マニアック評価vol565
今季のマツダ雪上試乗会のテーマは「躍度」だった。躍度(やくど)・・・あまり一般的な用語ではないが、当サイトでも何度か説明をした「加速度の変化率」のこと。言ってみれば、クルマの運転操作で力加減とか、さじ加減を行なったときに、期待値どおりにクルマを動かすための技術で、マツダが注力している部分だ。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>
2017年12月、マツダの冬季試験場のある剣淵という街が試乗会場だった。テストコースおよび、市街地での雪上試乗で、前年は4WD性能の試乗で、今季のテーマは躍度というわけだ。
■躍度とは何か?
加速度の変化率。加速度を時間で除した微分値で、ジャーク(Jerk)や加加速度(かかそくど)という言葉でも説明されている物理用語だ。式で表すとF(力)=G(加速度)/S(秒時間)なのだが、モノが動くときの力のかかり方の変化を時間で見るということだ。簡単にいえば単位時間あたりの加速度の変化率ということ。
クルマに置き換えると加速、減速、旋回という動きには駆動力、制動力、旋回力という力が発生していて、そこには物理の法則、そして躍度が存在する。
躍度の単位は、例えば0.4G(速度が変化していく勢い)で0.2s(秒)加速させたときの躍度は0.4÷0.2=0.2G/sということになる。ではこの0.2G/sを乗り物にあてはめてみると、電車の発進時は0.1G/sだそうだ。また、新幹線だと0.05G/s、飛行機の離陸では0.3G/sということで、0.2G/sをクルマに置き換えたとき、おおむねイメージできるのではないだろうか。ただし、混乱しやすいが、加速力ではなく、また速度の変化量(Δv:デルタブイ)でもない。
躍度の説明はマツダパワートレーン開発本部の井上政雄氏だ。井上氏は躍度に注目し、その右足の感覚を物理にあてはめ、MBD(モデルベース開発)を駆使して制御している。井上氏自身は「右足の感覚でこの仕事を続けてきた」というほどテストドライバーの経験が豊富で、マツダのクルマは井上氏の右足で調律されていくようなものといってもいい。
MBDはモデルという数式を使って制御しているが、言い換えれば、人間の感覚を如何にデジタルでも再現できるか?という挑戦でもある。クルマが走るとき、エンジンパワーの出し方、操舵にはモーター出力が関係し、旋回では荷重も関係する。そうした複数のデータを組み合わせて、ドライバーの意図を推測し、期待通りに動くように制御式を作っていく。そのために開発ツールとしてMBDを活用している。それは、ひとつの動きを作るのに、スーパーコンピュータでも2日かかるというような想像を絶するデータ量の関連付けを行なっているという開発なのだ。
■躍度にこだわる理由
人は、加速度の変化には敏感で、急ハンドルや急ブレーキ、急加速はだれもが不快に感じる。だが、もっと小さい微小の変化の世界でも人は加速度の変化を感じている。つまり、商店街を抜けるような低速域での走行時でも、アクセル、ブレーキ、操舵で加速の変化や減速の変化、横Gのかかり具合で不快や違和感を持つことがあるということだ。そこにはドライバーの意図しない動きの存在があるからだ。
飛行機は、離陸で0.3G/s発生しているが、その後もずっと加速を続けていてる。が、躍度は次第に小さくなり、人は機内を歩行したり、食事したりできるようになる。というように、躍度が小さくなれば、人は順応し、あまり感じなくなる。
したがって躍度をコントロールすることがマツダのクルマ造りと言っていいだろう。今回の試乗では雪上ということで、そこには、安心、安全、雪道など不安要素となるものがあり、運転のしにくさを伴う環境だ。だが、見えたままに、感じているままに運転できれば、たとえ雪道でも運転しやすいということにつながる。
そのためには、思った通りの勢いでタイヤに力が加えられ、不用意に大きな力がタイヤに加わらないことが大切であり、ドライバーが加速度、躍度、タイヤに加える力をうまくコントロールできる、つまり、期待値どおりにクルマが動くということだ。
これが「走りの質感」だと言っていい。運転の上手な人ほど力加減も上手なのだが、多くの人が自然と力加減をしており、ハンドルの切り方やブレーキの踏み方、アクセルの踏み方をスイッチのようにオン/オフで操作する人はいない。その力加減に反応できるクルマ造りにこだわっているというのが今回の試乗テーマでもあったわけだ。
躍度を別の視点で考えてみると、例えば、性能のよい、コンデジやスマホで夜景の美しい風景を撮ったとき、あまりにもクリアに写って夕景や夜景の写真に見えない、という経験はないだろうか。これは加速度の変化率という物理の世界とは違った角度からの視点で、例えとして不適当かもしれないが「人の期待」という点では同じだ。
人が最初に感じたのは暗いからこそカッコ良く見えたり、綺麗に見えたりしたのが、レンズを通したらすべて補正されて正しくものの形を映し出してしまった。これは期待通りではないという結論になる。マツダがこだわる躍度とは、人がこうして欲しいと感じるところを忠実に再現してあげるような制御であれば、夜景写真が「期待どおり、思った通り」の仕上がりになるということと狙いは同じではないだろうか。
マツダのクルマの目指しているところは、まさにこの人を中心にした世界ではないだろうか。高性能技術であればクリアには写るが、期待通りではないというギャップ。デジタルでも感性フィーリングが大切だというメッセージが今回の試乗目的のようにも感じた。
■マツダの車両開発戦略
こうした車両開発のテーマはじつは、マツダの大きなスキームの中の一部分であることにも注目した。
というのは、2007年に前CEOの山内孝氏の時に、「サスティナブルズームズーム宣言」を行なっている。これは環境と安全をテーマにマツダのクルマ造りが行なわれSkyactivが誕生してきていたのだが、昨年2017年8月に小飼雅道CEOから「サスティナブルズームズーム宣言2030」を発表している。
その中で、人を中心に置き両脇に社会と地球を置いている。人を活性化することを中心にやっていくという理念だ。そのための車両開発哲学に基づき、これらに関係し躍度の存在があるというわけだ。
人がクルマを運転するときに、不安や余計な注意を払わないようにすることのブレークスルーが必要であり、人の持つ能力を最大限に発揮させるクルマ、すなわち、人間中心のクルマ造りをすすめているということだ。
その具体的な事例として分かりやすいのは、例えばドラポジがそうだ。ペダルレイアウトに始まり、ストレスのない運転姿勢が取れるように車両開発をし、自然な姿勢で運転できることは疲労軽減にもなる。つまり人を科学し、人が意図したどおり動くということを実現するアプローチが必要だと考えているのだ。その流れの中に、今回の躍度があるというわけだ。
今回の試乗では、期待通りにクルマが動く、そのことの裏側には躍度が存在し、われわれは操作フィールと加速度、躍度が一致しているのか?ということを体験させてもらう試乗だった。ぜひ、読者のみなさんもマツダのこだわりを体験してみるといいだろう。繊細な操作を意図的にやってみると、その違いがはっきりと分かるはずだ。