マニアック評価vol98
今までに、「ジャパンキラー」を名乗るクルマが、数々日本を襲った。いや、「ジャパンキラー」と勝手に思い込んで上陸してきたクルマがある、と言ったほうが適切だろう。
これはどこから見ても、「成功」の二文字が見えてくる。簡単に言えば、ルックス、性能、走り、質感、コストが日本市場にはぴったりだから。僕はこの前、フランスでこのUpに乗ってきたのでその試乗リポートをお届けしよう。
エクステリア
まずは外観。2007年のコンセプトモデルとほとんど変わっていないデザインは、「スタイリッシュかつエレガント」を上手く両立させている。派手さはないのだけど、どの面を見てもすごく丁寧に仕上げた印象を受ける。特徴のあるサイドプロファイル(シルエット)は、さすがチーフデザイナー、イタリア人のワルター・デ・シルヴァによるスタイリングだね。3ドア・ハッチバックのUp!はルポの寸法とあまり変わらないけど、大きめのグリルラインのおかげで、その存在感が増している感じだ。
3540mmの全長は、ルポより13mm長いだけで、それに対してホイールベースは2420mmとルポより99mm長い。このパッケージングは見事だ。190cmの僕でも後部席に問題なく座れる。こんな小さいクルマに、よくもこんなに広い室内空間が作れたものだ。これには正直驚いた。ちなみに、5ドアのモデルも日本に導入される。
パワートレーン
パワートレーンだけど、おもしろいことに2007年のコンセプトモデルの時はRR(リヤエンジン/後輪駆動)だったが、市販のUp!が誕生したらコロッとFFに大変身。やはり、コストとパッケージングの効率を考えると、前輪駆動に変えざるを得なかっただろう。
エンジンは新開発の直列3気筒1.0Lだ。TSIでもFSIでもない。でも、パワーとトルクは充分。開発者が徹底的にフリクションを低下させ、軽量化を行った。最高出力は60psと75psの2種類。違いはECUのセッティングだけ。僕がテストした5速MTが標準で、これはエンジンとの相性が見事。これをベースとするロボタイズド2ペダルMTも追って登場の予定だ。これは日本市場のメインモデルになるだろう。
エントリーモデルの60ps仕様でも、加速性はこのクラスにしては文句なし。9.7kgmの最大トルクを発生するのは3000〜4500rpmの間で、4000rpmぐらいをキープしていると、加速性は自由自在に調整できる。実際は、2000rpmの時点ですでに、9割ほどのトルクが出ているけど、非常に扱いやすいエンジンだ。 それは1トン以下の車重の軽さも効いているのだろう。しかし、75ps仕様に乗ると違いは明らか。しょっちゅう2人以上で乗る場合はこっちがおすすめだ。
低回転ではエンジン音がほとんど聞こえないが、5000rpm以上回しても落ち着いた、乾いたような音は意外だった。残念なのは、これだけ小さいクルマには、DSGのトランスミッションのオプションがないということ。ポロにはついているけど、Up!にはついていない。おそらく、日本で発売されるメインモデルは5速AMTになるだろう。そして肝心な燃費はといえば、アイドリングストップやエネルギー回生システム、低転がり抵抗タイヤをセットにしたブルーモーションテクノロジー採用の60ps仕様で、23.8km/Lを実現している。
インテリア
インテリアも見物だ。最新のゴルフとポロの質感のでき具合を見ていると、 欧州メーカーをリードしているのはVWだとはっきり伝わってくる。Up! でも他のフォルクスワーゲンと同じクオリティーを追求するだけでなく、ワイド感を強調する横基調のダッシュボードにコンパクトなメーターセル、カラーコーディネートを楽しめるトリムパネルが、決して高級ではないけど、 ワンクラス上の良い空間を演出している。圧迫感のないキャビンの視界は良いし、ヘッドスペースとレッグスペースの確保は、どのライバルと比べても、トップクラス。後席はさらに一段高い位置に座るため、すごく開放感があって気持ちがいい。
ニース市内を出て、モナコに向かったが、海岸線ではUp!のシャシーも期待通り、どのドライバーの要求にも応えてくれて、素早く安全に駆け抜けていく。ボディはゴルフやポロほどの剛性感はないものの、骨格がしっかりとしている印象なので、 正確性に富んだ走りを楽しめる。穴があいた凸凹道を走っても乗り心地も悪くない。長いホイールベースを採用しているので、 ピッチング現象が起きにくい。そしてステアリングは、手応えがあって、路面からしっかりフィードバックを受ける。低速域では少し軽いものの、遊びがないのは嬉しい。
デザインもパッケージングも、室内の質感にしても、Up!の競争力はピカイチだと思う。日本の小型車や軽自動車とのバトルをこれから始めようとしているUp!は、果たして国内のコンパクトカー市場を塗り替えられるのだろうか。今までにこれだけの強みをもつ輸入車はなかった。日本導入は秋頃になるそうだが発売開始が待ち遠しい。5ドア+ロボタイズドMT仕様が有力だけど、VWジャパンは5MTも検討しているらしい。
今度こそ本物の「ジャパンキラー」? そのプライスはまだ決まっていないが、およそ150万円ぐらいと、ちょっと贅沢な軽自動車と変わらない価格で販売されることは間違いない。日本のメーカーはもうビビり始めたらしい。
文:ピーター・ライオン