全部ウチのが勝つなんてことは今はなくて、ハンドリングが気持ちいいね、とか10種競技のうち、いくつか勝てればいいやという気持ちで。そうじゃないと、ひとつもX3に勝てない結果になる。BMWが100年かけて造ってきたSUVに、全部勝ちますというのは、今はありえない。まずはひとつでも勝ちたい。今は、走りが気持ちいいね、と言われたいです。

編:随分と謙遜されているように聞こえますが。

辰己:やはり大量に製造するには製品公差の問題はあるから、簡単ではないということです。

編:使っているパーツで、ノーマルと大きく違うのがフロントサスペンションだとおもいますが。

辰己:剛性面での優位性を考えると倒立ストラットになります。だからSTIのコンプリートカーはほぼ倒立タイプを使っていますね。それに伴って、車高は15mm下げています。若干の安定性を出したい。それはユーザーの見た目の安定感を求めていて、ユーザーは背の高いクルマを見ると転倒の危険性を感じるらしいので、そのイメージを避けるために少し下げました。

編:ロールセンターを下げるとか、運動性能のことではないのは意外ですね。

辰己:ドライバーがクルマに運動性能を与えられるのは、アクセルやブレーキはもちろんですが、ハンドルだけしかないんです。風にあおられたとき、姿勢を立て直すことなど無意識にハンドルを切って修正している。あるいは意図的に、前のクルマを避けるとか、車線変更するとか、交差点曲がるとか、ドライバーはステアリングから自分の意思をクルマに伝えています。そうすると、乗りやすい車というのは、ハンドルを切ったときクルマが反応する時間が早ければ速いほど安心感がでます。普通のユーザーがステアリングの反応遅れを、どういうのを「遅れ」というのか分からないと思いますが、われわれはその反応の遅れをどれだけ小さくするかに精力を使っています。じつはそのために、いろんなパーツを使っているんです。

編:ドイツ車と国産車の大きな違いはそこにある気もします。

辰己:いいクルマというのは自動車工学的に遅れがない。非常に小さいもの(小舵角)がコントロールしやすい。トラックの追い抜きざまにハンドルが取られたとすると、無意識のうちに修正します。それは人によって、うまい下手はあるにせよ修正はします。そういう小舵角の扱いやすいクルマを造るにはどうしたらいいか、というのを追求しているんです。

編:よく、ハンドリングがシャープになったという表現をしますが。

辰己:それは、ぜんぜん違うと私は思う。そういうものと、安心感はぜんぜん違うし、同じものではないと考えています。ステアリングのゲインをなくす。つまり入力舵角と実際のタイヤへの出力の差をなくすことで、シャープなレスポンスというのを与える気はぜんぜんないわけです。どれだけ、ハンドルを切ったという動作に対し、どれだけ瞬時にそのように動かすか、そこに全精力を注いでいるわけです。

編:ハンドリングのメカニズムみたいな話でしょうか。

辰己:そう、例えば、背の高い車の不安感はどこからくるのかというと、ステアリングとフロントタイヤの反応遅れという部分もあるけど、じつは、リヤからきています。ドライバーがハンドルを切る、トーションバーがねじれて、フロントのギヤボックスの中のラックを押す、ラックは逃げる、フロントのタイヤにコーナリングフォースが発生する。すると力が生じ車体を前に押す。そうすると車体はロールする、ロールするとその力は後輪に伝わり、後輪がねじれ、コーナリングフォースが生まれ、やっと、後輪に力が加わる。という複雑な過程経るのですが、それが、ハンドルを切った瞬間にリヤのタイヤに力が加わると、不安感というのが出てこないんです。すると、背の高い車でもロールを感じないで曲がれることができ、車線変更も安心してできるわけです。

編:フロントからリヤへ力の伝わる時間が問題なんですね。

辰己:伝わる時間が遅れれば遅れるほど、ヨーが出ちゃってから後輪がグリップすることになるからクルマがグラっとなる。そういうメカニズムを持っているんですね。それをどれだけ小さくするかがキーで、ドライバーがクッと切った動きを後輪にすぐに伝えちゃう。すると、クルマは思ったところに走っていきます。ドライバーはそんな複雑なメカニズムを理解していなくても、tsに乗ったら、なんか安心して切れるよねって言って欲しいな、と思いながらクルマをつくっているわけです。特にフォレスターのように、背の高いクルマほど、リヤをどれだけ速くグリップさせてあげるかがポイントですね。

編:ステアリングのフィーリングを、リヤが決めているというのは意外でした。

辰己:今回のフォレスターtSにはドローステフィナーというのを後ろに付けていますが、フロントでドライバーが切ったフォースを、フレームを通じて後ろに早く伝えてやろうとしているパーツです。もちろん、サスも減衰をあげているから、そんなにグラグラもしないですけど、とにかくリヤに早く力を伝えているから、グラっとしてから止まるということにはなっていないと思います。

編:だから、とにかく回頭性が良く感じるわけですね。

辰己:多くのクルマは、ハンドルを切ると後ろが流れていく、それからグリップするという過程を経ていますが、いいクルマというのは切った瞬間に後ろは止まっていて、頭だけ入っていく。逆に言うと、ちゃんと曲がるクルマじゃないと、後ろはちゃんとグリップしない、ということにもなりますね。

編:では、なぜそのような遅れが生じているんですか。

辰己:車体っていうのは、板金ものの寄せ集めですから、力が加わると必ずつなぎ目で力が途切れる。それが途切れちゃわないで、つないじゃおうということです。STIの秘密はフォースの連続性です。ドロースティフナーやフレキシブルタワーバーは、小さなパーツだけど瞬時にリヤまでに伝える役目を持ったパーツなのです。量産車には公差があるから、そこを突くということでしょうかね。(笑)

文:編集部 高橋明

STI 公式Web

ページのトップに戻る