雑誌に載らない話vol209
2017年9月29日、日産は9月18日に行なわれた日産車体・湘南工場への国交省の工場立入検査で、「完成検査」ラインで完成検査員の資格を持たない作業員が完成検査を行なっていることを指摘した。
■日産の場合
これを受けて日産は、全国の工場を調査したところ、9月18日以前に6工場で製造された21車種全てが同様に無資格者による完成検査がおこなわれていたことが判明し、その中には追浜工場で生産された新型リーフも含まれていた。
そのため、無資格者による完成検査が行なわれたクルマは、ユーザーに渡る前の約6万台の販売手続きを一時停止し、再検査を行なうことになった。もちろん既に販売され、ナンバーを取得したクルマも多数あり、最終的に正規の完成検査を受けていない状態で販売されたクルマに対し、リコールことを決定した。
21車種の販売台数は過去3年間で約121万台に上る。3年以上経過したクルマはすでに1回目の車検を受けているため、完成車検査を受けたことと同等扱いとなるため、リコール対象にはならない。
その後、日産では9月20日までに再発防止策を講じたと発表していたが、じつはその後も国内3工場(追浜工場、栃木工場、日産自動車九州)で、完成検査員に任命されていない作業員によって完成検査の一部が行われていたことが発覚し、10月19日に発表した。
この原因は、完成検査の法令遵守、作業工程改善の社内通達が行なわれていたものの、工場内の課長から現場の係長に改善通達の意味が明確に伝わらず、本来の国交省が求める完成車検査のラインだけでなく、自動車メーカーの品質基準をチェックする商品性検査ラインでも完成車検査の一部工程が行なわれていたというものだった。
その結果、日産は日産車体を含む全6工場で生産している国内市場向けの全車両について、完成検査業務、車両出荷、車両登録の停止を10月19日に決定した。
このため、工場の国内向け車両の生産停止、すでに出荷された車両は販売店でのナンバー取得の停止を意味し、10月19日以降は日産車の販売は全面的にストップしたことになる。
■スバルの場合
国交省は、日産での無資格者による完成検査行為を発見した問題を受け、他の自動車メーカーにも改めて社内の完成検査が適正に行われているかを報告するように指示を出した。
スバルはその指示を受け、各工場の完成車検査の工程を点検したところ、「型式指定を申請する際に、国交省へ提出している規定(完成検査要領)は、完成検査員が完成検査を行なうことになっているが、社内(工場)の業務規定では、完成検査員登用にあたっては、現場経験の期間が必要と義務付けているため、当該工程の完成検査員と同じく、十分な知識と技能を100%身に付けたと現場管理者(係長)が認定した者を、監督者(班長)の監視下で検査業務に従事させており、型式指定申請書にある規定とは異なる運用になっている」ことがわかり、国交省に法令の解釈について問い合わせを行なった。
それに対して国交省は、その業務規程は法令違反と判断し、スバルは改めて10月30日に国交省に過去の完成検査の実情を報告し、発売済みのクルマで初回車検を受けていない約25万5000台がリコールされることになった。
スバルは社内(工場)の完成検査に関する業務規定は30年以上前に作成され、現在までそれに従ってきたわけで、完成検査員候補者の実務経験を重視し、一定以上のスキルを経た上で最終的な資格試験を受ける体制となっていたわけだ。したがって、正規の完成検査員の指導のもとで、検査委員候補者が指示された通りに検査作業を行ない、その場合は正規の完成検査員の検査印をチェックシートに押すという流れになっていた。
■完成検査の実情
日産も、スバルも当然ながら現場の正規の完成検査員、あるいは無資者が、不正を働いているという認識はなく、現場の完成検査ラインの責任者も、そうした自覚は持っていなかった。
そのため、日産では問題発覚後も、完成検査で何が問題になったのかは認識できず、無資格者による検査が続けられた。なぜなら完成検査を行なわなかった、あるいは完成検査の検査項目を省略したわけではないからだ。
こんなところに今回の問題の根源があると考えられる。
では、そもそも完成検査とは何か?
完成検査とは、じつは自動車メーカーの型式指定(認証)制度と密接に関連している。
自動車メーカーは新型車を開発すると、まず国交省の型式認証を受ける必要がある。国交省はそのため多くの項目の審査(テスト)を行ない、最終的に国交省から型式指定を取得する。
自動車メーカーは、量産が開始されると、各車両が型式指定通りに製造されているかどうかを、本来は国交省の検査を受ける必要があるが、実際には型式指定に合致しているかどうかは自動車メーカーが完成検査を代行実施することになっている。自動車メーカーは型式指定を受けると、国交省から型式認定番号が与えられ、官報に告示される。自動車メーカーは生産するクルマの保安基準への適合性、均一性、車台番号および原動機型式の打刻を検査し、クルマに型式認定番号標を表示する必要があるのだ。
そのため完成検査員の資格は自動車メーカーの社内基準に従って筆記の資格試験が行なわれ、その資格を持つ検査員が担当することになっている。しかし、そうした資格試験を受けることができる候補者をどうのように養成するかは各自動車メーカーに任されているのが実情だ。
だから、極端に言えば、実務での養成期間なしで資格試験を受けることも可能となっているし、スバルのように試験を受けるために社内で設けた基準に合わせ実務経験を積ませる場合もある。
スバルは、完成検査員の候補者の実務研修期間は自動車整備士資格のランクによって2級は2か月、3級は3か月、資格なしは6か月とし、その後に行なう筆記試験に合格した場合に完成検査員として認定していたので、実務研修期間を重視していたといえる。
完成検査(テスターラインと呼ぶ)は、車両重量、光軸、メーター誤差精度、排気ガス、排気音量、自動ブレーキ動作、サイドスリップを計測し、保安基準、型式指定と合致しているかどうかをチェックするもので、検査の内容的には通常の販売店での車検とほぼ同等レベルだ。
したがって、この完成検査はあくまでも型式指定制度と一体のもので、自動車メーカーが工場で行なっている個々の性能、機能をチェックする高精度な品質検査とはまったく別物だ。例えば、完成検査ではサイドスリップの計測が行なわれるが、製造ラインでの品質検査では、設計値通りのアライメントになっているかどうかは、サスペンション組み立て後に高精度検査が行なわれている。つまり、完成検査前にすでに高精度のアライメント計測、検査は行われているのだ。
またこうした品質検査も、完成検査も自動計測、自動記録化されている。とはいえ、検査ライン内で、エンジンを始動する、クルマを移動させる、サイドスリップ計測時には右、左とハンドを切る、といった作業は検査員が行なうが、そうした作業も有資格の検査員が行なわなければならないという認識は現場にはあったとは思えない。
また工場では、当然ながら有資格者は無資格者より職級は上になり、給与では1万円~2万円の差が付くのが実情で、現場では有資格者のほうが無資格者より上位に位置するため、有資格者が無資格者を指揮することも十分に考えられる。
このように考えると、工場での現場と、詳細に検査工程の基準が明記されていない国交省の型式指定に関する法令との乖離が今回の問題を生み出したといえるだろう。
型式指定制度は日本市場用で、同じ型式指定制度のあるヨーロッパ向けはその制度に合わせた検査が行なわれ、アメリカでは型式指定制度がないため、日本式の完成検査が行なわれていない。
そのような事情を国交省は認識しており、時代に合った制度の見直しも石井国交大臣はほのめかしている。