今から10年前にiPhoneで有名なアップル社は宿敵の敵陣に乗りこむかのごとく、windows用にMACの優れたソフトであるiTunesをリリースした。その決断が10年後のiPhoneブームに発展したのである。このような出来事を社会学では「バタフライ効果」と呼んでいる。「蝶の羽ばたきが地球の裏側では津波を引き起こす」というカオス理論の一つだ。
同じようなことが自動車の世界でも起きている。バイエルンのエンジンメーカーとして世界的なプレミアムメーカーのBMWは本気で電気自動車を開発している。その先陣を切るBMWi3(電気自動車)のワークショップに参加したとき、私は真っ先にアップル社のことを思いだした。
もともとがパソコンメーカーであったアップル社はiPodからiPhoneを開発し、パソコンメーカーから脱却してしまった。BMWも同じようにエンジンだけでは満足せず、電気にも興味を示している。その証は独自で開発する新しい「i」シリーズを専用工場まで造り、量産する決意を示したのである。数年後いや10年かかるかもしれないが、BMWの「i」シリーズはバタフライ効果のように、大ブレークするかもしれないのだ。
「BMW i8」のプロトタイプにBMWの南フランスにあるテストコースで試乗することができた。が、そのインプレッションをレポートする前にBMWの「i」シリーズのコンセプトから話しを進める。「駆け抜ける歓び」を社是とするBMWはエコ時代とはもっとも遠いブランドのように思える。その理由はBMWの社名そのものがエンジンメーカーに由来しているからだ。しかしエンジンを得意とするメーカーだからこそ、エンジンの弱点を知っており、その進化に努力を惜しまない。
90年代にコモンレールのディーゼル車に人気が集まるとすぐにオーストリーのシュタイヤープフ社と共同でディーゼル車の開発に着手し、気持ちよく回るBMWらしいディーゼルエンジンを実用化した。現在はディーゼルだけでなく得意とするガソリンエンジンも進化させている。2000年に登場したバブルトロニック技術はいまでも世界中の自動車メーカーが同様の技術を実用化している。
ハイブリッドに関してもどこのドイツメーカーよりも積極的だ。すでに3、5、7シリーズでハイブリッドを実用化している。ところが、日本車のようにB、Cセグメントのコンパクトカーをハイブリッド化し、燃費のチャンピオンカーを作るようなことはしない。むしろハイブリッドはプレミアムな自動車技術として捉え、3シリーズでは6気筒ツインターボと組み合わせたことで肉食系ハイブリッドを実現している。「駆け抜ける歓び」は当然ハイブリッドでも継承している。
BMWのハイブリッド化は2007年頃から始まった。最初はGMとメルセデスのハイブリッド・アライアンスに参加し、同システムを購入していた。GM製の2モーターのフルハイブリッドはトルクが大きくSUVに適している。こうしてBMWX6ハイブリッドが完成したが、その一方で乗用車のシングルモーター・ハイブリッドをメルセデスから購入したこともあった。お試し的に味わったハイブリッドだったが、内燃エンジンの苦手な領域をカバーすることで、ますますハイブリッド技術に惹かれていったのではないだろうか。私はそう推測する。
◆クルマ造りの根本を変える発想
BMWはハイブリッドとは異なるアプローチで電気自動車にも注力している。自動車の一つの可能性として、エンジンメーカーであってもEVは否定できないと考えている。しかし、単発で電気自動車を開発するのではなく、生産技術も考慮した挑戦的で大胆な「eモビリティ」構想を打ち立てたのだ。
それが新しい「i」シリーズなのである。エンジンを極限までチューンングする「M」シリーズとはまったく異なる新しい自動車を切り拓くのがBMWの未来図だ。「i」シリーズのトップバッターは「i3」であるが、このモデルはいわゆる電気自動車であるが、航続距離を求めるユーザーにはオプションで小さなエンジンを搭載することも可能なのだ。充電できない場所ではエンジンで発電して凌ぐことができる。これは一般的には「レンジエクステンダー」と呼ばれるEVの一つの派生車種なのである。日本に導入される「i3」は日本独自の急速充電システムの「チャデモ」を装備する計画である。
そしてもう一つの重要な技術は「i」シリーズにはアルミフレームとCFRP(炭素繊維強化プラスティック)パネルで車体全体が設計されていることだ。さらに、生産時のCO2負荷を考慮するLCA(ライフサイクルアセスメント)でも新しい試みが実戦されている。そんなことが可能なのか?
そのために製造時に消費する電力を再生可能なエネルギーで賄うことで可能となる。一本が0.007ミリの炭素繊維は日本の三菱レーヨンから供給され、アメリカの合弁会社でCFRPが生産される。その時の工場の主な電力は水力発電で賄われる。そしてCFRPは最終的なアッセンブルラインがあるドイツのライプツイッヒの最新工場に送られ、自動化されたラインで量産される。ここでは風力と太陽光発電を主電力にしている。電気自動車の電力はどのように作られるかは国のエネルギー事情によって異なるが、BMWの「i」シリーズは生産工程から限りなくクリーンな再生可能エネルギーを使うのだ。
エンジンを得意とするBMWだが、未来を見据えた考え、脱化石燃料という重大なテーマに取り組んでいるのである。BMW流の持続可能なモビリティが「i」シリーズなのである。
ところで誤解されやすいが、航空機の胴体や翼、スーパーカーやF1で使うカーボンは、従来はプリプレグ・オートクレーブ製法であったが、BMWiシリーズのCFRPはこの製法とは異なり、量産性を前提にした新製造になっているのだ。従来のプリプレグ・オートクレーブ製法はドライカーボンと呼ばれ、樹脂を染込ませた炭素繊維を型に貼り込み、オートクレープ(高温高圧釜)で焼き上げる方法だ。これは樹脂分が取り除かれるから、軽くて強度も高い。デメリットはコストが高く製造時間が長いことだ。
一方、iシリーズが採用する新しいCFRPは、炭素繊維に樹脂を染み込ませ金型で形成する製法だ。この新しい製造法にはRTM(レジントランスファーモールディング)製法、SMC(シートモールディングコンパウンド)製法、PCM(プリプレグコンプレッションモールディング)製法があり、製造工程が短いのでコストは安く済むが生産設備を整える必要がある。このうちBMWはRTMとPCM製法を採用している。カーボンボディは衝突安全などが気になるが、肝心な部分はアルミの押し出し材で基本ボディは設計されている。
i3のバッテリーは床下に搭載し衝突エネルギーから守られているし、重心が低いので走りは非常にスポーティだ。電気自動車「i3」は1200Kgという軽さである。アルミとCFRPのコンポジットボディは「i」シリーズに共通した構造である。i3の次ぎに登場するプラグイン・ハイブリッドのi8でも3気筒エンジンと大きなモーターを搭載するものの、その車輌重量はわずか1.5トンに収まっている。次回は「BMW i8」について詳しくレポートすることにしよう。
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