日産自動車とルノー・グループは2023年1月30日、両社で2022年以来行なわれていたアライアンスに関する協議の結果、パートナーシップ、アライアンスの新たな関係の概略を発表した。
両社の新たな基盤、つまり株式の保有比率やアライアンスにおける役割分担などについてこれまで数か月間にわたり協議を重ねてきたが、ようやく新たな方向性が固まってきたのだ。もちろん今後開催される取締役会の承認により決定事項は確定する。しかしいずれにしても、この協議の合意結果がアライアンスの新たな時代を迎えることになる。
合意の内容は次のようになっている。
・高い価値を生むプロジェクトによる、パートナーシップの再構築:ラテンアメリカ、インドおよびヨーロッパにおいて、市場、自動車、技術の3つの視点で展開される主要プロジェクトの推進。
・パートナーが参加可能な新しい取り組みによる、戦略的な機敏性の向上:ルノー・グループが設立するEVとそのソフトウエアに特化したアンペア社の戦略的な株主になるべく、日産による同社への出資。
・バランスのとれたガバナンスと株式の相互保有による事業効率の向上:日産とルノー・グループは、ロックアップおよびスタンドスティル義務を伴う15%の株式を相互に保有。両社とも、同保有株に付随する議決権を15%まで自由に行使可能。
ルノー・グループは、日産の株式28.4%をフランスの信託会社に信託。ほとんどの議案に関する議決権は「中立化」されるが、株式が売却されるまでの間、ルノーが保有する経済的な権利(配当金と売却代金)は維持。
また、同社にとって商慣習上合理的な場合、協調的で秩序あるプロセスにて信託会社に信託した日産株式の売却を指示するが、特定の期間内に売却する義務は負わない。
従来からアライアンスの運営を協議するアライアンス・オペレーティング・ボード(AOB)は、各社の調整の場として存続される。
新たなアライアンス関係はどうなる?
いうまでもなくルノー・グループは単なる民間自動車メーカーではなく、フランス政府が15%の株式を所有し、ルノーの方向性をコントロールするという特別な企業である。そのため、これまで日本のメディアでいわれてきたようにルノーが日産の株式43%を所有して統治権を持ち、日産がルノー・グループの株式を15%所有するもののルノー・グループの経営には関与できない不平等関係…とされてきたが、その背景にはフランス政府の存在を抜きには語ることはできない。
そのため、出資比率の変更に関してはフランス政府と日本政府との承認が求められ、今回ようやくフランス政府が日産への出資比率の引き下げを了承したということである。では、これで両社は対等になったのかといえば、そうとはいえない。両社の協議の内容はあくまでもルノー・グループの目指す方向に向かっているように見える。
両社と三菱自動車を加えた3社のアライアンスは深い関係に進んでおり、すでにプラットフォームの共有化、エンジンの基本骨格の共有化なども進行しており、それぞれにメリットをもたらしているのだ。
だが、ルノー・グループは2050年に向けて新たな方向に進み始めており、そのためには日産、三菱の力も必要としているのである。ルノー・グループは従来の事業を大幅に改編し、内燃エンジン事業とEV部門を分離独立させ、内燃エンジン会社と今後に向け最重要のEVとソフトウエアを集約した新たな会社を展開することにしており、新EV会社(コード名:アンペア)の新規株式公開も既にスケジュール化している。
なおルノー・グループは内燃機関とハイブリッド車(HV)を開発、生産する新会社も中国の浙江吉利控股集団・吉利汽車と設立する計画だ。ルノー、ダチア、小型商用車の各ブランド向けにエンジンやユニットを供給することにしている。
そして、ルノー・グループのハイエンド+スポーツ・ブランドとして「アルピーヌ」が位置付けられている。そのアルピーヌも2026年までにEVスポーツカーを発売する計画だ。
そしてルノー・グループの最も重要な新会社アンペアに、日産、三菱も出資させることで、EVメーカーとしてのリーダーシップを握ろうとしているのだ。今回の協議の合意により、日産はアンペアヘの出資が決定的となり、日産のEV事業もアンペアの下で展開することになりそうだ。
従来のアライアンスの関係は以下のようになっていた。
・2030年までにグローバルで220GWhのバッテリー生産能力を確保することを目指し、アライアンス共通のモジュールバッテリー戦略を強化する。
・日産は、全固体電池の技術開発をリードし、アライアンスでそのメリットを享受。2024年には横浜工場で全固体電池のパイロットプラントを稼動予定。
・ルノーは、統合型+モジュラー型のアライアンス共通の電気・電子(EE)アーキテクチャーの開発をリード。2025年までに完全にソフトウェア定義(software defined)タイプの車両を市場投入する。
・EVプラットフォームは、アライアンスで5種類のEV専用プラットフォームを展開し、合計35車種を投入する。5種類のBEV専用プラットフォームとは、CMF-EV、CMF-AEV、CFM-BEV、KEI-EV(超小型車用)、LCV・EV(商用車系)とされていた。
つまり、EVでも各ブランドで共通プラットフォーム、電子プラットフォームを展開する計画になっていたのだ。しかし、その一方でEVの駆動モーター、ハイブリッド・システム、駆動制御システムなどはルノーと日産でそれぞれが独自開発しているなどの矛盾も生じていた。
しかし、アンペアが設立されることで、プラットフォームだけに留まらず、より共通化したモーターやe-アクスル、駆動制御システムなどの共通モジュールを利用することになるだろう。それにより新型EVの開発コストを抑制することができるからだ。
一部メディアでは日産が開発したEV技術がルノー・グループに流出する、といった論調も見受けられるが、実際はルノーもEV開発では出遅れておらず、2005年からBセグメントのEV「ZOE(ゾエ)」の開発をスタートしており、2012年に販売を開始している。EVの市販化においては三菱「i-MiEV」が2009年、日産「リーフ」が2010年の発売開始で、開発の時期はほぼ同等であり、ヨーロッパでもEV先行企業であった。
ルノー・グループはその後も商用車を含めたEVの展開、革新的な駆動モーターの先行開発、E-TECHハイブリッドの開発などを進めており、日産のEV技術流出といった観測は的外れといえる。
しかし、新型の駆動モーター、バッテリー、電子プラットフォームと車載ソフトウエアなどの開発は、開発速度の向上、コスト低減のためにアライアンスで共通化させた方がスケールメリットを追求でき、有利であることはいうまでもない。
ルノーが主導するアンペアには、技術基盤としてすでにGoogle(電子プラットフォームのアンドロイドOS)、クアルコム(自動運転などの高性能コンピューティングプラットフォーム)の出資も決定しており、日産や三菱の出資によってプラットフォームやモジュールの共通化が完成するわけだ。
アンペアは2030年までに6車種を投入し、2031年にはEVを約100万台生産する計画としている。
アンペアの目指すEVはプレミアムメーカーのような高価格のEVではなく、A、B、Cセグメントの普及価格帯のEVである。そのため何より重要なのはコストの低減と大量生産によるスケールメリットの徹底した追求だ。
今回の合意によりアンペアは一気に加速し、日産、三菱のEV開発もその動きに歩調を合わせることになると予想される。