ミツビシ 燃費データ不正問題の追跡 開発の実態と不正内容が明らかに

雑誌に載らない話vol144

#3
3回目の記者会見をする相川社長(左)と益子会長。この直後に日産との資本提携が明らかになった

ミツビシの燃費不正問題は、2016年4月20日夕方に相川哲郎社長、中尾龍吾副社長の緊急記者会見により明らかになった。軽自動車のeKスペース、eKワゴン、日産・ブランドのデイズ、デイズ・ルークスの型式認証時における燃費試験用の走行抵抗データに不正なデータを使用したということを国交省に報告した。

しかし、問題の原因や、何故、どのようにして発生したかについては、ミツビシの社内における独自の調査、第三者調査委員会による調査のいずれも現在進行中で、現時点ではそのアウトラインは限定的だ。

現時点までに、ミツビシは4月26日、5月11日に記者会見を行なった。いずれも国交省へ報告したタイミングでの会見で、それぞれの会見を通じて断片的ながら燃費不正問題の輪郭が浮かび上がってきている。そこをフォーカスしてみる。

また多くのメディアで、国交省届出燃費(カタログ燃費)と実走行の燃費の違いが取り上げられているが、その問題と今回の燃費データ不正の問題とはまったく別の話で、ここでは明確に区別しておきたい。

NMKVの企画により登場したeKワゴン(2013年6月6日)
NMKVの企画により登場したeKワゴン(2013年6月6日)

■自ら不正を国交省に届け出たことから始まった

事件の発端は、2015年秋に日産が次期型の軽自動車開発のために、現行モデルのデイズの燃費を計測したところ、カタログデータとズレがあることを発見。日産、ミツビシの両社による検証の結果、燃費計測のベースとなる走行抵抗のデータに問題があることが判明し、ミツビシが国交省に届け出たことから始まっている。

まず、4月26日の国交省への2回目の報告を見てみよう。2014年型eKワゴン、デイズ*1で、4グレードつまり、燃費訴求モデル、標準モデル、4WD、ターボのうち、燃費訴求モデル*2の実験で得られた走行抵抗値がテスト平均値より下限側にずらした値を使用し、燃費を向上させていることが判明している。
*1いずれも2013年2月に型式認証を申請
*2(eKワゴンではM、Gグレード、デイズはS、X、ハイウェイスターX/G)

eKワゴンの開発は日産、ミツビシの合弁会社であるNMKVが商品企画を担当し、開発・製造はミツビシが担当している。eKワゴンの開発に当り、当初の燃費目標値は商品企画会議において26.0km/Lが目標とされていた。

日産 デイズ・ルークス
日産 デイズ・ルークス

しかし2012年9月にスズキ・ワゴンRがエネチャージを採用し28.8km/Lで登場、12月にはダイハツ・ムーヴがマイナーチェンジし29.0km/Lで登場するなど競合車の燃費が向上したため、eKワゴンの燃費はそのつど見直しが行なわれ、26.0km/Lから28.0km/Lへ、そして29.0km/Lへと変更され、最終的には29.2km/Lとする合計5回の燃費目標の見直しが行なわれていた。

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eKワゴン発売時点での、軽自動車ワゴンの燃費比較(2013年6月)

もちろんこれは開発担当役員も出席する商品企画会議で、機種開発のプロジェクト・マネージャーが提案し、ユニット開発担当者がそれぞれ目標達成するための技術的な手段があるという説明で役員から承認を得ている。だが、燃費の数値が重要な軽自動車とはいえ、当初の目標が低過ぎ、その後の見直しが多すぎる印象は払拭できない。

段階的に高めた燃費性能を達成するには、燃費向上の要素をエンジン、シャシー、ボディ、タイヤなど様々な部門の設計が受け持ち、各部門が与えられた目標をクリアすべく努力することになる。

技術・開発担当の中尾副社長(左)と相川社長
技術・開発担当の中尾副社長(左)と相川社長

最終的な燃費目標の29.2km/Lは空力性能向上、EGRクーラーの採用、電子制御サーモスタット、オルタネーター充電制御、電圧可変制御燃料ポンプなどが技術的にクリアできる見通しだったという。またこの燃費の実現に当っては日産も協力し、特に空力性能の向上などをアシストしたという。

燃費性能の実験、取りまとめは第一性能実験部が担当したが、実際のテスト業務を担当したのは、実は100%子会社の「三菱自動車エンジニアリング(MAE)」だった。つまり形の上では、子会社に業務委託をしたことになる。だが、他車種でも開発をMAEに委託することも多く、実態としては本社側の第一性能実験部と一体の開発・実験が行なわれており、実務部分を委託している、というのが実情だろう。

■クライアントの顔色伺い

MAEは1977年に100%子会社として設立され、当初、トラック・バスの開発事業も行なっていた。その後、そのトラック・バス開発事業を分離し、2004年から岡崎市に移転。2009年にエムエムシーテストアンドドライブ株式会社と合併し、自動車の開発、設計、実験の受託業務を行なうようになっている。

なお、こうした開発・実験を外部会社、または子会社に委託する形態はミツビシだけではなく、多くの自動車メーカーが実施している。今では一般的とも言えるスタイルで、これは見かけ上の開発人員、コストの縮小を図るためだ。

例えばトヨタでは、量産車の開発・実験子会社のトヨタ・テクニカル・ディベロップメント(TTDC)があるが、2016年1月1日付で再編し、TTDCでの車両設計や実験、試作などの車両開発機能と、約5000人の従業員をトヨタ本社に統合、つまり本社での開発体制に復元する動きも最近の傾向とも言える。

MAEは100%子会社とはいえ、本社側から見ればアウトソーシング、業務委託で、発注、受注の関係にあり、実験データのやり取りを含め、どのようにコミュニケーションを保つかが大きな課題なのである。

今回の問題となる、eKワゴンにおける燃費テストの基礎データとなる「走行抵抗」の計測は、MAEが担当した。

■都市伝説の試験方法

改めて、燃費の計測法を確認しおこう。新型車の型式認証制度でカタログ記載用の排ガス・燃費計測は国交省、実際には独立行政法人・自動車技術総合機構で実施される。

シャシーダイナモ上に新型車を置き、JC08モードの運転法がモニターで表示される。ドライバーはモニターの指示に従ってクルマを加減速し、駆動輪はローラーを駆動する。そして運転中の排ガスを収集し、排ガス成分から燃費を算出する。という試験が行なわれている。

独立行政法人・自動車技術総合機構で行なわれる燃費排ガス試験。排ガス成分を解析して燃費が算出される。車両が駆動するドラムに車両のクラス分け重量と走行抵抗値が負荷抵抗としてかけられる
独立行政法人・自動車技術総合機構で行なわれる燃費排ガス試験。排ガス成分を解析して燃費が算出される。車両が駆動するドラムに車両のクラス分け重量と走行抵抗値が負荷抵抗としてかけられる

駆動輪で回転させるローラーは、車両区分に合わせた車両重量とそのクルマ特有の走行抵抗分が負荷として調整されている。今回の問題は、その走行抵抗のデータについて不正があったわけである。走行抵抗はクルマごとに異なるため、自動車技術総合機構には自動車メーカー側が計測したデータを提出することになっているのだ。

排ガス・燃費を計測する様子
排ガス・燃費を計測する様子

なお、この型式認証時の燃費データは、燃費スペシャリストの特殊なテストドライバーが運転して出した燃費値だという都市伝説があるが、現在は停止から加速、スピードなどJC08モードに合わせる指示がモニターに表示されるため、アクセルをモニターの指示に合わせてゆっくり正確に踏む、指定速度以上に速度をオーバーシュートしないなど、運転のスキルがあるドライバーであれば十分可能である。

もちろん、自動車技術総合機構での一発テストではなく、事前に自動車メーカーの同様なシャシーダイナモでドライバーの予行練習も行なわれているし、狙い通りの燃費性能が得られるか、確認のテストも繰り返し行なわれている。

■惰行法・・・惰性で走って止まるまでの抵抗値試験方法

さて問題の走行抵抗を計測するデータ計測は、第一性能実験部が担当するが、実際にはMAEに委託され、MAEが第一性能実験部にデータ提出する形になる。

2014年型eKワゴンなどは、2013年2月に認証試験を受けるため、1月頃にミツビシ・タイのテストコースで計測が行なわれていた。走行抵抗の計測時の気温条件が、冬季の日本より、外気温度が高く基準に近い気温のタイが選ばれたのだ。

そしてこの走行抵抗の計測は、ミツビシは高速惰行法で行なっていた。実は1991年に、日本における走行抵抗の計測は、経済産業省が定めた日本工業規格に準拠した「TRIAS 惰行法」により、90km/hから10km/h単位で20km/hまで8つの速度域での減速時間を計り、走行抵抗を算出することになっている。もちろんこの計測はテストコースで、往復しながら何度も行ない平均値を求める。

しかしミツビシは、高速惰行法を採用していた。これはアメリカでの走行抵抗計測法で、125km/h(80m/h)から惰行し停止するまでの時間、距離を測り走行抵抗を算出するものだ。この時点で、すでに日本工業規格に従っていないということになる。またもう一つの高速惰行法としては、そのクルマの最高速(VMax)から惰行に入り、停止するまでの時間を計るという計測法が使用される例も少なくない。これは認証時の燃費試験用というより、クルマの走行抵抗を横比較するためのデータ用として行なわれている。

しかし、実際の走行抵抗値は、高速惰行法の方がやや厳しく出る傾向にあり、ミツビシがこの試験法を採用した理由は謎である。また1992年には高速惰行から国内惰行値を計算する計算式を確立しているのだ。さらに2001年1月には高速惰行法と国内惰行法の比較試験も実施し、高速惰行テストのほうが最大2.3%厳しい結果となることも検証されている。つまりミツビシは、単に燃費に有利ということで高速惰行法を採用したわけではないことがわかる。

また国交省は2007年2月に試験マニュアルを改めて制定し、国内惰行法を使用するとマニュアルに指定したが、以後もなぜかミツビシは高速惰行法を使用し続けた。なぜなのかは、今後の第三者調査委員会の報告を待たねばならない。

■手間と予算を惜しんだのか?

さて、eKワゴンの走行抵抗の計測はタイのテストコースで行なわれたが、この時の最終的なデータが複数回実施した走行抵抗の平均値の中央値ではなく下限値がデータとして提出されている。中央値より約7%低い走行抵抗値となっていたのだ。またこの時の計測は燃費訴求モデルのみで行なわれ、その他の標準車、ターボ車、4WD車は、燃費訴求モデルの走行抵抗値をベースに机上計算で走行抵抗値を算出し、実際の計測テストは行なわれなかった。

これ以後のeKワゴン、デイズ・シリーズの年次改良モデル、2015年型(2014年3月申請)、2015年型eKスペース、ディズ・ルークス・シリーズ(2014年12月申請)、2016年型eKワゴン、デイズ(2015年6月申請)のいずれも、最初のタイでのデータをベースにした机上計算で走行抵抗を算出している。

その理由も調査委員会の報告を待つことになるが、これに関しては単に工数、手間を惜しんだのではないかと想像できる。

■本当に違法なのか?

2013年型のeKワゴンの29.2km/Lという燃費は、走行抵抗値の小さい下限の数値をベースに測定された燃費であることが明らかで、3回目の国交省への報告通り、商品企画会議、開発会議で、達成が極めて困難であるにもかかわらず承認されてしまったわけだ。その結果として各開発担当者は必達目標と感じ、現実には達成可能と考える部署と困難と考える部署があったことが想像できる。

走行抵抗値を計測し、操作したのはMAEの担当者であることはほぼ間違いないが、それは第一性能実験部からの指示、あるいは承認があったかどうか? これらの点を考えると、開発目標に対してのコミュニケーション、率直な意見交換があったようには考えられず、イエスかノーかの開発プロセスであったことが推測できる。このことはミツビシの開発体制における大きな課題といえるだろう。

相川社長 1
相川哲社長
益子修会長
益子修会長

なお今回の問題、走行抵抗値の操作は違法かどうか?の判断も難しいところにある。前述のように走行抵抗値の計測方法は、日本工業規格準拠であり、工業規格に反したことが違法なのか?といえるのかも議論のあるところだ。つまり、まったく捏造したのではなく計測データのゾーンの中央値か下限値かという問題でもあるからだ。

ミツビシでは社内テストにより、走行抵抗値を7%低減したデータと本来のデータでの燃費の差は10~15%の差が出ているという。しかし、これは参考値で今回は国交省が独自に走行抵抗を計測し、そのデータを元に燃費計測を行ない、これが正規のeKワゴン系、eKスペース系の燃費とされることになっている。この結果は5月1中頃に発表される。つまりこれらのクルマは改めて型式認証を受けたということになる。

この燃費データにより、ミツビシのユーザーに対する燃費補償額、エコカー減税分の返納額などが決定されることになっている。またミツビシの社内調査の結果もほぼ5月18日にまとめられることになっている。

国交省に対する1回目報告
国交省に対する2回目報告
国交省に対する3回目報告
国交省に対する4回目報告

 

ミツビシ アーカイブ
ミツビシ 公式サイト

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