世界的サプライヤーであるボッシュが、古くて新しいエンジン技術である、水噴射を使ったウオーターインジェクションを開発した。今後、注目しておきたい新技術だ。
■第2次世界大戦のテクノロジー
この技術を使ったエンジンは、2015年の東京モーターショーでワールドプレミアされ、2016年4月に世界限定700台、日本では30台の限定販売モデルとして発売されたBMW M4 GTSは3.0L・直6ターボエンジンだ。500ps/600Nmを発生するBMW M社のスペシャルチューンド・エンジンを搭載している。
このエンジンに採用されているのが、ウィーターインジェクション、つまり水噴射システムだ。周知のようにがガソリンエンジンに水噴射システムが採用され、流行したのは第2次世界大戦時の戦闘機用エンジンだ。
ドイツのダイムラー・ベンツ液冷倒立12気筒エンジン・DB605型、BMWの空冷星型14気筒エンジン・BMW801、日本では三菱・火星14気筒エンジン、中島・誉18気筒エンジンなど、より高出力を狙ったエンジンは軒並み水噴射(高空で水が凍結しないように水エタノール混合液を使用)していた。
その理由は、イギリス、アメリカに比べドイツや日本はガソリンのオクタン価が低かったため、ノッキングを遅らせ、点火時期を進めることで出力を確保すると同時に、水蒸気の気化熱により燃焼室の過熱を防止することであった。なお、戦後も一時はジェットエンジンのタービンのフィンを冷却するためにも水噴射が使用された例がある。
■ボッシュの水噴射システム
BMW M4 GTSに採用されたことからも分かるように、ボッシュはまずは高出力用ターボエンジンのためにシステムを開発した。ターボエンジン、自然吸気エンジンでも高出力エンジンは、高負荷域では燃焼圧、燃焼温度が高くなり、しかも燃焼ガスの流動が激しくなる。低速では空気の層で守られている燃焼室表面、点火プラグ、バルブなどが、高負荷では温度がどんどん高くなり、金属が溶ける、破損する危険が生じるのだ。
そのため、通称「燃料冷却」という方法が採用される。高回転・高負荷域では出力を得るのに必要なガソリンより多めに燃料を噴射することで、ガソリンの気化熱を使用して冷却するわけだがもちろん過剰な燃料の分だけ燃費は悪くなる。
ボッシュは、このガソリンによる燃焼室冷却を水で行なう水噴射システムを発表したわけだ。このシステムは、急加速する時や高負荷時に水を加えて噴射することで、燃費を最大13%向上させることができるという。
ガソリンによる冷却を行なっているときは、ターボエンジンでは空燃比は10~8程度となるので、空燃比をパワー空燃比13のままで水噴射で冷却すれば、このゾーンでの燃費向上代は10%以上になることは間違いないだろう。なお世界統一燃費試験サイクル、つまり日常的な運転モードでは約4~5%の燃費向上になると予想されている。
ボッシュは、水噴射を過給エンジンと組み合わせると、内燃機関の可能性がさらに広がるとしている。この技術を採用すれば、特に3気筒、4気筒のダウンサイジングエンジン、つまり平均的なミドルサイズの車両のエンジンで燃費を向上することが可能になるという。
もちろん燃費の向上だけではなく、燃焼室温度を低下させることでノッキングも限界値を高めることができるので、従来より点火タイミングを進角でき、結果的にトルク、パワーも向上する。
ボッシュの水噴射システムは、高負荷時になるとインテーク・マニホールドに噴射し、吸気流として燃焼室に送り込み、燃料が着火する前に吸気温度、燃焼室温度を下げることができる。
水の気化熱が高ため、この水噴射システムに必要な水の量は非常に少なく、100km走行毎に必要となる水はわずか数100ccだという。そのためウォータータンクのサイズをコンパクトに抑えることができ、この噴射システムへの蒸留水の補充は3000km毎といったレベルで、当然ながら蒸留水の価格も安い。またウォータータンクの水がなくなった場合は、その分だけ燃費やパワーはロスするが、エンジン運転は従来通りに行なわれる。
このように水噴射システムは古くて新しいシステムで、システムのコスト、ランニングコストのいずれも低く、ごく普通のクルマにも搭載可能だ。さらに燃費、パワーに対する寄与率も大きいので、今後注目してよいテクノロジーだろう。