前のレポートでは「BMW i8」の基本コンセプトやハードウェアの概要について述べた。興味深いのはミッドシップに積まれたエンジンだ。1.5L・3気筒はBMWが誇るシルキー6(直列6気筒)を半分にチョップしたエンジンなので、回転が上がる時のエンジン音4気筒よりも6気筒に似ているというのがBMWの主張だった。しかも、大きなタービンは最大で2barととても高い過給圧をかけている。
80年代のF1は1.5Lで1500馬力を絞りだしていたことを思い出す。このエンジンがどんな役割を果たすのか、とても愉しみであった。そして、もう一つの興味は前後重量配分(50対50)よりも460mmという低い重心高だ。ポルシェGT3がそのくらいの低さなので車高はGT3よりも高いが、この低重心がどんなハンドリングを可能としているのか。ここも見逃せないポイントだ。
◆シルキーな3気筒とガルウイング
それではさっそくテストドライブをレポートしよう。カーボン製のガルウイングドアは片手で軽く開けることができるし、コックピットに座りすこし背を伸ばせば閉めることができる。実用性は悪くないがそれ以上にカルウイングドアから乗り込む自分がカッコ良い、とニヤリ。
「BMW i8」はプラグインハイブリッドなので「Ready to Go」のグリーンランプが点灯してもエンジンは始動しない。5kWhの容量を持つリチウムイオンバッテリーが床下に搭載されているから、100km/hくらいまでならEV走行が可能だ。重量は1.5トンだがプラグインハイブリッドとしては軽いほうだ。さらに空気抵抗=Cd値は0.26と小さいのでEVの航続距離は35Kmを楽に超えられる。最高速度も120km/hまで可能だ。
キャビンは決して広くないが2+2のパッケージなので我慢すれば4人乗ることができる。ポルシェ911カレラよりも後席は広そうだ。
発進はフロントのモーターだけで走り始めるので、この領域は前輪駆動だ。しかし、よくできた電動パワーステアリングのおかげで、トルクステアはほとんど感じない。靜かでトルクフルに走り出す。スロットルを床まで深く踏みこむとミッドに搭載された1.5L・3気筒ターボが目を覚ます。その瞬間は4輪駆動となるから、高速性能は安定する。高速はエンジンだけで走る場合もあるが、この時は後輪駆動のミッドシップとなるのだ。
エンジンは「シルキー6」を二つにチョップした3気筒だから一般的な3気筒とは異なり、このエンジンも「シルキー3」なのであるとBMWは言いたいはずだ。そのためには振動を少なくし、気持ちよいエンジン音を作る必要がある。マッサージチェアに座っているようなブルブルした振動ではプレミアムブランドに相応しくないからだ。
BMW「i8」に搭載される1,5L・3気筒は特別にチューニングされたエンジンが搭載されているが、このベースとなる1.5L・3気筒は今後BMWのコンパクトクラスの主力エンジンとなることが決まっている。
BMWのエンジン戦略についてすこし説明を加えると、まずガソリンでもディーゼルでもシリンダー当たり500ccというモジュール化を進めているので、1.5Lクラスは3気筒となる。ガソリンエンジンのスペックは177ps/270Nmというデータも入手できた。同じような排気量ではフォルクスワーゲンやアウディの1.4L・4気筒のTSIエンジン(直噴ターボ)が定番となっており、さらに燃費を向上させるために、気筒休止技術が実用化されている。低負荷では2気筒で燃焼することで、ポンプロスが低減できるので効率が高まる。しかし、BMWの3気筒は気筒数が少ないのでフリクションは4気筒よりも少ない。
つまり、全域で効率が高まるのでVWグループのTSI+気筒休止よりも実用燃費では有利かもしれない。振動面ではバランサーシャフトがクランクケースの下側に配置されており、クランクシャフトに発生する振動を打ち消している。エンジン音に関しても、従来からある3気筒とは異なる高音のエキゾーストが愉しめるらしい。
◆爆発的な加速と吸い付く走り
「BMW i8」に搭載される1.5Lは特別にチューンニングされ、最大過給2barで過給する。例えばポルシェ911シリーズの頂点に君臨するGT2 RSの過給圧が1.6bar。フェラーリF40でも1.4barなので、とてつもない高過給圧のターボエンジンだ。その結果エンジンだけも228ps/320Nmのパワーとトルクを発揮する。ノーマルの1.5L・3気筒ターボが177ps/270Nmであることを考えると 「BMW i8」用のエンジンは驚くべきスペックを誇っていることがわかる。しかもフロントアクスルに配置されたモーターと合わせると、システム全体では356ps/570Nmのパフォーマンスだ。1.5トンのAWDで356ps/570Nmのパフォーマンスなら、ポルシェターボやGTRなみの加速力が想像できる。
気になっていたのがターボのタイムラグだ。昔乗っていたグループAのフォード シエラ・コスワースは予選ブースト1.8barで走ると3000rpm以下はタクシー並の遅さだ。タイムラグが大きいので、いきなりパワーが目覚める。まるでお腹を空かせた猛獣のようだった。だが「BMW i8」はなるほどと思う工夫が凝らされていた。実はハイブリッドだから、タイムラグの時間はモーターの駆動力でカバーできるからそんな心配は無用であった。
100km/h以下で走っていると「モーター」か、あるいは「モーター+エンジン」の組み合わせで走れる。200km/h近いスピードではモーターは停止し、エンジンだけで走るが、回生ブレーキはしっかりと機能するので、電気をバッテリーに蓄えることができる。
ハンドリングは絶品だった。重心が低く、トレッドが広いので、まるで路面に吸い付くように走る。エンジンが始動すると肉食系スポーツカーに変身するが、モーターで走っているときは草食系の善良なGTカーだ。
「BMW i8」のチーフエンジニアは「カメラや家電業界の変化は速い。古いビジネスモデルが消滅し新しい価値が登場している。自動車産業もどこかで新しい価値観にチャレンジしないといけない」と話してくれた。快適性とダイナミクスがこれほど高い次元で両立しているスポーツカーは他にないかもしれない。限られたテストコースでのプロトタイプのテストドライブであったが、「BMW i8」は間違いなく新しいGTカーなのだと思った。