マニアック評価vol162
新型のメルセデス・ベンツSLが国内デビューしたのは2012年3月。6代目となって現れたのは、アルミボディの採用で軽量化された新型SL。このモデルのルーツは戦後のメルセデスの技術的な象徴ともいえる300SLというレーシングカーだが、市販車両は高級車としての性格を持ち、ピュアなスポーツカーではなく、ジェントルな存在のモデルである。だからロードスターというルックスの、ラグジュアリーな乗り味を持ったモデルなのだ。
試乗したのはSL350 Blue EFFICIENCY、SL550 Blue EFFICIENCYの2モデル。クルマから10mほど離れ、ぐるりと一周しながらスタイルを眺めてみる。時折しゃがんでみたり、また、目をカメラのレンズのごとくクローズアップにしたり、はたまたワイドレンズにして、風景の中にSLを置いて眺めてみると、思わずため息が漏れる。
ロングノーズにショートデッキというルックスは、年輪を重ねた御仁には刺さるスタイル。フロントグリルにはスリーポインテッドスターがでかでかと鎮座し、ヘッドランプには最新のLEDが数多くレイアウトされている。試乗車にはAMGパッケージの5スポーク19インチアルミが履かれ、若々しいルックス。フロンフェンダー横のエアダクトには、2本のシルバーフィン、ロングノーズのボンネットにも同じくエアダクト&フィンが見える。目を凝らしてみれば、ドリルドローターに「メルセデス」のネーミングが彫られたキャリパーと、どこを取ってみてもスパルタンだ。
インテリアは豪華でセクシーだ。一流メルセデスだけに、その魅せ方も得意。上質なナッパレザーとシルバーメッキの加飾という技法は珍しくないが、何故かSLのインテリアは他にはないゴージャス感を感じてしまう。よく目にする部分をシルバーメッキで装飾し、手に触れる部分は上質なレザーとステッチのアクセントをあしらう配慮。しかもステッチはシルバーとブラックを使い分け、効果的に目に写る。そして通常ならプラスチックや樹脂となる部分に、メタルを使用し高級感が滲み出る。たまりません。
ボディスタイルが2シーターという時点でライフスタイルは限定され、このクルマに求めるものが限定される。単に走りのスポーツカー性能を求めるのであればここまで高級にする必要はない。なぜ、ここまで上質で豪華なのか。そこにはプレイボーイ御用達という言葉が浮かぶ。なんとも己の加齢を感じる表現だが。
ルックスはあくまでもかっこよく、インテリアは豪華絢爛な中にスポーティさを感じさせる。「誰を乗せようか?」と思うが、決して♂であってほしくない。
彼女を助手席に乗せ、エンジンをスタート。妄想。V8型+ターボは唸るようにスタートするが、時代の本流を見極めるメルセデス・ベンツだけにちゃんとアイドリングストップをする。しかも、頻繁に。停止中にフットブレーキが緩んで、再始動してしまったときでも「まだ、スタートしないんだ。じゃ、もう一回止めましょう」とクルマが判断し、もう一度止めてくる。
走り出してすぐに、そのゴージャスな乗り心地にもうっとりする。ABC(アクティブボディコントロール)というまさにアクティブに乗り心地や運動性能をコントロールする機能が、4輪それぞれのスペンションに内蔵された油圧ユニットで瞬時に4輪にかかる荷重を制御する。したがって、コーナーでの姿勢コントロールやフラットライドな乗り心地、そして、優しくしなやかな乗り心地を何もすることなく手に入れることができるのだ。
走行音は静かだ。サイドウインドウまで防音ガラスにしてあるなど、遮音性は高い。バリオルーフというオープンスタイルになるロードスターだが、ルーフレールにマグネシウムを採用し軽量化された新型SLは、クローズでもオープンでも剛性感の高いメルセデスならではの質感を造っている。クローズで走れば、「これってオープンなの?」と思えるほどしっかりしている。クルマに詳しくない彼女であれば、まさか屋根が開くとは思いもよるまい。クローズからオープンまではわずか20秒弱の作動時間だ。
静かな車内には、AMGパッケージに含まれるデンマークの最高級オーディオ、バング&オルフセン サウンドシステムが心地よく音楽を奏でている。だが、ひとたびアクセルを踏み込めば、7Gトロニックのトランスミッションはダウンシフトし、V8型ツインターボエンジンは唸る。猛獣が大きく口を開け、首を振りながら威嚇するように、低く太い唸り声に似たエンジン音。タコメーターの針が踊るように跳ね上がった瞬間、全ての景色は流れてゆく。
V型6気筒を搭載するSL350は、V8型サウンドとはまったく別な音質で、高回転までまわすと乾いた音になり、これもまたレーシングな世界を感じられるのだ。
コーナリングは美しい。少しの操舵でロングノーズの舳先が動き、思いのままに向きを変える。電動パワーステアリングとは思えぬナチュラルなフィールと正確な操舵感を手の中に残し、路面からのインフォメーションを伝える。センターコンソールにあるシフトレバーはR-N-Dしかなく、シフトチェンジはパドル操作で行う。低く野太いエンジン音をコントロールしながら、いくつものカーブをクリアするのは快感だ。つい助手席の存在を忘れてしまうほどだ。
2シーターでパイパワーなパワーソースを持つモデルに乗れば、それなりの乗り心地と走り方になってしまうのもだが、メルセデスのSLは違う。あくまでもラグジュアリーな走りを堪能できるからだ。ドライバーの気持ちを平穏に保てば、いつまでもサルーンのような滑らかさを提供してくる。こんなロードスターは世界に二つとないモデルと言えるだろう。
ここでラインアップも確認しておきたい。2013年国内で販売されるSLクラスは4モデルでSL350 Blue EFFICIENCYが1190万円、SL550 Blue EFFICIENCYが1560万円、SL63AMGが1980万円、SL65AMGが3050万円で、SL65AMGを除きAMGパッケージがそれぞれに設定されている。
主な違いはやはりエンジンで、350にはV型6気筒3.5Lの自然吸気、550にはV型8気筒4.7Lツインターボ、63AMGはV型8気筒5.5Lツインターボ、65AMGはV型12気筒6.0Lツインターボというパワーソースの違いがある。
350に搭載するV型6気筒のエンジンは最新のテクノロジーが投入されたもので、先代の90度のバンク角を持つM272型から60度のバンク角になった直噴M276型へと世代交代している。主な特徴は低回転域でリーンバーン(希薄燃焼)運転をしていることだ。少量の燃料でも効率よく燃焼させる技術で、省燃費に大きく貢献している。そのために必要とされる高精度燃料噴射装置には、BMWとの共同開発から誕生したピエゾインジェクターを持ち、ボッシュ製からシーメンス製へと変更されている。このエンジンに7速ATが組み合わされ、JC08モード燃費は12.8km/Lで平成21年度基準75%低減レベルと認定され、自動車税25%、取得税/重量税が50%減税対象になっている。
一方550でも環境への配慮からダウンサイジングされたエンジンが搭載されている。先代のエンジンはM273型の5.5Lだったが4.7Lへ排気量が絞られたM278型へと変更されている。さらにツインターボを装備することで、435ps(320kw)/5250rpmのパワーと700Nmという巨大なトルクを持つエンジンとなっている。そしてこのトルクは1800rpmから発揮されるので、実用範囲で非常に扱いやすい性格になっている。これだけのパワーを持ちながらJC08モード燃費は9.6km/Lという省燃費を実現している。
今回試乗していないが上記の2モデルのほかにAMGモデルがラインアップしている。63AMGはDOHC 5.5LツインターボのM157型でこれまで永く親しまれたM156型6.2Lエンジンからダウンサイジングされたエンジンへ変更されている。537ps(395kw)/800NmとAMGらしいハイパフォーマンスユニットが搭載されている。ちなみにJC08モード燃費は9.0km/Lという省燃費でもある。
さらにハイスペックの65AMGがあり、こちらはV型12気筒のツインターボで630ps(463kw)/1000Nm(欧州参考値)という想像を絶するモンスターユニット(M279型)を搭載している。
新型SLを試乗してみて、ポイントとなるのはアルミモノコックの採用とABCというボディコントロール機能、そして満足のいくハイパフォーマンスなエンジンとミッションということなのだが、やはりSLというモデルが持つ魅力はそのスタイル、ルックスであり、2シーターという贅沢さ、そして何よりもその走りのラグジュアリーさに集約されるだろう。