【WEC 2013】アウディの「R18 e-tron quattro」に見るテクノロジー

アウディ R18 e-tron クワトロの断面図。乗車ポジションは横G、縦Gに対して最も快適な姿勢。

アウディ・モータースポーツの責任者、ウルフガング・ウルリッヒ博士は、「ル・マン用プロトタイプ・レーシングカーで採り入れた軽量化技術やアイデアは、市販乗用車の開発にも大きな影響を与える可能性が大きいと考えています」と語っている。アウディのモータースポーツは乗用車の開発のための技術の研鑽のステージと位置付け、年々新たなテクノロジーを投入している。

2013年仕様のアウディ R18 e-tronクワトロ

アウディはル・マン用マシンの開発に1999年以来、15年間にわたって関わってきた。1999年にル・マン用のR8Rを開発する時点から軽量化技術は大きなテーマになっており、CFRP(カーボン)がその主役となった。「この15年間で軽量化の技術は大きな進歩を遂げ、より軽く、より強靭に、より安全になりました。エンジニアにとって他のカテゴリーのモータースポーツより、ル・マン用マシンを開発するには遥かに大きな創造力が求められます。そして、ル・マン用マシンの開発を通じて得られた技術や材料のノウハウは、今後の市販乗用車に大きな影響を与えるポテンシャルを持っているといえます。クルマを軽量化するということは、今後の我々のモータースポーツ、市販車にとってキーテクノロジーなのです」(W.ウルリッヒ)

2013年型R18 e-tronクワトロ(手前)とR8(2000年型)

アウディは1999年型のR8Rでシャシーの中央部のモノコックとフロントセクションにカーボン材を採用し、リヤに搭載されるエンジンはセンターセクションにダイレクトマウントされる構造とした。カーボン製のモノコックはサスペンションから入力される、曲げ、ねじれ、そしてクラッシュの際の衝撃吸収の役割を果たす役目も持っている。

アウディR8R(1999年)、R8 (2000年〜2005年)、R10 TDI (2006年〜2008年)、R15 TDI (2009年〜2010年)は、上面が開断面のオープンタイプのモノコックを採用していたが、2012年のR18からはクローズドセル・タイプのモノコックに変更している。安全性の向上と軽量化のためにはワンピース構造のクローズドセル式モノコックは必然的な進化であったのだ。そして、他チームのクローズドセル式モノコックは数個のパーツを組み合わせる方式を採用しているが、アウディは完全なワンピース構造にしているのが特徴だ。

R18 e-tronクワトロの1ピース型カーボン・モノコックセル

1999年のオープンタイプのカーボン・モノコックと現在のクローズドタイプのカーボン・モノコックでは、現在の方がカーボン材料に使用量は多いにもかかわらず、モノコックそのものの重量は半減され、ねじり剛性は大幅に向上している。カーボン・モノコックと乗用車用のスチールモノコックのねじり剛性を同等にした場合、重量比較ではカーボン・モノコックはわずか1/4の重量で同じ剛性を作り出せるのだ。

カーボン・モノコックのねじり剛性、曲げ剛性が十分に高ければ、ボルトで直結されるエンジン、トランスミッションの剛性も十分に発揮される。アウディR18のエンジンやミッションはダイレクトにサスペンションの動きを受け止めるため、エンジン本体やミッション本体にも剛性が要求される。そのため、現在搭載されている120度V6型TDIエンジンは、メインベアリング下面のクランクケースはラダーフレーム形状とし剛性を確保。つまりシリンダーブロック上部と下部のラダーフレーム形状により、エンジン自体の剛性が大幅に高められているのだ。その結果モノコックセルとエンジンは同等の剛性に仕上げられている。

この着想はエンジンの後方にボルト止めされるトランスミッションケースも同様で2012年モデル以来、トランスミッションケースとリヤ・サスペンション取り付け部を一体化させている。また、そのトランスミッションケースはカーボン製としている。ただし、モノコック部からトランスミッション部を支えるために軽量なステーも併用し、リヤエンドまでの剛性を確保している。

120度V6 TDIエンジン。左はオイルタンク
ツインエントリー式可変ジオメトリーターボ

 

TDIエンジンは同等のレイアウトのガソリンエンジンと比べ2%程度重い。また2012年シーズンからR18はフロントにモーターを配置したハイブリッドシステムを採用し、その分だけ重量は増加しているが、それでも規定重量の915kgより軽く仕上げられているので、規定重量に合わせるためにバラストを積み、セッティングの微調整ができる余地がある。1999年のガソリンエンジンを搭載したR8Rは900kgでバラストは使用していなかった。

カーボン製トランスミッションケース。金属部はチタン製

現在ではわずかな軽量化も徹底追及され、R10 TDIの時代からカーボン製アクセルペダルが採用され、アルミ製のそれより数100g軽量となり、また、R15 TDIの時代からは鉛バッテリーの代わりにリチウムイオン・バッテリーを採用し7kgの軽量化に成功している。こうした細部にわたる軽量化の追求は留まることがない。

フィンがないマイクロチューブ式ラジエーター

軽量化コンセプト以外では、R18 e-tron quattroは軽量で冷却効率に優れ、空気抵抗が小さいマイクロチューブ式のラジエーターを新採用していることも注目される。このマイクロチューブ式ラジエーターは1万1000本の細いチューブで構成されたラジエーターで、フィンが存在しないので25%以上の通気抵抗を削減できたという。

ハイブリッドシステムのレイアウト

ハイブリッドシステムは、フロントに2モーターを配置し出力は2012年の75kW×2から2013年仕様では80kW×2にアップされている。ただし、アウディは4WDシステムのため、モーターによるアシストは120km/h以上でないと作動できない規則となっている。減速エネルギーを瞬時に蓄え、加速時にエンジンをアシストするモーターに電力を供給するのはフライホイール式ジェネレーターだ。

3個の液晶ディスプレイを使用するコクピット
R8Rのステアリング(左)と現在のステアリング

 

パワーステアリングは電動機械式。またコックピット周囲にバックミラーは装着せず、リヤビューカメラによる映像がコックピットのカラーモニターに表示される仕組みになっている。さらに2013年仕様では、斜め前方の視界を向上させるためにフロントに2個のカメラを装備し、その映像がコックピット左右のモニターに表示できるようになっている。したがってドライバーは3個のディスプレイの映像で視界を確保しているのだ。

ル・マン24時間レースを始め、耐久レースを戦うプロトタイプ・レーシングカーは、単なる速さだけでなく、耐久性、安定性、ドライバーの快適性などまさに乗用車のような総合力が求められているのだ。

ルマンのコース上でのギヤ段数と速度
コースでのブレーキ(赤)、回生(黄)、加速アシスト(緑)地点

 

Audi R18 e-tron quattro諸元表

 

FIA WEC公式サイト
アウディ公式サイト

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