繁浩太郎(しげこうたろう)元・ホンダの開発。軽自動車からミニバンまで、ほぼすべてのホンダ車の開発に携わり、製品企画~設計~製造~コスト~販売までホンダ車全般の管理を行なっていた。退職後、AutoProveに常設コラムを執筆しつつ、ホンダ在職時代の経験から、鋭い視点で新型車を切る試乗レポートをお送りする。クルマを造ったことのある人にしか分からない視点は面白い。
今回、3代目になる新型ルノー・トゥインコ゛に「ZEN(ゼン)」というクレードが追加された。これまではフル装備の「インテンス」グレードのみの設定だったが、装備をシンプル化した、この「ゼン」に試乗してきた。トゥインゴの試乗結果と日本での存在意義を考えてみたい。
■フランス車とルノー・トゥインゴについて
日本ではドイツ車が輸入車の中で人気だが、じつはルノー、プジョー等のフランス車の方が、日本での使い勝手やインフラに合っているのではないかとかねがね思っている。
その理由だが、概してドイツ車はアウトバーンを高速で走るので、そのスタビリティに優れているが、フランス車は、高速でも130km/hの制限があり、また一般道はそんなに良い道路ばかりではないので乗り心地に優れていると言われている。
デザインは、おわかりのようにドイツ車は質実剛健なシンプル・モダンスタイルが多く、一方のフランス車はひと言でいうとオシャレなスタイルだ。これがイタリアンになると、センスの良いデザインになる。日本では、クルマのデザインは、シンプルで永く飽きのこないデザインが良いという人が多いのかもしれない。
トゥインゴは「パリが仕立てたコンパクトカー」というキャッチコピーで、細い路地、石畳の路面、急な坂道、などをキビキビと乗り心地よく走れるように設計されているらしい。この走行パターンはやはり日本に合っていると思うのだ。
トゥインゴの生い立ちを少し振り返ると、1993年に発売された初代トゥインゴは、パッケージ、骨格はホンダのトゥデイをベースにしたようだったが、デザインやカラーリングはトゥデイと大幅に異なり、とてもオシャレなクルマになっていた。ヨーロッパで人気を博し、日本でもファンが多かった。
しかし、2007年発売の2代目は、デザイン的にはどちらかというと一般的なAセグメントのカテゴリーに馴染んでしまったように思う。そして今回の三代目でまたオシャレなクルマになって登場した。
■トゥインゴのハードウェア
現在のトゥインゴのハードウェアは廉価商品を目指しコストを考えた商品になっている。というのは、スマートと同じリヤエンジンとレイアウト(RR)を採用し、同じ工場で造り、部品共用率も高くしている。
しかし、その2台のクルマのデザイン性やパッケージ、乗り心地、NVH、ハンドリングなど、アウトプットは全く異なるものになっている。
特にパッケージレイアウトは2代目と比べて、全長は-100mmで室内長は+130mm、ホイールベースは+125mmとリヤエンジン・レイアウト(RR)を活かし切ったものだ。
Aセグメントのような小さなクルマにとって、このリヤエンジン・レイアウトはパッケージに大きな効果を発揮するが、そのメンテナンス性とエンジン騒音、さらにコストとウエイト増などの課題も以前からあった。
一番は操舵時、スピンモードに入った時の立て直しが大変難しいのだ。重い後ろが振れ出すと慣性力が働き、抑えるのは難しくなる。ただ、今ではESC(エレクトリック・スタビリティ・コントロール)が殆どのクルマで標準装備されており、スピンモードになりにくくなっている。
エンジン騒音はトゥインゴでは、むしろフロントからの音がなく走行音はスッキリとしていて、ロードノイズも含めてNVHはひとクラス上以上の感覚になっている。
エンジンは0.9Lターボ+6速EDCと1.0L+5速MTの2種類でいずれも3気筒だがスムーズに回り、どちらも2500rpm付近と比較的低い回転域で最大トルクを発生するので、街中走行などで力を発揮する。
因みに、EDC(エフィシェント・デュアル・クラッチ)とは一般的にはDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)と呼ばれているものだが、よりスムーズな変速フィールを狙ってその差別化のためにこう呼んでいる。もちろんAT限定免許で乗れる。
■トゥインゴの動的性能
ハンドリングは前に重いエンジンが無いために回頭性がよく、FF車にはないスッキリとした素晴らしいステアフィールだ。また視界の良さも抜群なのと、フランス車のストローク感のある乗り心地の良さで、快適で爽快なドライブができる。
その上、基本的にリヤ駆動輪にエンジンのウエイトがかかっているので、駆動力が路面に伝わりやすくポルシェのように後ろから押される感覚の加速が楽しめ、登坂路などにも有利だ。
さらにこのエンジンレイアウトにより、ドライブシャフトがないため、タイヤの切れ角を大きく設定でき、回転半径が4.3mと軽自動車なみに小さく、車庫入れや路地の運転に想像以上の威力を発揮する。
蛇足だが、衝突性能に対しては、フロントにエンジンがなくボディのつぶれ代が大きく取れるので、有利だという人もいるが、一概にそうは言えない。FFの場合はフロントバリヤに衝突した瞬間にエンジンの移動も止まるが、RRの場合は完全にクルマが止まるまでの間ずっと後ろからエンジンが押すのだ。これがチト厄介なのだ。結果的にフロントのつぶれ代がより多く必要になるのでその対策が必要になる。
このように、細い路地、石畳の路面、急な坂道、などの走行を考えて設計されたトゥインゴは、日本の街中をスムーズに走れ、使い勝手にも優れたクルマだと言える。
■トゥインゴのコンセプト
このように、リヤ・アンダーフロアエンジン・レイアウト(RR)は課題もあるが、特に小型車においてメリットが大きい。それをキチッと価格も含めて、乗用車に仕立てたのが今回のトゥインゴとなる。
RRはどうしてもコストが一般のFFよりは高くなるが、今回の「ZEN」では、MT車が171万円、EDC車が180万円とかなり廉価な設定で、メーカー努力の結果と思う。
パリのアパルトマン生活で、仕事が終わって街のお惣菜店に立ち寄り、夕食とワインを買って帰ったりする。そういうフランス・パリのオシャレ生活をイメージできるトゥインゴに乗って、日本でも多くなったフランスお惣菜店のキッシュやパテ、バケットを買って、勿論ボルドーの赤も・・・こんな生活もオシャレでいいですね。
日本に合った性能で、オシャレで廉価なコンパクトカー=トゥインゴ。このトゥインゴをキッカケに日本で今後フランス車が見直され、売れていくのではないかと言う気がする。