ダイハツ不正事件の深層を解説

2023年のダイハツによる型式認証不正事件は、自動車業界に大きな衝撃を与えた。12月20日の第三者調査報告書の発表の結果、ダイハツは出荷停止を決定し、最終的には全工場での生産がストップするという前代未聞の事態を迎えた。この結果、ダイハツは巨額の赤字決算になることが予想されている。

この認証に関する不正事件に関しては多くのメディアの論説があり、当然ながらユーザーの不安や怒りも爆発している。今回の事件には様々な側面があり、客観的に見てどのように理解すべきかがわかりにくくなっているのも現実だ。そこで、いくつかの項目に分けて考察していく必要がある。

■このまま、ダイハツ車に乗っていて大丈夫か?

ダイハツの奥平社長は、「今まで通り安心して乗っていただければ」と語っている。そんなバカな…と感じられるかもしれないが、なぜそうしたコメントになっているのか? 

じつは、今回のダイハツの不正問題は2023年4月に内部告発により、認証のための安全確認試験でトヨタのタイ工場での生産モデルに関して不正が行なわれたことが発覚した。そしてさらに5月に2件目となるロッキー/ライズの側面衝突試験での不正が判明した。

まず、側面衝突試験で、ドアの内装材が鋭利な形状になって破壊されないこと、という安全基準が存在し、鋭利な形状とはどのようなものかに関しては規定が存在せず、ただ試験結果に記録せよという規定になっている。そのため、実際の試験では内装材が鋭利な形状にならないように、内装材に予め刻み加工してしたということだ。

その背景には、鋭利な形状に関する記録の手間を惜しみ、問題なく試験をパスすることを目指したか、あるいは鋭利な形状になることはNGと担当者が誤解していたかのいずれかである。

2件目のロッキー/ライズ・ハイブリッド・モデルに関しては左右のポール衝突試験を行なう時に、当局立ち会いのもとで左側の衝突試験のみを実施し、本来は社内で実施する右側試験を省略し、その代わり左側の試験データを流用したということだ。

この2件の不正が判明したため、ダイハツとトヨタは、すでに販売している車両を使用して改めて試験を行ない、その結果いずれも法規を満たしていることを確認した。つまり、法規をクリアできないために不正を行なったのではなく、試験の手法や、試験の手間を惜しむための不正であったわけだ。

その後、12月の第三者調査報告によれば174件の不正が発見されたため、既販売車に関しては、市販モデルを使用して再試験を実施している。社内での再試験だけでなく、第三者認証機関である「テュフ・ラインランド・ジャパン」にも試験を委託している。こうした市販車の再試験では、いずれの不正ケースでも法規をクリアしていることが判明しつつあるため、奥平社長のコメントになったというわけだ。

また、既販売のダイハツ車の安全性に関しては、自動車事故対策機構が実施する安全性評価試験(JNCAP)で、問題なく安全基準をクリアしており、安全性で問題があることは実証されていない点も注目すべきだ。

ロッキーの前面オフセット衝突試験

では、なぜ法規やJNCAPをクリアできる車両でありながら、不正が繰り返されたのか? これは明らかに一部署の問題ではなく、企業としての問題点なのである。

■トヨタとの関係

ダイハツはトヨタの完全子会社である。トヨタとの関係では、1967年に両社は業務提携を行ない、1998年にトヨタがダイハツの株式51.2%を取得し、トヨタの連結子会社にした。そして2016年にトヨタがダイハツの株式を100%取得し、完全子会社になっている。これ以降ダイハツは、トヨタ内では「軽自動車・新興国小型車カンパニー」という位置づけとなっている。

「軽自動車・新興国小型車カンパニー」の目的は、新興国を第一に考え、従来の常識、ルールに捉われることのない新たな仕事の進め方を構築し、ダイハツの良品廉価なものづくりをベースとした競争力のある「もっといいクルマ」を市場に投入していくとされている。

そして、新興国向け小型車の製品開発は、基本的にダイハツが担当するが、カンパニー内の新興国小型車製品企画部と新興国小型車品質企画部が、トヨタブランド車としての最終的な開発・品質責任を担うとしている。

つまり、ダイハツがトヨタ車の開発から生産までをも担当しているのだ。ダイハツが生産しているのは、トヨタ プロボックス、パッソ、ピクシス バン/トラック、ピクシス エポック、ピクシス ジョイ、ルーミー、ライズ、コペン GR SPORTで、その他にKR型1.0Lエンジン、1.3L/1.5LのNR型エンジンの生産も行なっている。

両社の関係は、トヨタにおいてダイハツへの開発委託当初は、ダイハツの関係者が豊田市に多数出向し、共同で商品企画や設計を行なっていたが、その後は商品企画が決定した後は100%ダイハツに開発を含めて委託しており、当時の豊田章男社長は、ダイハツはトヨタでは不可能な優れた小型車作りができる、と評価しダイハツの掲げる「良品廉価」の姿勢や、ミラ・イースなどの車両性能を絶賛していた。

それは、言い換えれば超低コスト、迅速な開発体制が評価されたのである。

■短期間での開発体制

ダイハツに限らず、自動車メーカーは短期間での開発を目指している。通常のモデルチェンジサイクルを4年とすれば、商品企画で1年、その後の3年間で開発を行なうと考えられがちだが、現在では出図(デザイン、設計が完了し最終図面が承認された段階)から工場でのライオンオフ(工場出荷)までで12ヶ月が基準とされている。

こうした短期開発を実現するために、フロント・ローディング(部品の開発や発注、実験などの前倒し)、開発のための試作車は1台(1発試作)のみ、または開発試作車ゼロ、シミュレーション技術の活用(モデルベース開発)が行なわれている。

このような短期開発は、開発に関わる延べ投入人数、延べ工数の削減、試作費の削減など開発コストの低減が目的であることは言うまでもない。短期開発の例では出図からラインオフまで9ヶ月という事例も存在している。このような短期開発では、開発試作車はなし、公道での試験などもなしで、性能確認後はただちに工場での生産が開始されていると考えられる。

現在では開発段階の初期からモデルベース開発(シミュレーション)が多用され、また開発初期から部品メーカー、生産工場、営業販売部門での一体企画が行なわれるなど、合理化も推進され開発期間の短縮、無駄の排除が進んでいる。

モデルベース開発の基本概念

その一方で、車両に求められる安全基準は時代とともに強化され、型式認証のために提出する法規に準じた安全に関わる実験項目は大幅に増大している。

そのため、認証のための安全に関する実験の項目も拡大し、衝突試験などに使用する実験車両(認証試作車)の台数は増加せざるをえないのである。だから開発のための試作車を削減する一方で、法規の適合性を確認する試験車両は増大するという矛盾が増大しているのだ。

また、衝突試験などでは1回毎にばらつきが生じるのも不思議ではない。そのため、複数回の試験を行ない平均値を採用するなども求められるが、複数回の試験を行なうためにはより多くの試験車両が必要になるというジレンマも生じてくる。

また、調査報告書の度々登場する、試験用の車両と実際に求められる車両との仕様に相違がある場合でも、試験に合格したように虚偽記載する例を多く見ることができる。

全面衝突試験におけるエアバッグの問題も、エアバッグ用のECUが試験の段階で調達できなかったために、タイマーによるエアバッグの作動を行なったとされ、問題のECUの入手まで試験を待つことができなかったのである。

このように見ると、何より重視されるのが開発期間で、販売開始日が決められてしまうと、その日程を変更することはできないようになっている。したがって、販売開始日から逆算して、余裕のある開発期間、開発スケジュールを組むことが合理的であるが、その一方で極限的な開発期間が求められており、こうした課題には根深いものだある。

つまり、トヨタの新興国向け車種の拡大、自社車種拡大など開発車種数が増大し、同時に求められる安全基準の試験項目が拡大しているにもかかわらず、安全法規の基準を確認する試験部門の人員は削減され、限られた試験用車両を使用し、一発で合格することが当然で、とにかく合格させることが求められていたわけである。そのため、再試験はなしで、試験車両や試験データの虚偽記載(174件中の140件)が多発したわけである。

■ダイハツの今後は?

ダイハツと同じトヨタの子会社であった日野自動車は、2022年3月にエンジンの燃費・排ガス試験での不正が発覚し、最終的に型式認証を取り消されるなど前代未聞の事件が発生した。

その結果、日野自動車の経営は厳しいと考えられ、親会社のトヨタはダイムラートラックと統合した持株会社を設立し、その傘下に100%子会社として日野自動車と三菱ふそうトラック・バスの統合会社を設立することを決定した。

日野自動車は、この統合により非上場となり、現在50.1%を出資するトヨタは同社の親会社でなくなると予想されている。

ダイハツも今後は厳しい道のりが予想される。不正の発覚した全車種の再試験、国交省との話し合いで、型式認証は再度取り直しになるのか、どうか? こうした状況下で1000億円以上の赤字が予想され、経営が悪化することは不可避と見られている。

その意味で、トヨタの新興国小型車カンパニーとしての位置づけ、ダイハツ・ブランドの行方には不透明感が強くなってきている。

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COTY
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