ホンダS660の実車を前にして、スタイリング全体と細部のデザインを舐め回す。いちいち唸らせる個所は多く、「よくぞここまで新規開発部品を造らせてくれたものだ」と改めて思う。いわゆる軽自動車のコストを抑えた部品の共有は見られず、スチールのむき出し部位、樹脂や内装材(皮革)のツヤやテカリ、ドアノブひとつ見ても他車との互換性などなく、安く造った印象はどこにも見られない。 S660に乗り込む。ステアリングはチルトのみの調整で350mmの小径。フットボックスのA・B・Cペダル配置と角度の自然さを確認しつつ、シートスライドと背もたれの角度を調整。腕を自然に置いた位置にあるシフトノブを含めて、どこにも妥協のない理想的なドライビングポジションが完成する。
着座位置とボディのベルトラインは肩口まで被われているので乗員は安心感、囲まれ感が強く、反対に重い印象にはならない絶妙な位置関係も上手い。 試乗コースは千葉県・袖ケ浦フォレストレースウエイ。ナンバー取得登録前だけにサーキット走行のみで、路面は前日の雨から乾きつつあるハーフウエットの”好条件”。滑りやすい不安定な路面ほどクルマの素性を知るのに好都合だ。クルマはプロトタイプとされているが、量産モデルとほぼ同じレベルに仕上げられていると思う。
エンジン始動と同時に背後から鼓動が伝わるところがミドシップならでは。3気筒特有の低回転域の重々しい音域がカットされてサウンドは滑らか。そのサウンドの音量を第3のウインドの開閉で変えることができる点は、オープン時の空気の流れの調整が生んだ副産物。クローズド時は室内の静粛性にも大きな効果がある。
トランスミッションは2ペダルの7速CVTだ。引っ張ると6500rpmで自動的にシフトアップするが、パドル操作では6800rpmまで延びるのは確認済み。スリップ感の少ない食い付きのいいCVTとはいえ、やはりフル加速時の高回転維持に対して、車速が遅れる感覚は否めない。ただし2ペダルで操れることは顧客にとって絶大な魅力であるのは間違いない。 タービンは元々A/Rが小さい、レスポンスに優れたNボックス系ユニットよりも、さらにレスポンスに優れたターボチャージャーに代えたことでターボラグがない。反面、急激にターボトルクが盛り上がるドッカンターボの加速感には乏しく残念。「排気量の大きい自然吸気のよう」という印象だ。
6MTに乗り換えると印象は俄然変わる。ひとつのギヤの守備範囲を8000rpmまで許容する特性を使い切る楽しさこそスポーツカーに相応しい。だがフル加速では回転落ちの悪さが次のギヤにつなぐ際にギクシャク感として残る。シフトフィールは軽くて確実に入ったことが手応えとしてわかり、造り込まれたことが伝わる。
濡れた路面に対して660CCターボの出力とはいえミドシップカーがどのような挙動を展開するのか緊張する。だが不安定な挙動にならないことは走行を始めてすぐに掴めた。TCS-OFF(トラクション・コントロール・オフ)で滑りやすい路面にどう対応するのか? まずS660は操作に対するクルマの動きが読める。アクセル~ステアリング〜ブレーキと一連の操作がきれいにつながる。ということの重要性を開発チームは理解している。 リヤが安定していることが一番で、クルマの操縦性で基本中の基本が確実に抑えてある。旋回中のアクセルOFF、旋回ブレーキなど前後左右の荷重バランスが変化し、慣性からリヤのスライドを誘発してスピンモードに入りやすい、そんな条件を突き付けるが、リヤの動きは一定。後輪が路面を確実に捉えた安定感があり、そのリヤタイヤを軸にフロントは与えられた舵角の通りに向きを変える。
一方、限界を超えるとまずフロントをアンダーステア方向に逃がす。その方が挙動が読みやすく、ドライバーがコントロールしやすい。旋回中のアクセルOFFからタックインを誘発させる。リヤは粘りに粘った挙げ句リバースするが、完全OFFにはならない車輌安定のVSAが介入して姿勢を立て直す。その介入制御が絶妙で効かせ方も丁度いい。 ということで本当の限界がどうなのかは探れないが、リヤを駆動して安定させ、フロントで曲げるのを基本としている。アクセル操作とステアリング操作でクルマの挙動が自然に生み出せる操縦のしやすさは、ミドシップの手本ではないだろうか。とくに滑りやすい状況で見せた安定性のレベルは極めて高いと思う。 ただし気になる部分もある。路面と速度により共振からAピラーが震えることがある。ここでトップを閉めると、もちろん振動はなくなり剛性感も室内の静粛性もプライベート感も一気にあがる。「剛性は変わらない」と開発陣はいうが、トップを閉めると明らかにボディの剛体感がアップする。したがって操縦性はリヤの接地安定感がさらに高まり落ち着く。
あえて言えば弱アンダーステア傾向になるのだが、直進状態からステア操作した瞬間の動きの安定感が違う。いい意味でのアンダーステア傾向は操縦性をさらに安定させるフィールがあるのだ。決してネガティブな話ではないことは、そこからステアリングを切り足せば確実に応答する余裕がタイヤに残されていることが証拠。 ルーフのオープンとクローズで差が少ないこともS660の完成度の高さを物語る。開発陣は「軽」ということを忘れたモノサシでS660について語っていた。
現時点では価格も詳細諸元も公開されていないが、ともかくパッと衝撃的な何かを起こす、いかにもホンダらしい1台である。「ジャーナリストが誉めたクルマは売れない」?! …というジンクスをぶち破る存在であることは間違いなく、こういうクルマが脚光を浴び、若者が振り返る自動車文化になって欲しいと思う。