フィアットグループのFPT(フィアット・パワートレーン・テクノロジー社)が、世界的に見ても圧倒的に革新的なエンジンを開発した。それは、最初にアルファロメオ MiToに搭載され日本では2010年3月に発売された。その革新的エンジンを搭載したグレードは、スプリントとコンペティティオーネで、いずれもアルファTCT(ツインクラッチ)との組み合わせだ。
さらに7月からはよりースポーティで装備も充実したアルファロメオ MiTo クアドリフォリオヴェルデを追加発売した。ベースモデルは1.4Lターボで135psに対して、クアドリフォリオヴェルデは170psとパワーアップされ、リッター当たり出力は124ps/Lになっている。ただしこのモデルは6速MTのみの設定だ。
これらのベースになるエンジンは、直列4気筒16バルブ+ターボで、排気量は1368cc(72.0×84.0mm)圧縮比は9.8だ。このエンジンのチューニングにより135ps、170psがラインアップされ、今後はNAエンジンも追加されるようだ。
この革新的な新開発エンジンは「マルチエア」と名付けられ、アルファロメオでは今後、2010年末頃に発売されるジュリエッタにも搭載するだけでなく、フィアット・プント・エヴォ、ブラーヴォに予定され、さらにランチア・デルタにも順次採用されることになっている。
BMWのバルブトロニックを超える電子制御式油圧駆動システム
すでに発売されているアルファロメオMiToに搭載されたマルチエア・エンジンは、BMWのバルブトロニックを越えた制御を行っている。通常、ひとつの工程(ストローク)でバルブの開閉は一度しかできないが、マルチエアは2回開閉しているのだ。そして、マルチエア・エンジンという名称で、意味するものを理解するにはちょっと分かりにくいが、連続可変バルブタイミング&リフト+過給を意味している。もちろんベースにはダウンサイジングコンセプトがあり、先駆者であるフォルクスワーゲンは連続可変バルブタイミング+直噴+過給という仕組みであった。ともに、小排気量化+過給により燃費とパワーを引き出すことを狙ったエンジンである。
マルチエアの連続可変バルブタイミング&リフトは、吸気量を吸気バルブの可変リフト化とすることで吸気量を制御でき、その結果スロットルバルブが不要となる。この発想はBMWのバルブトロニックを先駆けとし、日本でも日産のVVELなどが登場しているが、いずれもモーターと機械的な可変構造を組み合わせたシステムになっている。
これに対して、マルチエア・エンジンは電子油圧制御により、吸気バルブの連続可変タイミング&リフトを実現したのだ。吸気バルブの開閉を油圧制御のみで行う、つまり機械的な要素を持たないため、バルブタイミングとリフト量には大きな自由度が与えられるという点できわめて革新的であり、システムとしてBMWのバルブトロニックを上まわっていると断言できる。マルチエア・エンジンはこの新機構とダウンサイジングコンセプトを組み合わせることで、高いパフォーマンスを実現したのだ。
もともとアルファロメオは、ねじりギヤ式の連続可変バルブタイミング機構を世界に先駆けて開発するなど、バルブ可変技術の研究に関しては世界でもトップレベルにあった。とりわけここ10年間は、コモンレール方式の高圧直噴技術が開発されたことで、乗用車用ディーゼルエンジンは飛躍的な進歩を遂げている。しかし、フィアットグループは、ガソリンエンジンの分野で競争力を高めるため、同様な手法で画期的な技術革新を目指してきたのだ。
従来型のガソリンエンジンは、燃焼室へ供給する空気量は、吸気バルブのリフト量やスロットル開度、そしてマニホールドなど上流側の気圧(ブースト)に左右されるものだった。このようなメカニカル制御の空気供給方法では、吸気マニホールド内の気圧が大気圧よりも低いため、ポンピングロスは避けられず、これは約10%のエネルギーロスを生じるという欠点があった。そこで、ガソリンエンジンの供給空気量のコントロールをイノベーションとするには、吸気バルブで直接空気量を制御する方法が必要であった。その後、前述のバルブトロニックやVVELなどが生まれ、スロットルバルブは不要となりポンピングロスを生じないエンジンが誕生してきたのだ。
マルチエア・エンジンの開発当初は、電子制御式のマグネチック・アクチュエーター(磁気駆動機構)の利用が着目され、上下両側に設置した電磁石で生じる磁力を交互に切り換えることで、アーマチュア(対応する磁性体)を取り付けたバルブを開閉する仕組みが考案された。この電磁バルブ駆動システムは、バルブ開閉において優れた応答性を持っていることがわかり、世界中のメーカーが開発に挑戦していった歴史もある。しかし、その優れた性能の反面、故障時に起こるバックアップなどフェイルセーフの点で不安が残ることや、エネルギー効率が低いことから約10年の歳月が費やされたにもかかわらず実用化はされなかった。
その結果、BMWを筆頭によりシンプルで信頼性が高く、すでに広く普及している電子制御式メカニズムに基づいた可変バルブタイミング機構の採用に、各社方針転換していった。そして、カムシャフトの位相制御機構に組み合わせたバルブのリフト量や開閉タイミングの制御も機械的に実現されていったのだ。
しかし、そのBMWのバルブトロニック・システムなどの宿命的な限界は、バルブ開閉タイミングについての自由度や応答性が低いことだ。たとえば全シリンダーが一括制御されてしまうことから、特定のシリンダーに対して個別に制御はできない。また機構的に複雑で部品点数も多くなる、という問題がある。
ところが、1990年代半ばに、フィアットの研究開発チームはコモンレール式ディーゼルエンジンの開発中に得たノウハウから、電子制御式油圧駆動メカニズムの開発を試行したのだ。各社が電磁式バルブ駆動から電子制御の機械式バルブ駆動へと方向転換していく中、フィアットでは油圧制御へと未だかつてない新機構にトライしたのだ。そして、開発のゴールは各シリンダーごとに制御でき、さらに吸気や圧縮、燃焼、排気の工程ごとにも供給空気量を調節するためのバルブ開閉制御を狙ったのだ。フィアットが開発した電子制御油圧駆動式可変バルブ開閉メカニズムは、シンプルで、駆動エネルギー要求量が低く、本質的にフェイルセーフ機能を備え、量産にあたっても比較的低コストな可能性を持っていることから開発ターゲットとされ完成したのだ。
マルチエアの作動原理
最大の特徴は吸気カムシャフトがなく、その働きを油圧によってバルブ開閉を行っている点にある。その実際だが、排気バルブ用のカムシャフトに吸気用のカム山があるが、単に油圧の圧力を上げるためのカムであり、実際のバルブ開閉は、ソレノイドバルブによって行われている。排気カムにある吸気カムによって駆動された油圧ポンプで発生した油圧が、蓄圧チャンバー内のオイルを介して吸気バルブを作動させる。このチャンバー内の油圧制御はノーマルオープン型ソレノイドバルブのON/OFFで行い、この開閉作動により油圧を保持したり開放を行っている。
ソレノイドバルブが閉じている時は、油圧チャンバー内に満たされているオイルが固体のように作用するので、吸気バルブの開閉タイミングは吸気用カムのプロファイル(カム山特性)に直接連動する。一方、ソレノイドバルブが開くと内部のオイルが油圧チャンバーから流れ出すので、吸気バルブの結合が解除される。その結果、吸気バルブは吸気カムとは連動せず、バルブスプリングの作用により吸気バルブが閉じられる。また、エンジンの作動状態にかかわらず吸気バルブが閉じるときの最終段階では、ハイドロリックブレーキ(Hydraulic brake)と呼ばれるプランジャー部の油圧抵抗が作用することで、バルブシートに対して衝撃を与えないようソフトで着実にバルブが閉じる。これらの仕組みにより、油圧チャンバーに備えたソレノイドバルブの開閉時間を制御することで、吸気バルブの最適な開閉タイミングを広範囲に制御することが可能になっているのだ。
吸気バルブの作動状況
最高出力時には、ソレノイドバルブを常に閉じ、吸気バルブが最も大きく開くように吸気カムと直結状態を形成している。そうすることで、吸気バルブを長く開けることができ、高回転域での最高出力発揮に特化することになる。一方、低回転域で出力・トルクを向上するためには、カムプロファイル(カム山)の終わり付近でソレノイドバルブを開けて油圧を逃がし、吸気バルブとの連結を解除することで、吸気バルブを早く閉じる。その結果、混合気の吸気マニホールドへの逆流を防ぎ、シリンダーへの供給空気量を最大にすることができる。
部分負荷の状況では、ソレノイドバルブを早めに開けることで、要求されたトルク量に見合うだけの空気量を供給するよう吸気バルブの開度を制限する。また、吸気カムが作用を始めた後、タイミングを遅らせてソレノイドバルブを閉じることで吸気バルブを少しだけ開けることができる。その結果、シリンダーへ吸気流速が速くなることから、シリンダー内渦流を効果的に発生させ、燃焼速度を高める効果もあるのだ。また1回の吸気行程(ストローク)中に、これら2つのモードを組み合わせることができ、きわめて低い回転域でも、また負荷が低い状況であっても、渦流形成と燃焼速度を向上させることができ、これはマルチリフトモード名付けられている。
マルチエアの効果
1. 最高出力優先型の吸気カムプロファイルを採用すると、最高出力を約10%向上。
2. 吸気バルブを早く閉めることでシリンダーへの充填効率を高める結果、低回転域でのトルクを約15%向上。
3. 同じ排気量であれば自然吸気やターボチャージ式エンジンにかかわらず、ポンピングロスを削減することで、燃料消費量とCO2排出量を約10%低減。
4. 同等の動力性能を維持しながらも、ダウンサイジングとマルチエア・テクノロジーを採用することで、従来型自然吸気式エンジンに比べ、約25%の燃料消費量を低減する。
5. 暖気中のバルブ開閉タイミングの最適化や内部EGR効果、排気行程中に吸気バルブを再び開ける効果により、エミッションレベルを大幅に改善。HCとCOを最大約40%、NOxは約60%低減。
6. 自然吸気式エンジンでは、吸気バルブの上流側で常に大気圧並みの気圧を保ち、ターボチャージ式エンジンではより高めの気圧を維持できる。さらに、シリンダーごと、ストロークごとに、より速い吸気流速を維持することで、卓越したエンジンのダイナミックレスポンスを提供。
7. 従来のDOHCエンジンよりもカムシャフトが1本少ない分だけカム駆動抵抗が減少し、燃費向上に貢献。
この革新的なマルチエア・エンジンは1.4Lの16バルブからスタートし、自然吸気式とターボを設定する。次の段階では、新型スモールガソリンエンジン(SGE:排気量900cc/2気筒)を開発する。このエンジンのシリンダーヘッドは、最初からマルチエア・テクノロジーのアクチュエーターを組み込むことを前提にした最適設計とされている。この2気筒エンジンでも自然吸気式とターボを設定。そして、ターボエンジンには、ガソリンとCNG(天然ガス)という2つの燃料に対応した専用のバイフューエルバージョンを用意する予定だ。この2気筒ターボエンジンは、ダウンサイジング効果のためディーゼルエンジンに匹敵するCO2排出量を達成するという。さらに、天然ガスを燃料にした仕様では80g/km以下のCO2排出量が達成できるという。
なお、マルチエア・テクノロジーは汎用性に優れ、あらゆるガソリンエンジンに容易に適用できるほか、将来的にはディーゼルエンジンへの対応も可能という。今後の開発プロセスは、まず直噴化で、これによりエンジンの過渡特性と燃費をさらに向上できる。またバルブの開閉もさらに多段式開閉モードを行うことで燃焼改善を実現する。ディーゼルでは排気工程で吸気バルブを開けることで内部EGR量を拡大でき大きなNOX低減効果が得られることがメリットである。
このマルチエアを初めて採用したFPT 1.4Lターボエンジンは、2010年のエンジン オブザイヤー賞(ベストニューエンジンオブザイヤー部門)を受賞している。
このマルチエアは、最新のダウンサイジングコンセプトを牽引する興味深いエンジン技術であり、大いに評価できると思う。
文:編集部 松本晴比古
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