驚きの進化の理由はハード面以外にある
8月に登場した3代目マツダ・プレマシーは、モータージャーナリストの仲間うちで非常に評判がいい。なかでも元レーシングドライバーなど走りに対してうるさい連中からは、特に高い評価を得ているようだ。
開発主査 松岡英樹氏
しかし、冷静に新型プレマシーを見てみれば、ハード的な内容で驚くものはない。エンジンもミッションも先代からのキャリーオーバー。シャシーもスペックを見比べれば、ホイールベースからトレッドまでそのまま。もちろんサスペンション形式も、前ストラット、後マルチリンクと先代も新型も変わらない。変化したのはデザイン。そして、アイドリング・ストップ機構が追加されたくらいだ。それだけなのに、走りにうるさい連中からの絶賛の声。
一見、不思議な現象ではあるが、そこにはしっかりとした理由があった。それが新しいハンドリング評価方法の採用だ。
高評価の理由は、ハンドリング評価の「見える化」
新型プレマシーの開発陣は、新型モデルに対して「リニアさ」を大幅に改善させることにより、高い「運転の気持ちよさ」の実現を目指したという。しかも、「走る」「曲がる」「止まる」といった個々のフィールもすべて「リニア」に統一しようというのだ。
ここで問題となるのは、フィールというのは個人個人で異なるものであること。そんな、あやふやなものをどのようにまとめてゆくのだろうか?
そこでマツダの開発陣は「G(加速度・重力)」に眼をつけた。加速、コーナリングフォース、減速をすべてGで把握し、しかも、それをグラフにした。いわば、ハンドリング評価の「見える化」を行ったのだ。
具体的にはドライバーにかかる前後左右のGを図形としたG-Gダイアグラムを使って新型車の走りを仕上げていった。コーナーを曲がるとき、最初にドライバーにかかる減速G、続いてかかるコーナリングG、そして最後に発生する立ち上がりの加速G。このドライバーにかかるGが、ドライバーの操作に対して、きちんと反応しつつ、さらに滑らかにつながってゆくように、足まわりからブレーキ、エンジン特性までをチューニングしてゆく。そうした、Gのつながりが滑らかであれば、ドライバーは「このクルマは自分の意のまま(リニア)に動くので気持ちよい」と感じるだろうと考えたのだ。
確かに、ドライバーの一定の操作(たとえば減速G=ブレーキ操作)に対して、クルマの反応(発生するG)が滑らかではなく、突然大きく効いたり、逆に効かなかったりすると、ドライバーは不安に思ってしまう。それは、減速だけでなく、コーナリングGでも加速でも同じだ。しかも、走る、曲がる、止まるのそれぞれがバラバラでも違和感がある。ブレーキは強烈に効くのに、アクセルは鈍感だったり……しかし、実際にそういうクルマは数多く存在する。
このように走りの評価の「見える化」を足場に、「リニアさ」を磨いたのが新型プレマシーである。そして、できあがった新型プレマシーの走りは元レーシングドライバーなど走りにうるさいモータージャーナリストたちに歓迎をもって迎えられたのだ。
新しい「スポーティ」さを提案
新型プレマシーの走りは、別の意味でもエポックメイキングになるだろう。それは過去の否定だ。この新しい「リニア」で「気持ちのよい走り」を味わってしまうと、これまで一般に「スポーティ」と言われた走りが、ひどく演出過剰なものに感じられてしまうのだ。
ドライバーの意志以上に鋭く加速し、コーナリングではわずかなハンドル操作でも強烈に曲がろうという力が発生する。これまでは、そうしたフィーリングを「これぞスポーティ!」と讃えていた。しかし、真の意味で「スポーツ」を考えれば、ドライバーの意志通りに反応することこそ「スポーティ」ではなかろうか。新型プレマシーは、そんな新しい価値観を私たちに投げかけているのだ。
新型プレマシーの「リニア」な走りは、そうした既存の「スポーティ」イメージへの挑戦でもある。その気持ちよさを理解するユーザーが増えれば、当然、自動車メーカーはマーケットの要望に応え、「リニア」なクルマを次々と生み出すだろう。いわば、新型プレマシーが新しい「スポーティ」の基準を生み出したことになる。しかし、逆にユーザーが理解できなければ、従来の演出過剰な「スポーティ」が主流のままだ。そういう意味では、新型プレマシーとはなんとも挑戦的なモデルと言っていいだろう。
文:鈴木ケンイチ(AJAJ日本ジャーナリスト協会)
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