グローバル戦略車 新型日産マーチを考察

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7月13日、日産の新型マーチ(K13型)が発売された。このモデルは4代目にあたるが、様々な意味で画期的なクルマといえる。3代目はルノーとの初の共同開発プロジェクトであったが、今回はルノーと共同しながらタイ、インド、中国、メキシコという新興国の工場に完全に生産移転を行い、これらの工場から世界に出荷する世界戦略車となっている。

また、今回の新型プラットフォーム(Vプラットフォーム)をベースに、今後2年間(2012年まで)の間にさらに2車種を追加し、3年間で100万台の販売を計画している。つまりマーチはコンパクト・セグメントのグローバルカーであり、世界のコンパクトカーのリーダーの座を狙ったクルマなのだ。そのためプラットフォームから、エンジン、トランスミッションまでゼロからの開発を行っての挑戦ということになった。

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このことは、トヨタ・ヤリス(ヴィッツ)、アイゴ(パッソ)、スズキ・スイフト(スイフトはいち早くハンガリー、インドでの生産を展開)、ホンダ・フィット(ジャズ)など日本発のAからBセグメント、韓国のグローバルカー、VW系列の東欧製などにも大きな衝撃を与える存在といえそうだ。

では、なぜコンパクトカーを新興国で生産したかといえば、製造コストの低減と為替リスクの分散ということで、グローバル展開するうえでは、必然といえる。新型マーチはタイでの生産が立ち上げられたが、部品の現地調達率は約85%に達している。このことは、サプライヤーの多くも現地に展開していることを物語っていることがわかる。

 

開発コンセプトは

新型マーチの開発キーワードは「フレンドリー・エコハッチバックwithスマートテクノロジー」である。デザインは、従来からのフレンドリーさと、きびきび、しっかりとした走りのイメージの表現、どの地域でも受け入れられやすい愛らしさ、親しみやすさがテーマで、ホイールの踏ん張り感、運転視界のよさなどが追求された。

マーチ(マイクラ)のアイデンティティである、ボディの丸み、丸いヘッドライト、アーチ型サイドウインドウなどの要素も継承された。ボディサイドのショルダーがラウンドした張り出しは、コンパクトカーにありがちな平板な印象を打ち消し、ソリッドでダイナミックさを表現している。

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そして空力的にも洗練され、Cd=0.32。また視界のよさを追求したため、Aピラー位置を過剰に前進させず、運転席からのAピラーの死角は最小限とした。運転姿勢は着座位置を高めにして、見下ろし感を作り、ボンネットのヘッドランプ盛り上がり部分が視界に入ることで、車両感覚がつかみやすいといったエントリーカーの要素を重視している。

ボディサイズは、全長3780mm×全幅1665mm×全高1515mm、ホイールベース2450mmであり、全高が1500mmを超えているが、このクラスはアップライト・ポジションにしないと室内スペースを確保できないという理由から全高が高くなっている。その結果、後席のヘッドスペースがクラストップである。

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徹底したコスト管理と軽量化ボディ

新開発のプラットフォームは、軽量化と高剛性、さらにはタイ生産を前提に、最高で450Mp級の鋼材の使用といった条件で設計された。一般的に剛性の高い超高張力合板は900Mp程度なので、およそ半分程度になる。だから、アッパーボディに使われるルーフパネルは薄板化され、剛性を高めるたにブーメラン状のプレスを加える工夫がされている。

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サブフレーム(フロントのみ。リヤ・サスペンションは直付け)、マフラー、燃料タンクなどのコンポーネンツも徹底的に軽量化され、ボディ全体では80kgの軽量化が達成できたという。このため、フル装備車でも960kg、4WDで1040kgとクラストップのレベルになっている。

サスペンションはフロントがサブフレーム式のストラット、リヤはボディ直付けのトーションビーム式。ブレーキはフロントがディスク、リヤはドラム式だ。タイヤは165/70R14のみの設定で、タイヤも現地生産品を採用している。

新設計のパワーユニット

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エンジンは、新開発のHR12DE型DOHC3気筒1.2Lだ。先発したジュークのHR16DE型から1気筒少なくした形で、ボア・ストロークは78.0× 83.6mm、レギュラーガソリン仕様で圧縮比10.2と高く、出力は79ps、106Nm。燃効率の向上と徹底したフリクション低減を行っている。

オフセット・クランクシャフト、チェーン駆動オイルポンプ(国産では久しぶり)、深底ピストン形状などユニークな新しい技術も投入されている。細かなところでは、真円ボア加工、大量EGRの使用によるNOx低減はもちろん、ポンピングロスの低減を行っている。

凹型ピストンは、低負荷時に大量EGR導入を前提に、吸気タンブル流を強めることで燃焼を安定させようというものだ。カムシャフトの駆動はチェーン、カム間駆動もチェーンを使用し、補機ベルトはサーペンタイン・タイプだ。

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また、エンジンから発生する振動だが、通常4気筒エンジンからの2次振動とはちがい、3気筒であるため、低回転時に偶力による上下方向の振動が発生する(偶力振動)。かつてはダイハツ・シャレードのように、バランサーシャフトを装備するのが一般的だったが、現在では低コスト化のためにバランサーは使われなくなっている。

では、どうすれば偶力振動を消せるのか? 日産のエンジニアは次のようなアイディアで解決した。それは、クランクプーリーとドライブプレートにアンバランスマス(ウエイト)を設け、上下振動を左右の振動に変換し、その変換された左右振動は、ペンデュラム(振り子)型エンジンマウントで吸収するという方法をとったのだ。

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なおエンジンは1機種だが、今後はヨーロッパ向けにディーゼル、スーパーチャージャー付きなどのバリエーションも展開される予定になっている。

このHR12DEはアイドリングストップ機構を装備する(ただし最廉価版を除く)。CVTに停止時用のオイルポンプを備え、スターターモーターの強化、逆転検知付きクランク角センサー、大容量バッテリー(減速エネルギー回生機能付き)などを組み合わせ、ECUのプログラムを変更することで実現している。

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車両停止後1秒以内にアイドリングストップし、ブレーキペダルを緩めると0.4秒以内にエンジンが再始動する。またスムーズな右左折ができるように、停止時でもステアリングを切るとエンジンが始動するなどロジック的にはかなり練り込まれたものになっている。

このアイドリングストップは、すでに発売されている直噴エンジンなど高価なタイプより、従来型内燃機関へ工夫を凝らすことで実現し、コストを抑えていることも評価できる。 なお、10・15モード燃費は26km/Lとクラストップを達成している。

CVTに投入された新しいテクノロジー

トランスミッションは、CVTのみ。ただしヨーロッパ向けなどには5MTの設定もある。CVTは新世代となり、ジュークから採用されたJATCO製の遊星ギヤ式の副変速機付きで、もちろんトルコンも備えているタイプだ。無段変速という理想的なCVTであるが、最大の弱点といえば変速比幅が狭いことだ。従来は6.0以下であり、金属ベルト式ではなくチェーン式を採用したタイプ(スバルが採用)でも6.0をわずかに超える程度で、7速〜8速ATには及ばなかった。

しかしCVTと2速の副変速機(自動作動)を組み合わせることで、変速比幅は7.3と、7速ATを上まわることができた。また副次的にプーリーが小径化できたこともあり、重量は従来より13%、全長は10%短く、フリクションは30%の低減とすることができた。

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このように軽量コンパクトさと変速比幅の拡大により、小型車への搭載範囲は大幅に拡大し、車両適合の自由度が高くなったことも大きいメリットだ。もちろんギヤ比のワイド化により動力性能も燃費も向上するので、今後はこのCVTが小型車のスタンダードになるだろう。また、4WDモデルは従来どおりの後輪モーターアシスト式の電気式4WDである。

装備を削減することでコストダウン

装備では、最上級モデルにタイヤアングルインジケーターが装備されている。メーターパネル中央のディスプレイに、15km/h以下という低速走行時のタイヤの切れ角と進行方向を表示するもので、エントリーユーザー向けに考案されたものだ。またこのディスプレイには、フレンドリー表示(挨拶、誕生日、記念日などをアイコンで表示)される。これも女性ユーザーやエントリーユーザーにアピールする装備といえる。

インテリアは、モダンで斬新なデザインだ。ただ、シートやインスツルメントパネルの質感は軽自動車と同等レベルだと感じる。これはマーチだけの問題ではないのだが、軽自動車との価格競争や同クラスでの低価格競争がもたらした結果で、実際に最廉価モデルの99万9600円の価格は、軽自動車に競争を挑むもので、競合車も同じである。だから、装備は最低限としなければならないのである。上級モデルでさえ安全装備や質感が見劣りする悪弊に陥っている日本のこのカテゴリーは不幸といわざるをえない。

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最廉価版は、エアバッグは前席のみでカーテンエアバッグは最上級モデルが標準装備となっているものの、中間モデルはメーカーオプションとされ、ESC(横滑り防止装置)の設定もない。

逆に、安全装備に限っても、フル・エアバッグ、ESCを、そしてもう少し上級の艤装を採用すれば結局のところ、ヨーロッパのコンパクトカーと同等価格かそれ以上になってしまうのは明白だ。

日産としては、アイドリングストップをほぼ標準装備化して、価格は競合車と同等レベルとしている点で優位性を訴えているが、このカテゴリーの問題点を抱えていることは間違いない.

文:松本晴比古

 

 

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