2021年の電気自動車(BEV)の世界における販売台数は、メーカー別の集計ではテスラがトップに君臨し、上位20社の中で12社もが中国の国産車となっていることが改めて注目されている。日本ではそれほど存在感のないテスラ、そしてBEV先進国となっている中国市場の状況は日本からの視点で見ると異次元の世界の出来事といってもよいだろう。
グローバルで存在感を増すテスラ
テスラは「モデル3」と、クロスオーバーSUV「モデルY」が人気で、世界中で前年比90%増の93万台を販売した。世界のEV販売台数450万台強の約20%を占めているのだ。
もちろんテスラはアメリカの先進顧客層にも根強い人気となっているが、販売を押し上げているのが中国市場で、2019年に現地会社との合弁ではなく、単独資本で上海メガ工場を稼働させ、2021年に中国での生産と販売が本国のアメリカを超えている。そして22年1〜2月でも、テスラの販売台数全体に占める中国販売の割合は52%で、37%だった米国販売の割合を大きく上回っているのだ。
さらにテスラは今年、ヨーロッパの拠点のドイツ・ベルリン近郊に新設したメガファクトリーが2月から稼動を開始しており、ヨーロッパにおけるプレゼンスも今以上に強化されることになっている。それにしても、ベルリンに巨大なBEV専用工場を開設することはヨーロッパでの販売を加速させることはもちろん、フォルクスワーゲン・グループ、メルセデス・ベンツ、BMWなどに対するイーロン・マスクCEOの挑戦状といってもよいだろう。
なおベルリンのギガファクトリーは、プレス工場、鋳造工場、ボディプレス工場、塗装工場、パワートレイン製造、シート製造、最終組立などを擁する大工場で、さらにテスラはここに世界最大規模のバッテリー工場も建設し、2024年の稼動を目指している。
中国メーカーが躍進
さて、世界のBEV販売台数2位は中国の上海汽車集団で、GMとの合弁実績を生かした革新的な低価格BEVを発売したことで躍進した。世界販売で3番手はI.Dシリーズを展開するフォルクスワーゲンで、4番手が中国におけるBEVの老舗の比亜迪(BYD)となっている。そして5番手がルノー・日産・三菱アライアンスだ。
ちなみに、販売台数上位20社で8番手以下も多くは中国メーカーで、上位20社のうち12社が中国メーカーなのだ。グローバルでのBEVの販売台数で中国がダントツの最大市場であることがわかる。中国での2021年のBEV販売は291万台と世界の6割超を占めている。
今ではナンバープレート発行や市街中心部乗り入れ可能な優遇措置のメリットがある大都市部だけではなく、内陸の小地方都市でも緑色のナンバープレートをつけたBEVはどんどん増殖している。一方で日本の自動車メーカーでは、日産以外はトヨタ、ホンダともに20位以下だ。これはいうまでもなく商品展開がこれからという事実からも当然といえる。
中国市場では各自動車メーカーが一斉にBEVの商品ラインアップを拡大しているが、急速に存在感を高め、テスラを追い上げるのが2位の上海汽車グループだ。グループでは前年比2.4倍の59万台を販売している。
ゲームチェンジャー「宏光MINI EV」
上海汽車グループは自社ブランド「栄威」などのBEVを各種ラインアップしているが、販売台数を格段に引き上げる役割を果たしたのが上汽通用五菱汽車の低価格BEV「宏光(ホングゥアン)MINI EV」だ。
五菱(ウーリン)汽車は上海汽車傘下のメーカーだ。五菱汽車はGM、上海汽車、そして広西汽車集団(五菱集団)による合弁企業で、広西チワン族自治区に柳州市に本拠がある。
五菱汽車は独自の車両企画・開発・生産を行なっており、バン、トラック、MPVなどの商用車系と「宝駿(バオジュン)」ブランドの乗用車を展開し、2002年に設立された新自動車メーカーにもかかわらず2009年には年間販売100万台を超えている。
特に乗用車の宝駿はヒットし、好調な販売を継続している。また、GMブランドで中東やアフリカに輸出も行なっており、インドネシアでは現地生産も展開している。
五菱汽車として設立させる以前は、柳州市でトラクター製造、その後は免許不要の低速自動車を製造していた経験があり、このミニサイズカーを開発するために日本の軽自動車を徹底的に研究した実績があった。そのノウハウを生かしたのが「宏光」シリーズで、日本における軽自動車的な位置付けであった。この超小型のミニバンは、中国でベストセラーで、配達ドライバーらに愛用されている。
五菱汽車はこの「宏光」をベースに開発したBEVが「宏光 MINI EV」であった。価格は約50万円とし生活の足として、中国の地方都市をターゲットにしたが、単なる低価格の実用本位のBEVではなかったことが大成功の引き金となった。2021年には「宏光 MINI EV」は42万台を販売し、上海汽車グループのEV販売の約7割を占めている。
中国にはBYDをはじめBEVで先行していた自動車メーカーは数社あったのだが、「宏光 MINI EV」はゲームチェンジャーになったのである。
「宏光MINI EV」の商品力
「宏光MINI EV」は2020年7月から発売されたが、まさに爆発的なヒットとなった。エアコンを装備した上級グレードでも60万円相当で、エアコンレスのベースモデルなら50万円を切る価格のBEVだ。
ボディサイズは、全長2917mm、全幅1493mm、全高1621mm、ホイールベース1920mmで、日本の軽自動車より小さく、2+2のキャビン・レイアウトとし、後席は荷物置き場、子供用となっている。後席を畳めばラゲッジ容量は約760Lとなり、買い物のラゲッジスペースとしては十分だ。
価格はベースモデルで約45万円、中間グレードは約51万円、エアコン装備の上級グレードは約60万円となっている。ただし、2022年春からバッテリー材料の価格高騰の影響を受け、10〜15%ほどの値上げが行なわれている。
ベース・中間グレードのバッテリー容量は9.3kWh、上級グレードでは13.9kWhのリン酸鉄系のリチウムイオン・バッテリーを搭載している。リン酸鉄系のリチウムイオン・バッテリーは、BEVで主流のニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム系バッテリーより出力は低めだが低コストであることが特長だ。
充電電圧は220Vで急速充電には対応していない。充電時間はベース・中間グレードで6時間半、上級グレードは9時間。航続距離は9.3kWhバッテリーで120km、上級グレードでは170kmとなっている。
また、最高速は100km/hで、ローカルメーカーが製造する、より安価な鉛バッテリーを搭載した低速電動車(最高速70km/h規制:ナンバープレートなし:無免許可)とは違って高速道路も走行できるようになっている。安全装備はABS、EBDを装備している。
また、五菱汽車は標準モデルの「宏光MINI EV」に続き、「宏光MINI EV マカロン」、「宏光MINI EV カブリオ」、「五菱 ナノEV」、「宏光MINI EV ゲームボーイ」など派生モデルもラインアップし、派生モデルでは航続距離200km、300kmを実現するバッテリーも選択できるようになっている。
さらにグループの上海通用汽車も同様のコンセプトで、コンパクトBEVを続々とラインアップしている。
なお、競合モデルは、超小型EVの宝駿「E100」(2人乗り/約82万円)、チェリー「eQ1」(約99万円)、欧拉「黒猫」(約116万円)など。
五菱汽車は「宏光MINI EV」の開発にあたり、エンジン搭載モデルの「宏光」シリーズが、実用的なマイクロ・ミニバンにもかかわらず意外と女性に好評だった事に着目した。そのため「宏光MINI EV」の開発は若いエンジニア、女性スタッフが牽引し、若い女性ユーザーをターゲットにした。
そのため、シンプルだが洗練されたデザイン、女性の感度が高いカラーリングを採用し、モダンなテイストでまとめている。また、ホワイトの光沢仕上げのインスツルメントパネルはスマートフォンの使用を前提とし、その一方で表面の仕上げや建て付けは上級車と同等レベルに。アクセントとなるシートやトリムのカラーリングもモダンなデザイン・センスを取り入れている。
一方で、車両としては徹底してコストダウンを行ない、重要な電子部品は自動車用の規格部品を使用しているが、それ以外は汎用の民生電子部品を採用し、駆動系はガソリン・モデルの「宏光」の部品を流用している。また車体のサブフレーム部も専用のプレス成形スチールを採用せず、汎用のスチールパイプの溶接構造とするなどコストダウンに工夫を凝らしている。
こうした商品企画により「宏光MINI EV」は地方都市の若いOLや主婦層に支持され、大ヒットに繋がった。通勤や買い物など日常での利便性が評価され、自宅や出先で駐車中に200V(中国標準電圧)の普通充電で手軽に使用できるなどからセールスは加速した。なお中国では高級車カテゴリーでも女性購入比率が高く、購買の決定に女性の意思がきわめて重要になってきている。
そういう意味で、「宏光MINI EV」は低価格という要素以外に、中国の「九十后、零零后(90年、2000年以降に生まれた若者)」と呼ばれるジェネレーションZの世代にターゲットを絞る商品企画やデザイン・センスで成功したということができる。<レポート:松本晴比古/Haruhiko Matsumoto>