ホンダ・レーシング(HRC)が2023年2月20日、今シーズンのF1グランプリ・レースに向けた計画などをオンラインで明らかにした。
ホンダは2021年シーズンでF1活動を終了したが、2022年から従来の2輪レース活動に加え4輪レース活動も統括するレース専門会社HRCを通じてレッドブル・パワートレインズにパワーユニット技術と支援を提供し、レッドブル・パワートレインズからレッドブル・レーシングとアルファタウリにパワーユニットを供給している。このHRCとレッドブル・パワートレインズ社との契約は2022年から2025年まで継続することになっている。
この2025年までの契約は新規のパワーユニットに開発ではなく、現在使用しているパワーユニットをベースとしながら十分な競争力を維持できるとの判断から契約が継続されることになっている。
今回の計画発表では、2023年シーズンもよりパワーユニットの耐久・信頼性を高めるなどの改良を行なうことで十分トップレベルの戦闘力を維持できるとしている。
2023年のHRC/サクラ研究所の大きな変化は、従来サクラ研究所とF1パワーユニットの開発責任者の浅木泰昭(HRC常務取締役・4輪レース開発部長)氏が4月末で定年退職し、その後任に角田哲史氏が着任することになったことだ。
浅木氏は、F1グランプリにマクラーレンと提携して復帰したものの低性能で惨憺たる状態であったホンダのハイブリッド・パワートレインを着任後2年間で大幅に改良し、3年目でF1レースでトップレベルに性能に引き上げた最大の功労者である。またF1レース以前には量産車でもN-BOXの開発責任者となり、N-BOXを軽自動車No.1、ホンダのベストセラー車に育てた功績も大きい。
後任の角田氏は入社以来エンジン開発一筋、延べ26年間で34機種のエンジン開発を経験しており、以前のF1エンジン、アメリカのCART(インディ)用エンジン、初代、2代目NSX用エンジンなどを手がけたベテランである。
課題のあるF1・2026年規則ヘの対応
周知のように2026年シーズンからF1パワーユニットは大きな変革を迎える。内燃エンジンは1.6L・V6のレイアウト、最高回転数制限を維持するが、燃料流量の規制はなくなり、代わりにエネルギー量を指標として制限される。燃料は、非可食性植物由来、廃棄物由来、持続可能な炭素回収のいずれかの液体燃料に限られるため、CO2排出量はゼロとなる。
エンジン本体では、ブロックやクランクシャフト、コネクティングロッドなどは自由だが、ピストン、ターボ、インジェクターなどは各チーム共通化される。
またレース中に使用可能な燃料量は70〜80kgにまで絞られるので、超希薄燃焼が求められる。そしてこの状態でエンジンの出力は約400kW(約544ps)の出力が目標となっているのだ。
その一方で、ハイブリッドシステムでこれまで採用されてきたMGU-K(減速回生+駆動アシスト)、MGU-H(排気ガス・ターボ発電)の2システムのうちMGU-Hが廃止となる。その代わりに減速回生と駆動アシストを担当するMGU-Kモーターの出力はこれまでの120kW(163ps)から350kW(476ps)へと大幅なアップが許されるのだ。このため、エンジンとモーターのパワーユニット全体では最大1000psを超えることになる。
その他に、年間のエンジン、ターボ、モーターなどの機関ユニットの使用基数が制限されるほか、パワーユニットのテスト装置の基数、使用時間まで共通規則で制限されるのだ。またパワーユニットの開発・製造メーカーには年間予算(約174億円)以下という条件も課せられている。
このように多くの技術的な課題があるが、CO2ゼロのF1グランプリになるということで、従来の参戦自動車メーカーだけでなく、アウディ、ポルシェ、フォード、キャデラック(パワーユニット製造はアルピーヌ)などが新規参入することになったのだ。
そしてホンダ、HRCはどうするのか? FIAが発表した2026年以降のF1のパワーユニット・メーカーとして登録した6メーカーのうちひとつは、HRCだった。HRCの渡辺康治社長は製造者登録を済ませたことを認め、研究開発のために登録したとしている。
一方で2025年まで提携するレッドブル・パワートレインズは2026年からはフォードと提携することを発表し、HRCは宙に浮いた形となった。HRCの渡辺康治社長は、レッドブル・パワートレインとはコミュニケーションを取っているので、2026年からレッドブル・パワートレインズがフォードと契約することは事前に知っていたという。そして2026年からはレッドブル・パワートレインズとの関係が切れるため、他の複数のチームからHRCにコンタクトがあるという。
ホンダは会社としてカーボンユートラル実現のために全力を挙げており、その観点でいえば2026年からのF1は企業理念にも合致するといえるが、電動化のために資源を集中するという理由でF1撤退を発表したことと合わせ、企業として高度な判断が求められ、HRC単独で動き始めるのは困難な状況にある。
2023年のレッドブル・レーシングとスクーデリア・アルファタウリのエンジン製造者名は「ホンダRBPT(レッドブル・パワートレインズ)」に変更され、ひっそりとホンダの名前がF1に正式に戻ってくる。
なお現在のF1グランプリはアメリカのリバティメディア社が担当しており、2023年シーズンはアメリカの2ヶ所で開催されるなどアメリカでのメディア露出が拡大している。その影響でキャデラック、フォードの参戦も決定されているのだ。アメリカ市場のウエイトが高いホンダにとっても環境は好転しているといえる。
その一方で、ホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント(HPD:アメリカ)が開発した新規格のLMDh規格のプロトタイプ・レーシングカー「アキュラ ARX-06」が2023年1月28日〜30日に開催されたデイトナ24時間レースでポールポジションから優勝を果たしている。ポルシェやキャデラック・ワークスチームを打ち破っての勝利であった。LMDhスポーツカーはル・マン24時間レースでのトップ・クラスに参戦できるのだ。
アキュラ ARX-06もハイブリッド・システムを搭載し、F1技術も流用されており、アメリカのHPDはホンダ本社の許可があればル・マン24時間レースへの参戦も可能としている。
このようにアメリカ市場を考えても、HRC、HPDそれぞれのメリットがあり、ホンダ本社がどのような判断を行なうのか、興味深いところだ。