2017年秋に、日産、スバルの完成車検査で無資格の検査員が検査を行なっていたことが発覚し、リコール、出荷停止を行なう事態となった。さらに2017年12月にスバルの完成車検査工程の一部である燃費・排ガスの抜き取り検査でデータの書き換え、不適正検査データの使用が発覚し、国交省から適正化するように指導が行なわれた。
スバル、日産に続きスズキ、マツダ、ヤマハでも問題が発覚
しかし、このスバルの燃費・排ガスの抜き取り検査での不適切な行為の発覚が引き金になり、他の自動車メーカーにもこの問題は波及した。無資格検査員の問題で、リコールや出荷停止、完成車検査部門の設備の大幅な設備改良などにより、約400億円の出費を計上した日産は、スバルの事例を受けて再点検したところ、完成車検査の燃費・排ガスの抜き取り検査で、本来は無効であるデータをそのまま使用したり、一部のデータを書き換えたりしていたことが明らかになった。
さらに、国交省は他の自動車メーカーにも、完成車検査の工程で問題がないかの報告を要求した。その結果、スズキ、マツダ、ヤマハでも完成車検査での燃費・排ガスの抜き取り検査で、本来は無効となるデータを使用していたことが判明し、スズキ、マツダ、ヤマハも国交省に報告した。
このように2017年秋以来、自動車メーカーの完成車検査での様々な問題の根深さが暴露されることになった。特に2018年4月に国交省に報告したスバルの燃費・排ガスの抜き取り検査の問題は、その後の日産、スズキ、マツダ、ヤマハでも発覚したが、これらはいずれも試験装置のハードディスク内に保存されていたデータを検証した結果、不適切な取扱が明らかになっており、保存されていたデータは各メーカーとも2013年以降のもので、それ以前のデータは残っていないので、いつから不適切な取扱が行なわれていたのかはもはや検証のしようがないのだ。
完成車検査と燃費・排ガスの抜き取り検査について
いずれにしてもこうした問題が明らかになった段階で、マスメディアは燃費・排ガスデータの捏造、改ざん、不正・・・といったタイトルで報道し、なぜこの件で自動車メーカーはリコールをしないのか、といった観点で報道した。
確かに完成車検査の工程の一つである燃費・排ガスの抜き取り検査はどのようなものなのか、門外漢にはなかなか理解するのが難しいのも事実で、そのため燃費・排ガスデータの不適切な取扱いはカタログデータの不正と勘違いしがちである。
そもそも完成車検査とは、自動車の型式認証制度に基づくものだ。自動車メーカーは新型車を開発すると、そのクルマを国交省に持ち込み審査を受ける。実際にその技術的な審査を行なうのは独立行政法人・自動車技術総合機構(NALTEC)だ。審査とは国交省が定めている保安基準、安全基準などに適合しているかなどのチェックと、燃費・排ガスのデータの測定などを行なうものだ。これらの審査を経て、新型車には型式番号が与えられる。
国交省は型式認証制度について、「自動車の型式認証制度は、自動車製作者等が新型の自動車等の生産又は販売を行なう場合に、予め国土交通大臣に申請又は届出を行ない、保安基準への適合性等について審査を受ける制度である。自動車の型式認証制度には、新規検査の合理化を目的として、『型式指定制度』と『新型届出制度』がある。型式指定制度は、現車によるブレーキ試験等の基準適合性審査と品質管理(均一性)の審査の結果、指定された型式の自動車について、新規検査時の現車提示が省略される制度であり、主に、同一モデルが大量生産される乗用車に利用される」としている。
審査をパスした新型車に与えられる型式番号とは。例えばトヨタの新型クラウン 2.0 Lターボ車の場合は「3BA-ARS220-AEZAZ」といった番号で、これは車検証にも記載される。そして現在のクルマは大量生産されるため、「型式指定制度」が適用される。「型式指定制度」は、「基準適合性審査と品質管理(均一性)の審査の結果、指定された型式の自動車について、新規検査時の現車提示が省略される制度」だ。ちょっとわかりにくい表現だが、要するに型式認証を受けたクルマは、量産後に(型式認証時と同じ)基準に適合しており品質が均一であり、生産された個別のクルマの審査は省略できるというものだ。
量産されたクルマが型式の認証を得た時と同じ状態、品質であることを証明するのが、自動車メーカーで行なわれる完成車検査だ。ここで、注意したいのは自動車メーカーが自ら設計条件と合致しているか、品質目標に達しているかを検査する品質検査と完成車検査は全く別物ということだ。現在では、自動車メーカーの自社での品質検査は、クルマの組み立て完了後に行なわれるわけではなく、製造工程ごとに「品質検査(クオリティゲート)」を設けており、組み立てが終わり完成した状態では、品質、性能に問題がないクルマとなる・・・という仕組みを採用している。
これは日本の自動車メーカーだけではなく、世界の自動車メーカーで共通だ。こうしたクオリティゲート方式は、組み立て完成後に品質検査を行なうよりはるかに合理的だからだ。つまり組み立て完成後に検査して品質に問題があった場合、その問題箇所に逆送りして修正することになる。それより製造工程ごとに品質検査を行なえば、もし問題があったとしてもその場で修正できるからだ。
しかし、国交省の型式指定制度による完成車検査は、組み立て完成後の出荷前に行なわれることになっている。そして、その完成車検査は自動車メーカーに委任されているが、検査内容はあくまでも型式認証時と同じ状態であることを国交省に代わって検査するというものだ。
実際には、クルマの全長、全幅といったサイズや重量を測り、さらに通常の車検で行なわれる検査、つまり保安基準に適合しているか、ライトやウインカーを点灯させたり、サイドスリップ量を測ったり・・・といった検査が行なわれ、最後に審査終了の印鑑が押されるという流れだ。
燃費・排ガスの抜き取り検査
しかし、燃費や排ガスが型式認証時と同じかどうかの検査は、時間、工数を要するため完成車検査とはいえ全車両を検査することは困難だ。そこで抜き取り検査が行なわれる。通常は生産完了車両の1%、または1日当たり1台といった抜き取りとなる。この抜き取り検査の結果を統計的に検証し、型式認証時のデータと相違ないことを証明するのだ。
この燃費・排ガスは、クルマは大型のシャシーダイナモに載せられ、JC08モード、最近ではさらにWLTCモードで走らせ、排ガスの成分が収集される。その排ガス成分を分析して燃費が算出される仕組みで、そのデータが型式認証時のデータの誤差範囲に入っていればOKということになる。
しかし、この計測試験は、モード運転する運転手(検査員)がJC08モード(走行時間=20分間)など、モード走行に正確に合わせて運転をしなければならないこと、試験室内の気温、湿度が指定された条件になっていること、排ガス分析装置のキャリブレーションがされていること、検査は冷間始動時と、温間始動時の2パターン(合計走行時間=40分間)で行なわれること、車両の安全な固定の確認・・・などかなり大掛かりで、1台の車両を試験するのにどんなに急いでも1日当たり1台、通常は2日で1台というペースになるのだ。
スバル、日産では、試験室内の温度、湿度が規定条件からはずれた例が発見された。またこの抜き取り検査では、目標値に対して一定の上下の誤差が許されるが、検査員が誤差を許されないと誤解して、測定データを書き替えたという事例も見られた。
しかし、一連の問題発覚において、各メーカーで最も多かったのが、試験中の「トレースエラー」だ。トレースエラーが発生した場合。そのデータは無効とされなければならないが、これを有効扱いしていたのが、今回の不適切な事案となっている。
JC08モードで極められた運転を行なう時、決められた時間で決められた車速にするトレース(追従)運転し、指定された車速や時間から逸脱することを意味する。運転するドライバーは、JC08モードの運転に合わせて表示されるモニター(ドライバーズエイド)を見て「○秒間で○km/hまで加速」といった指示に合わせ、アクセルを操作する。運転誤差は、規定によりJC08モード運転中に2秒間以内、1区間では1秒間以内、車速はプラス・マイナス2km/h以内とされている。
そのため、この燃費・排ガスの抜き取り検査を行なう検査員は、特別に運転技術教育を受けている。型式認証を受けるための国交省=自動車技術総合機構(NALTEC)での試験では自動車メーカーの実験部の専門担当者がこのモード運転を担当するが、完成車検査での燃費・排ガス抜き取り検査で運転を担当するのはあくまでも完成車検査の担当員である。
実験部のモード運転担当者は事前に練習も可能だが、燃費・排ガス抜き取り検査の場合は1発勝負であること、現在は生産ラインが混流ラインであるため、様々な車種を受け持つというハンデがある。また、少人数で行なっているため、ドライバーズエイド画面でモード走行をトレースすることと、エイド画面にその時々に現れる誤差表示の両方を見る必要があるなど条件が厳しく、誤差表示を見逃すケースも少なくないわけだ。また運転時間もJC08モードで20分間、冷間、温間走行で合計40分間のトレース走行を行なうため、集中力を切らさないことも求められる。
規定された条件を逸脱した場合は、警告ブザーが鳴るのが一般的なシステムだが、その場合は試験はやり直しになり、車両を冷却して冷間始動から始めるためには1日の間隔を開けることが必要で、試験装置のキャリブレーションもやり直しになるなど手間がかかる。
抜き取り検査で試験が失敗した場合、そのクルマを除外して別のクルマで試験を行なう手もあるが、それは責任者の判断に委ねられる。
だが、現場は班長と試験担当者2名程度で、管理職の係長、課長クラスはいずれも現場ではなく事務棟でマネージメント業務を行ない、実際の検査、試験には関与せず、習熟していないことがほとんどだ。
ちなみに、各自動車メーカーで燃費・排ガスの抜き取り検査を担当するのは、日産で11名、スズキで19名、マツダで15名。これは全工場での人員で、1工場あたりではギリギリの人数が担当していることがわかる。
自動車メーカー側からは、こうした一連の完成車検査は国交省に代わって行なう国の決めた検査という位置づけになる。その一方で、自社の品質検査とは違ってクルマの品質向上につながるわけではなく、付加価値を生み出す部門ではないという本音もなくはない。
そのため試験設備の新規投資が後手に回ったり、日常的な工数不足、あるいは現場任せでその上の責任体制が不在の原因にもなっていることは否定できない。
今後は各メーカーともに、燃費・排ガス抜き取り試験では、データの書き変えができない、トレースエラーの発生や、室内環境などの不適合の場合は自動的に試験機が停止するといった試験装置の改良を行なうこと、完成車検査を専門に担当する管理体制を改めて構築するなどの対策を行なうとしている。
しかし、完成車検査で型式認証時のデータから逸脱していることが見つかるなどということは現実的にはありえないのも事実で、現在の型式認証、型式指定制度の見直しも必要と考えられるが、自動車メーカー側からはその点は言い出しにくく、各自動車メーカーともそれについてはコメントしない。