ホンダが新しく発売するツーシーターオープンカーのS660。そのプロジェクトリーダーは若干26歳の椋本陵氏だ。彼の話を聞けば聞くほど、製造業に従事する者にとって、”閃きの”提案をすれば、それを認めさせる懐深い経営陣がいることが羨ましく思えるに違いない。
というか、ホンダは古くから既成事実を作ること。つまり秘密裏に現車を作成して、それに首脳陣を乗せてしまうということが常套手段だと、出世された方々の逸話として何度も聞いたことがある。今回のS660の全てがそうではないが、それに近いことをやったと言う。
もちろん、そのクルマの発想が経営陣に刺さるか? 時代、次代にマッチするのかは、まさにその商品力とタイミングだ。時期が前後にズレていれば、GOサインは出ない可能性もあっただろう。
S660の開発がスタートしたことで社内に新風が吹いたのは間違いないようだ。開発陣のモチベーションも変わるだろう。
スタート時は23歳だったというリーダーの椋本氏。もちろん脇をかためる重鎮、若手含めて個性派揃いである。例えばエンジン担当のリーダー瀬田昌也氏は、エンジンに関する質問は何でも即答で返すだけでなく、走りの感想を述べると、シャシー、サスペンションの話にも波及する。
通常の日本メーカーは、知ってか知らずか、「担当外なので答えられない」というエンジニアが多い。しかしホンダのこの方は違った。シャシー各部の剛性、サスペンションのジオメトリー、バネ、アブソーバーの設定から空力まで、なぜその形状が必要かを実に判りやすく解説してくれたのだ。
「いや、好きなものですから」…と謙遜していたが、そういうレベルではない。実際S660の開発は各人が自分の担当箇所のみではなく、問題が起きれば全員が寄ってたかって解決に没頭したという。自分の担当以外のことでもS660に精通しているのは、そのためだとも言う。
こうした方は、実は欧州メーカーにはざらにいる。メルセデス・ベンツのある試乗会で”操安屋”だとわかっていて、新開発エンジンのことを聞くと、「燃焼効率がああでこうで…、だから新開発のココがいい。だが私は”専門外”なのでこれ以上詳しいことは担当に聞いてくれ」と十二分な解答をしてくれる。
先のエンジン関連のリーダーの方は、「第二期のF1でエンジン担当でした」と。なーるほど!! 同席したお馴染み津々見友彦氏と声が揃う。F1のエンジン屋として若くしてプロジェクトに参加、担当以外の部分にも興味を持ったことが今につながる。というか全員で難題に立ち向かった。F1を経験したことは、計り知れない財産をメーカーにもたらしている。それを狙ってホンダは若い人をサーキットに送り込むのだが…。
約500名の個性派が従来とは少し違う手法で開発に携わりS660を完成させた。こうしたクルマ造りは欧州では当たり前。欧州では経営トップ数名が、最終仕様を決定するために、公道テストを行ない、峠のレストハウスでホットドッグ片手に「どれにする!?」と顔をつき合わせて仕様を決定する。そんな真っ当?なクルマ造りが今後行なわれたとしたら、ホンダの魅力は倍増する。
S660のまとまり方を見て、なぜこのようなクルマができたのか、疑問に思い、関係者に何げに聞いた話が、じつはこんなにも面白い内容だった。