2018年11月19日夜、カルロス・ゴーン会長は東京地検特捜部によって逮捕された。また同時にグレッグ・ケリー代表取締役も逮捕されている。逮捕容疑は、ゴーン会長の役員報酬を記載しなかったという「金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)」だ。
ゴーン会長逮捕の経緯
この逮捕劇に至るまでの経緯を追ってみよう。日産の西川(さいかわ)CEOの説明によれば、日産は内部通報によりゴーン会長の内部調査を極秘の少数メンバーで行ない、ゴーン会長、ケリー代表取締役の不正を発見したという。さらに西川CEOは、投資資金の不正な使用、経費の私的な流用も確認したという。
様々な情報によれば、2018年春頃から極秘の調査を開始し、調査された事実について検察当局と協議を重ね、検察当局は2018年6月から施行された司法取引制度を適用することにした。日本では従来、司法取引は認められていなかったが、改正刑事訴訟法により取り調べ時の録音・録画の義務付けや、「捜査・公判協力型協議・合意制度(日本版・司法取引)」が施行されることになり、これが検察当局、日産にとって最適と考えられたからだ。
「金融商品取引法違反」という容疑では、実際に有価証券報告書を作成する経理部門、承認した担当取締役にも当然ながら責任があるが、司法取引により調査情報を全面的に検察当局に提供する代わりに、日産の社員、取締役の罪状を軽減させるわけだ。ただしこの制度では、取り引きに応じた当事者が告発者の罪状を過大に証言する可能性も内在している。
この司法取引の合意は当然ながら6月以降に行なわれたわけだが、この間に日産の最高財務責任者(CFO)のジョセフ・ピーター氏が突然退任し、専務執行役員の軽部博氏が昇格している。これは当然ながら、内部調査に関連した動きだったと推測される。
また11月11日には日産は国税庁により2017年3月期のタックスヘイブン(租税回避地:英領バミューダ諸島)に保有する子会社を巡って200億円強の申告漏れを指摘されている。これは検察当局ではなく、国税庁の動きだが、これは今回の事案とどのように関連しているかはまだ不明だ。
そして11月19日のゴーン会長、CEOオフィス、つまりアライアンス事業におけるゴーン会長の片腕役であったグレッグ・ケリー代表取締役の逮捕に至り、日産の西川CEOが記者会見を開き、有価証券報告書の虚偽記載以外に投資資金の不正流用、経費の私的使用があることを明らかにした。また最近明らかになったのは、虚偽記載の報酬に関する内容が、日産から「実際に受領した別名目の報酬」ではなく、退任後に別の名目で支払うことを「約束した金額」だというのだ。
特捜部は、これを事実上の隠ぺい工作だと判断し、契約料(報酬)を受け取るのが退任後だとしても、契約書は毎年交わされており、役員報酬として報告書に記載し、開示する義務があると考えているわけだ。
逮捕後、ゴーン会長は高級寿司店の飲食費を日産に負担させた、世界各地の豪邸を私的に利用した、家族旅行の費用を日産に負担させた…など多くのマスメディアが、いかにゴーン会長が金銭に強欲で、会社を私物化していたかといった情報が氾濫しているが、もちろんこれらの情報は特捜部から、あるいは日産側からのリーク情報で、世間に対する印象操作といえる。しかし逆に言えば、印象操作をしなければならない状況に東京特捜部はあるといえる。
なぜなら、東京特捜部は2名の逮捕までに自らの手で調査、操作を行なったわけではなく、日産の内部調査情報に頼って逮捕に踏み切っており、独自の操作、検証は逮捕後に始まったからで、手持ちの情報量は少ないと見予測できるからだ。
NEXT:日産は11月22日に緊急取締役会を開き…
日産は11月22日に緊急取締役会を開き、ゴーン会長、ケリー代表取締役の解任を行なった。これで、ゴーン、ケリーの両氏は取締役に降格した。ちなみにマスメディアでも混乱が見られるが、日産は外国企業と同様に、取締役会の取締役(ボードメンバー)と、事業を各担当ごとに推進・執行する執行役員に分けられている。したがって、ゴーン氏はCEO(最高経営責任者=執行役員トップ)のポジションは西川氏に譲って会長に退いたといった表現は間違いで、ゴーン氏は取締役会の会長職(海外では取締役会の議長という表現になる)のままであり、CEO以下の執行役員を監査・コントロールする役割・責任は持っているのだ。また、ゴーン氏はルノーではCEO兼会長、三菱では日産と同様に取締役会・会長だったが11月25日に会長職を解任している。その理由は、会長職の職務が果たせなくなったためという理由で、事件を直接の理由とはしていないのだ。
そして、日産ではその取締役会で会長職を解任したわけだが、ケリー氏とともに依然として取締役のままである。この取締役を解任するには株主総会での議決が必要になる。しかし周知のように日産の最大の株主は43%の株式を所有するルノーであり、議決権を持つため。株主総会での人事案件は日産の思い通りになるとは考えにくい。
また、ルノーと日産の関係では、ルノー側は日産の取締役会会長(=議長)など代表取締役を派遣する権利を持つという。それは最大株主だけにある意味で当然だろう。また、今回の事案の発生を許した日産社内のガバナンスの欠如に対して、日産の取締役会全体の責任追求も株主総会で行なわれる可能性もある。
ルノーの事情
今回の事件は西川CEOはクーデターではなく、あくまでもゴーン、ケリー両氏の不正行為の告発だというが、取締役会長、代表取締役の解任によりルノーと日産との関係に大きな影響を及ぼすことは必至で、従来からの関係を見直そうという動きになれば、この事件を利用したクーデターといえるだろう。
西川CEOは、現時点ではルノー、日産、三菱のアライアンス関係は維持すると表明しており、ルノー側も日本の政府もこれを支持している。しかし、その一方でルノーの最大株主であるフランス政府、マクロン大統領はルノーと日産との経営統合を目指しているとされる。ゴーン会長は2018年2月でルノーの職務任期切れとなったが、政府の承認を得て2022年までの続投が認められた。ただし、政府はゴーン氏に日産との経営統合を急ぐことを要請し、その動きを察知した日産がゴーン氏追放の策に打って出たともいうことができるわけだ。
実際、ゴーン会長は2017年に西川氏にCEO職を譲り、ゴーン氏はルノーと日産の合弁会社のルノー・日産BV社(2002年設立)で、共通戦略の決定と業務シナジーを担当する業務に専念している。このルノー・日産BV社の下で、ルノー、日産、三菱の担当者によるクロス・カンパニー・チーム、ファンクショナルタスク・チームが稼働している。つまりアライアンスによるメリットの追求、共同開発の推進などだ。
また、ゴーン氏はルノーの子会社のロシアのアフトワズ社の事業展開、ダイムラー社との協業でもリーダーとなっており、ロシアでのルノー/アフトワズによる圧倒的なシェア、ルノーとダイムラーによるトゥインゴ/スマートの開発・生産、日産インフィニティとダイムラーによる共同生産などで手腕を振るっている。
NEXT:したがってゴーン氏は…
したがってゴーン氏はルノーにとってもアライアンスにとっても不可欠な存在で、多くを一人で切り盛りしているため、フランス政府から次世代の後継者の育成もゴーン氏に義務付けているのだ。こうした背景があるため、日産がゴーン氏を追放したからといって、簡単に事件が収束するとは思えないわけだ。
また、ルノーがなぜ日産との経営統合を求めるのかについては、主としてフランス政府の意図するところが大きい。フランスは2014年にフロランジュ法を制定している。2つの柱からなり、大企業に対して工場など生産拠点を閉鎖する場合は事前に売却先を探すよう義務づけたことと、株式を2年以上持つ株主に、2倍の議決権を与えることだ。(ただし株主の3分の2が反対すれば、このルールの適用を免れる例外規定もある)。
政府はいずれも、国内の産業を守る目的があると説明する。この法律の背景には大手製鉄会社のアルセロール・ミッタルがフランスのフロランジュ製鉄所の閉鎖を行ない、大量の失業者が生まれて社会問題になったことに端を発している。
もうひとつはフランス政府はルノーの最大株主というにとどまらず、2014年にプジョー/シトロエンの属するPSAグループの株式の13%を取得しており、フランスの自動車メーカーグループの両方をある意味で支配下に置いている事も忘れてはいけない。さらにルノー、PSAグループともに、事業の再建が成功しており業績は向上している。
つまりフランス政府としてはドイツ勢に対抗できる自動車産業基盤を育成し、ヨーロッパでの覇権を争うだけでなく、ロシア、中国、南米などグローバルで競争力を高めようという政策だといえる。フランスの自動車メーカーがグローバル市場で唯一欠けている地域がアメリカ市場であり、そこには日産を当てはめるのが最適ということになる。
もちろんそれ以外に、日産がヨーロッパ市場のためにフランスに工場を新設すれば、それに応じて雇用が発生するというメリットも考えられる。
このように、フランス政府、ルノーにとって戦略的に日産は重要であり、アライアンスの関係が弱まる方向、あるいは日産がアライアンスから離反することは容認できない事情がある。日産は現在のところアライアンスを維持すると発表しているが、今後の首脳人事の問題、臨時株主総会の行方によっては、日仏の政府を巻き込んだ緊張関係になる可能性も考えられるのだ。そういう意味ではまだ第1幕が始まったばかりということができる。