ベントレー伝説の「ブロアー」
戦前のベントレーの象徴的なレーシングカーとして、挙げられるのは「4 1/2リッター バーキンブロアー 1929」だろう。4 1/2リッターエンジンにスーパーチャージャーを装備したこのレーシングモデルは、過給により175hpを発揮した。このブロアーモデルはレース用として5台製造され、さらに当時のレース規定を満たすため、公道走行用の「ブロワーベントレー」が50台生産されている。
1930年のル・マン24時間レースで、この「4 1/2リッター ブロアー」のステアリングを握ったヘンリー・バーキン卿は、メルセデス・ベンツのドライバー、ルドルフ カラツィオラと伝説となる戦いを繰り広げた。ベントレーは、このレースのためにスーパーチャージャーを搭載する3台のスピードシックスでベントレー・チームを編成していた。
バーキンとカラツィオラは、最初から互角の戦いを演じた。結局どちらのマシンも完走することができず、最終的にレースはベントレー スピードシックスが勝利を収めている。
ブロワーにとって最高の場面は、フランスのポーで行なわれた1930年のフランスグランプリで、より車重の軽いブガッティが多く参戦する中、車重2トンもあるベントレーは2位となり、表彰台に上がっている。ブロワーは、現在でもグランプリを走った最も重いレーシングマシンだといわれている。
その後、ベントレーは世界恐慌の影響を受け、ベントレーは経営不振に陥り、1931年に高級リムジンメーカーのロールスロイスに買収される。
ベントレーモーターズはロールスロイスに買収されたため、W.O.は1935年にラゴンダへ移籍し、その年のル・マン24時間レースで勝利を勝ち取っている。一方で、アストンマーティンのディビッド ブラウンはW.O.の才能を見込み、ラゴンダごと買収した。そののち、W.OはアストンマーティンDBシリーズの直列6気筒エンジンを設計している。
分散化したロールスロイス
ロールスロイスとベントレーは、同一のプラットフォーム、エンジン、ボディとなり、2ブランドを展開していた。ロールスロイスはフォーマルカー、ベントレーは高級パーソナル&スポーティカーというブランドポジショニングになった。
そして1971年、親会社のロールスロイス社(Rolls-Royce Limited )は倒産し、イギリス政府の国有企業となった。1973年、航空機エンジン以外のロールスロイス モーターカーズとベントレーの自動車部門は分離され、重機械メーカーのヴィッカース社に売却された。だがヴィッカースは自動車事業を重視せず、1992年にBMWと提携した。
1998年、ヴィッカースはロールスロイスとベントレーを売却することを決定した。当初はBMWグループと交渉し売却するはずであったが、フォルクスワーゲン グループがより高額のオファーを行ない、ロールスロイスとベントレーはフォルクスワーゲン グループの手中に収められたのだ。
しかしヴィッカースから買収を試みたBMWとの間で紛争が生じた。航空機用エンジンメーカーであるロールスロイス ホールディングスは、ロールスロイスのブランドや企業ロゴマークなどの権利は保有していたので話は複雑化した。その当時、ドイツに航空機エンジンの合弁会社BMWロールスロイス社を設立するなど、BMWと協業していた航空機エンジン部門のロールスロイス ホールディングスは、フォルクスワーゲンではなくBMWにブランドや企業ロゴマークの権利を譲渡することを決定している。
その結果、ロールスロイスの本社や工場、固定資産、そしてロールスロイスの企業マスコットであるスピリット オブ エクスタシー、縦格子の入ったフロントグリルのデザインなどロールスロイスのブランドやロゴマークを使用できるのはBMWということになった。一方で、ベントレーブランドはフォルクスワーゲンが所有するという奇妙な状況で、このままでは両社ともにロールスロイス車を生産、販売することができない状態ことになる。
BMW製ロールスロイス
そこでフォルクスワーゲンとBMWは協議し合意することになる。その内容は、1998年から2002年まで、BMWはフォルクスワーゲンによるロールスロイス ブランドの使用を認め、BMW製エンジンの供給を行なう。そして2003年1月1日からはロールスロイスを生産・販売する権利はBMWに移行するという結論になった。
そのため2003年1月にBMWは、ロールスロイス モーターカーズ社をイギリス南部のウェスト サセックス州グッドウッドに設立した。新生ロールスロイスの誕生である。一方、旧ロールスロイス モータースが有していた生産設備、従業員、知的財産などの一切はフォルクスワーゲンが所有し、2003年に設立した現在のロールスロイス モーターカーズは、ブランドと意匠こそロールスロイスの伝統を受け継いでいるが、BMWによる全く新しい自動車メーカーということになるのだ。
逆に言えば、現在のベントレーは、かつてのロールスロイスの本社屋や、多くの職人を含む従業員を受け継いだ企業ということができる。そして最高級コーチビルダーの「マリナー」も現在ではベントレーの特別注文部門「ベントレーマリナー」として存在している。