レンジエクステンダーEVとして登場したGM(ゼネラルモータース)のシボレー・ボルトは世界的に大きな注目を浴びているが、2011年5月18日からパシフィコ横浜で開催された「人とクルマのテクノロジー展」の会場にて、日本における実車の初お披露目と、パワートレイン系(GMではヴォルテックと呼ぶ)のチーフエンジニアのマーティン・マレー氏によるプレゼンテーションが行われた。
GM流の呼称ではE-REV(Extended-Range Electric Vehicles)と呼ぶボルトだが、この市販車バージョンが姿を見せたのは2008年9月のGM創立100周年記念式典でのこと。さらに待つこと久しく2010年12月からカリフォルニア州など地域限定で順次販売が開始され、2011年5月現在では7州にまで販売エリアが拡大されている。
今後はまず、日本国内でも実証実験が開始されるが、発売は当分先になる。ボルトの生産は米国内で年間1万台というペースからスタートし、2012年末までに年産6万台レベルにまで引き上げる計画であり、販売の優先順位はまずは北米であることは言うまでもない。
またヨーロッパではボルトのヨーロッパ版であるオペル/ボクゾール・アンペラの生産を立ち上げ、GMが最重視する中国では一汽GMにおいてボルトとそのマルチパーパス仕様のMPV5の現地生産を2011年中に立ち上げるなどスケジュールが目白押しに詰まっており、日本市場への導入はかなり先になると見込まれている。
ボルトの構想と開発
シボレー・ボルトは設計、開発からアメリカでの販売まで29カ月を要したとされている。ボルトの原型と言えるコンセプトカーは2007年1月のデトロイトモーターショーに出展されている。しかしながら、このコンセプトカーの基本構想は1996年〜99年に開発された近代における世界初のEV、「EV1」をベースにしているのだ。
EV1はカリフォルニア州の排ガス規制により、ゼロエミッション車の必要性から構想された完全な電気自動車で、総重量500kgにも及ぶ鉛バッテリーを搭載していた。実際にごく少数ながら生産され、限定的な発売の実績もある。さらにこのEV1をベースにCNG(天然ガス)車、シリーズハイブリッド車、パラレルハイブリッド車、燃料電池車などという各種の実験的なバリエーションも開発され、多面的に研究・実験が行われた経緯がある。
シボレー・ボルトの開発が最初に明らかにされたのは2006年末で、この時点では完全なEVを企図していた。しかしながら、技術的な検討では当時のリチウムイオン電池の価格が高価であること、EVでは実用的な航続距離が確保できないこと、急速充電のインフラ整備がまだ期待できないことなどなど、EV1で経験した知見をもとに、より小型の電池パックと充電用の小型エンジンを搭載することにしたのだ。
またボルトの開発には、アップル社の「iPod」が大いなるインスピレーションを与えたと言われている。開発段階での性能目標は電池のみの走行、すなわちEVモードで40マイル(64km)という航続距離を確保できるように電池容量が決められている。これはアメリカの大半のドライバーの1日あたりの走行距離が40マイル以下というデータに基づいている。そしてこの航続距離であれば、オーナーは自宅で夜間に充電可能。つまり急速充電器に頼らず、家庭電源の120Vで約10時間の夜間充電を狙ったプラグイン機能が最初から考えられていたのだ。
そしてこの目標を達成するためにリチウムイオン電池のSOC(充電状態)30%を下限とすると、容量は16kWに絞られた。さらに前述のように緊急時に備えて充電用の小型ガソリンエンジンを搭載し、これを発電させることで、航続距離は一気に480kmに達することが可能になったのだ。
もうひとつ、開発のポイントになったのが、最終的にボルテック(Voltec)と呼ばれるパワートレインの構想だ。ボルテックは単にボルト用のパワートレインだけではなく、将来的に純粋なEVや燃料電池車にも適合し、さらに充電用エンジンとしてはガソリン、ディーゼル、バイオ燃料、エタノールなどにフレキシブルに対応できるように構想されている。コンセプトカーの段階では、エンジンは3気筒の1.0Lターボを採用し、マルチ燃料に対応させていた。この時の燃料タンクは40L(量産仕様は35Lになる)とのこと。
量産化に向けて
ボルトの量産モデルのプットフォームは専用開発のものではなく、既存の「デルタ」が選ばれた。つまりシボレー・クルーズ、サーブ9-3と同じプラットフォームだ。量産化にあたっては電池パックをT字型にを搭載することにし、ボディの空力性能を高めることに時間を費やしたと言われる。最終的にCd=0.28でまとめられた。
電池の選択と性能確認にも長い時間が費やされた。世界中のリチウムイオン電池メーカーの20種類以上の電池が試され、最終的な候補には、CPI、LG化学、コンチネンタルの3社に絞り込まれた。
GMはこれらの電池のマネージメント、冷却、耐久信頼性などを実験した。GMは10年間、15万マイルの耐久性能、5000回の充放電で10%以内の性能低下という性能目標を掲げ、実験室から厳しい環境での走行まで、そのテストは2年間にわたって行われた。
2008年半ばにGMは、量産用の電池パックは薄型セルのマンガン系正極のLG製に決定。同じく搭載するエンジンはオペルの1.4Lの4気筒ガソリンユニットに絞り込んだ。このような開発の経緯を経て2010年12月にGMはボルトを発売した。しかし、電池の組み立てや1.4Lエンジンの供給など、量産体制の確立に必要な諸条件が揃わずに当初は少数生産を余儀なくされている。しかしながら2011年中には本格量産、つまり採算ラインの年間5万台体制を整えるとしている。
ボルトの概要
ボディは4人乗りの5ドアハッチバックで、クーペスタイルであり、スポーティなキャラクターを備えている。またインテリアのメーターパネルなどはiPodに触発されたPC画面のようなグラフィックス、インターフェイスを備えており、なかなかに先進的だ。
駆動用の油冷式メインモーターは111kW(149ps)、368Nm。プリウスの駆動モーター(MG2)が60kWだから、その約2倍の出力だ。充電用の発電機/補助駆動モーターの出力は50kW。ボルトの電池パックはT字型で、288セル/300V。水冷&ウォーマー方式を採用。モーター駆動電圧は300〜400V。重量は198kg、電池容量は16kWh。外部からのプラグイン満充電までの所要時間は、120Vの場合で10〜12時間、240Vならば4時間とされる。
なお電池SOCの充放電はSOCが80%〜30%の範囲、ターゲットSOCは65%で制御される。ただしマウンテンモードではSOCは10%程度まで許容される。メーカー保証は8年または16万km。他車との電池容量の比較では、プリウスが1.3kWh(ニッケル水素電池)、プリウス・プラグインHV(リチウムイオン電池)は5.2kWh、EVの日産リーフが24kWh、三菱iMiEVが16kWhで、ボルトは三菱iMIEVと同等になっている。
GMは家庭用の電源で充電する使い方が効率的に優れているとして推奨している。エンジンはオペル系のECOテックシリーズである直列4気筒DOHCの1.4L(1398cc、73.4×82.6mm)で、可変吸気バルブタイミング付き。鋳鉄シリンダーのやや旧世代のエンジンであるが、84ps/4800rpmとボルト用に専用チューニングし、低回転で使用するように制御されるのが特徴だ。
ボルテックと呼ばれるパワートレインは、2モーターとエンジンを遊星ギヤで連結。また3個のクラッチを装備している。クラッチは遊星ギヤのリングギヤの断続、リングギヤ発電機用モーターの断続、そして3番目のクラッチはエンジンと発電モーターの断続を行う。
遊星ギヤの機能分担はプリウスの例では、サンギヤ=発電モーター、遊星ギヤキャリヤー=エンジン、リングギヤ=駆動用モーター/出力だが、ボルトの場合は、サンギヤ=駆動モーター、遊星ギヤキャリヤー=出力、リングギヤ=発電モーターとエンジンだ。そのためボルトは常にサンギヤ→遊星ギヤキャリヤーを通じてホイールに出力するシステムになっている。もちろん、プリウスとはクラッチの有無も大きな違いだ。
ボルトの駆動システムは原理的には通常時にはシリーズハイブリッド、高負荷走行時にはエンジンの駆動力も併用するシリーズパラレルハイブリッドであり、同時にプラグインハイブリッドとも言える多面的な顔を持っているのだ。
走行シーン別に分けると、(1)電池からの電力供給による1モーター走行、(2)約110km/h以上の高速走行では発電モーターとリングギヤが連結され、発電モーターがブースターとして駆動力を生み出す2モーター走行になる。(3)電池のSOCが低下(SOC30%)すると発電モーターとエンジンが連結され、エンジンは駆動用モーターと電池に電力を供給する。なお電池の充電は最低限レベルを維持する。(シリーズハイブリッド状態)。(4)高負荷走行状態で電池レベルが低下した場合は、2モーター+エンジンでの走行となる(シリーズパラレルハイブリッド状態)。ただしエンジンの駆動力は駆動モーターを介して出力される。
なお運転モードも3種類用意されている。ノーマル/スポーツ/マウンテンで、ノーマルは1モーター走行を優先し、電池のSOCが低下するとエンジンが始動し、充電を開始する。スポーツはスロットルレスポンスを高めるモードで、マウンテンはパワー重視モードとなる。
ボルトは、市街地走行がメインで夜間充電を励行していると、エンジンが始動しないためにガソリンは消費されない。このため、EVモードである程度走行すると自動的にメンテナンスモードが起動して、一時的にエンジンが始動するようになっている。ちなみのボルトの購入者で、これまでに一度もガソリン給油をしていない、つまり充電電力のみで走行を行っているユーザーもいるので、メンテナンスモードは必要なのだ。
ボルトの燃費はEPA(環境保護局)の測定で、EVモードでは40km/L、エンジン使用状態で15.6Km/L、トータルでの市街地郊外ミックスモードで25.6km/Lとなり、アメリカ市場でもプリウスを抜いて最も燃費の優れたクルマとなった。航続距離はEVモードで56km(EPA測定値)、エンジン併用モードでは610km。最高速は160km/hで、これはモーターのみで達成できる。
ボルトはE-REV、すなわちレンジエクステンダーEVとして市場に導入されたが、カテゴリー的にはハイブリッド車ではないかということで米国内で論争を引き起こした。実際、メカ的にはシリーズハイブリッド、シリーズパラレルハイブリッドを切り替えるプラグインハイブリッドと分類されるが、GMはあくまでもEVであると主張する。出力が駆動モーター経由に限定されているというのがその理由だ。確かにコンセプトそのものもEV性能をまず第一に考え、家庭での充電を推奨していることからもEVという思いは強いようだ。
ボルトの北米での価格は4万1000ドル。政府の7500ドルの減税控除が得られるので、購入者の負担は3万3500ドルと、日本円換算で300万円を切る。GMはきわめて戦略的な価格付けを行っているのだ。
文:編集部 松本晴比古