最も小型のキャデラックとして登場したATSはエントリー・ラグジュアリー・スポーツセダンと位置付けられるが、ミドルクラスのCTSと同様に古いキャデラックのブランドと決別し、新たなブランドとしてリセットされたというメッセージを明確に伝えてくれるクルマだ。2013年3月に発売された「ATS ラグジュアリー」の試乗レポートはこちらの記事に詳しいが、5月から上級のフル装備グレードの「ATS プレミアム」が追加発売されたので、そのレポートをお伝えしよう。
すでに紹介されているように、ATSの「ラグジュアリー」と「プレミアム」の違いは、プレミアムが連続可変ダンパーのマグネティックライドコントロール、機械式LSD、18インチタイヤを備え、ドライバー支援システムとしてアダプティブクルーズコントロール、オートマチックブレーキ、オートマチック・コリジョン・プレパレーション、リヤ・クロス・トラフィックアラートなどをフル装備していること。プレミアムには前後6個のレーダー、1個のカメラ、前後8個の超音波センサー(ソナー)が装備され、全車速追従クルーズコントロールや、車線逸脱警報、障害物に対する自動ブレーキ機能なども備えている。
GMではキャデラックのブランドの本質は、デザイン、パフォーマンス、テクノロジーという3つの言葉で表されるとしているが、デザインはキャデラックのDNAを伝えつつ2000年代に入って確立された、縦にエッジを立てるフォルムが採用され、それはATSにもしっかり盛り込まれている。このデザインは、キャデラックのアイデンティティといえるし、ボディのプレス面の深さはさすがだ。
しかし、パフォーマンスについては、かつてのFF駆動のフルサイズカーからFR駆動へと大きく変革され、走りのパフォーマンスはBMW 3シリーズ、アウディA4、メルセデスCクラスをターゲットにして開発されている。したがって、かつてのキャデラックとはまったく目指す方向が変わっているのだ。ATSのハードウエアは、特にBMW 3シリーズの影響を受け、フロント・ストラットのロアアームはダブルピボット式、パワーステアリングもZF製の電動機械式、リヤは5リンクを使用したマルチリンクを採用。そして前後荷重を50:50にすることにも執念を燃やし、これを実現している。ちなみに前後軸の荷重は車検証データで前後ともぴったり800kgだった。
ここまでドイツ・プレミアムをフォローする理由は、やはり伝統のキャデラック・ブランドのユーザー層が高齢化し、若いユーザー層を取り込むのが難しくなった危機感からだろう。アメリカ市場におけるBMWは、ドライビングマシンであることを前面に打ち出した戦略で成功し、中産階級以上の30歳代からミドルエイジ層を引き付けることができた。キャデラックもまさにそういうユーザー層をターゲットにすることにしたのだ。
ただし、ATSはBMW 3シリーズとは異なるところもある。ATSはスポーティさとラグジュアリーを両立させるために少し車両重量が重い。またATSはスポーティさを強調するためパッケージングとしては全高が低めで、ドライバー席に座るとかなりタイトである。インスツルメントパネルと幅広のセンターコンソールに取り囲まれる感覚はBMWとはかなり違う印象だ。実際、ドライバーズシートに座ってみると、日本人の体型でもスポーツカーのような囲まれ感があり、着座位置も低い。特にダッシュボード面の高さ、センターコンソールの幅、Aピラーの後傾角の強さでそういう感覚になる。さらに試乗車はガラスサンルーフを装備していたため、ルーフのその分下がっているから天井もより低く感じられる。こうした点はスポーツ感を強調したデザイン、パッケージングによるものだろう。
「ATSプレミアム」は、前述したようにドライバー支援システムをフル装備しており、衝突回避の自動ブレーキや、後方死角から接近する車両の警告、車線逸脱警報、バックで発進するときの後方左右から接近する車両の警報など万全だ。またドライバーには警報音かセーフティアラート・ドライバーズシートの振動のいずれかを選択して警告するようになっている。
キャデラック独自のアイデアであるセーフティアラート・ドライバーズシートはシートのサイド部が振動してドライバーに警告するしくみで、右後方の死角から車両が接近するとシートの右側がブルブルと振動するのだ。これはとても分かりやすいのだが、現実的には日本人の体型ではうまく振動が伝えられないこともある。
またキャデラックの衝突回避システムは、自動ブレーキで停止した場合、電動パーキングブレーキが自動的にかかる状態になる。これは衝突時の2次衝突防止の役割を果たし、なかなか配慮が行き届いている。しかし、アダプティブ・クルーズコントロールなども含めて高速道路での使用が主用途になっている感じで、これもキャデラックのシステムの特徴だろう。
さて、「ATSプレミアム」の走りはどうか。すでに触れたように、「プレミアム」グレードは18インチタイヤのサマータイヤ、それもランフラットを装着している。一方の「ラグジュアリー」はPメトリック(アメリカ規格)の17インチタイヤ。ランフラットの18インチは、やはり走り出しから固い印象で、それだけ路面からの感覚が薄い。扁平率がフロント40、リヤ35の18インチのランフラットではそのケース剛性の高さがからいってやむをえないところではあるのだが。
またZF製の電動機械式パワーステア、キングピンオフセットをミニマムにしたダブルピボットといったハードウェアから想像したダイレクト感のあるフィーリングとは異なり、ステアリングの操舵力は軽くインフォメーションは思ったほどではない。
走行中も、タイヤと路面のコンタクト感が硬い。こうした点を考えると常用域を重視すればシャシーとのマッチングは17インチタイヤの方が良いと思う。またマグネティックライド・ダンパーもスポーツモードにすると、常用域では渋さが感じられた。ステアリングのフィーリングは全般的に軽いが、操舵の切れ、ボディの一体感はさすがと感じられる。
一方で、タイヤが硬く感じ、ダンパーも動きが渋いと感じるものの、乗り心地そのものはフラットで締まったフィーリングで悪くない。リヤシートでの乗り心地もピッチングが抑えられ、長時間リヤシートに座っていても十分に耐えらるレベルだ。ただしリヤ席も少し閉塞感は強めに感じる。
「ATSプレミアム」が搭載するエンジンはエコテック・シリーズの直4・2.0L・直噴ツインスクロールターボで、「ラグジュアリー」グレードと共通だ。このエンジンはなにしろ2.0Lで276psというハイパワーを5500rpmという低い回転数で発生し、最大トルクは1700-5500rpmというワイドレンジで発生する強力なエンジンなのだが、車両重量が1600kgあるのでハイパワーというより全域で扱いやすいエンジンだと感じる。回転数にかかわらず、とにかくアクセルさえ踏めば意のままに加速できるという感じだ。エンジン自体が低速型の設定なので、回す必要性がないといえる。
6速で100km/hは1800rpmを切る程度で、しかも最大トルクゾーンだから静粛で余裕のある走りは日本でも使いやすいといえる。トランスミッションは GM「6L45 Hydra-Matic」6速ATで、トルコンの滑りを盛り込んだ、ATらしさが感じられるセッティングになっている。
ブレーキはフロントにブレンボ製対向ピストン式を装備しているが、ガチッとしたフィーリングではなくソフトタッチで制動力が立ち上がるタイプ。コントロール性は良好だ。
インテリアの仕上げは良質で、デザイン的にはキャデラックというか、アメリカ車の雰囲気も盛り込まれている。ボッシュと共同開発されたスマートフォン感覚のタッチ式総合ディスプレイのCUEなども近年のキャデラックの特徴だ。しかし残念なことに日本仕様はナビゲーションはインストールされず、ディスプレイも含めて別体の設定であることや、CUEのディスプレイ表示が直訳そのものの日本語で一瞬意味が分からない、といった場面があるのはちょっと残念だ。
ニュルブルクリンク北コースを8分28秒で走り切るという運動性能と、キャデラックらしさの両立というかなり難しいテーマに挑んだ「ATS」。日常でのスポーティさとラグジュアリーや快適さ、そしてちょっとアメリカ車のテイストも入った独自の個性を求める人にとっては気になる存在となるだろう。