■日本のスポーツカーの現状
2015年の国内乗用車販売台数は、月平均すると普通・小型乗用車で約23万台/月、軽自動車約12.5万台/月。両方で35.5万台/月程度と一時期よりかなり減っている。
スポーツカーを2ドアクーペの専用ボディと定義して、2015年の86/BRZ、コペン、S660、CR-Z、ロードスターというスポーツカーの販売台数を月平均すると2700台/月程度となる。その割合は、乗用車販売台数の中でのシェアは約0.8%程度なのだ。
■なぜスポーツカーは売れないか?
スポーツカーは、クルマが「楽しさと便利さ」の商品だった頃、「速さとカッコ良さ」に特化した商品だった。
しかし、今では「カッコ良さ」は以前ほど特化しなくなり、「速さ」は普通の乗用車でも十分速い。
スポーツカーも乗用車と同じように「環境・安全」という社会への対応技術を進化させている。しかし、これは税金みたいなものだ。つまり、環境・安全への対応は義務だ。
結果、ユーザーにとって「速さとカッコ良さ」に特化しないスポーツカーは、使いにくいだけになった。スポーツカーの役割は、「趣味的なユーザーの心の満足」だったと思うが。
■なぜメーカーはスポーツカーを造るか?
トヨタの場合、ユーザーには年配者/高齢者が多いようで、このまま時代に流されては、トヨタの未来はないと考え、若者獲得が企業存続のキーと考えたようだ。若者=スポーツカーと直接訴えるのではなく「大人が車を楽しんでる姿を見せることで、若い人に興味を持ってもらう」という考え方で86を作り、レース活動にも力を入いれた。しかし、若者は興味を持ったとしても、買う買わないは別だ。
またシエンタやプリウスのように尖がったデザインの商品や、ピンククラウンも造った。とにかく「元気で若々しいトヨタ」の姿を訴求している。それは良いとしても、若者獲得の本質は別のとこにあるような気がする。今では、86の販売台数は500台/月レベルになる。
一方、ホンダの場合、「ホンダこそ、若々しくチャレンジャーで、スポーツ、若者イメージ」だとホンダでは考えていると思う。多くの若者ユーザーも近いイメージと思うが、やはりクルマを、買う買わないは別のことだ。
そこで、ホンダはスポーツカーを「象徴」的に考えたのではないか。つまり、直接それを売って商売というよりも、自分は買わないがあんなスゴイ商品を造っている、造れるメーカーというイメージができることが大切だと。
S660とNSXは、二人乗りでピュアなスポーツカー。一般的には買いにくい。台数は出ないものと考えて価格も高めだ。S660は限定生産に近い。噂されている、その中間領域の商品も、台数が出ないことを前提にした尖がった象徴的商品と予想する。大中小揃って象徴度アップだ。
マツダの場合、ロードスターは、2015年5月にFMC(フルモデルチェンジ)したが半年後の年末には500台/月レベルにまでになっている。しかし、もともと6,000台/年が計画だから、計画通りなのだ。
この4代目は、今の一連の「魂動」というマツダデザインになり3代目よりは遥かに魅力は上がったが、デザイン以外でユーザーに訴える大きなセールスポイントはなさそうだ。今後も500台/月が維持できるかはわからない。
ダイハツの場合、名実ともに軽ナンバー・ワン企業を目指して、2002年初代コペンが登場したが、その後長い超低空飛行の後、一旦2012年に生産を中止した。2014年には、ハード・ソフト共にダイハツの総力を結集して起死回生した。
ハードは「着せ替えられる」という新しいコンセプト、ソフトも「Copen Club」など今までにない新しい取り組みが提案された。しかし、月販目標台数は700台/月だが、発売から1年を待たずに今では500台/月程度の販売台数となる。
■スポーツカーもマーケティング
こうやって見てくると、スポーツカーはそれぞれ企業を背負った提案型商品ということもあり、造り手の論理や都合でつくられている気がする。若者を取りたいとか、象徴にしたいとか・・・。本当にスポーツカーを買うユーザーの気持ちを深掘りして、新しい価値観を創造しているのだろうか?
その企業のブランド価値として存在するとしても、販売台数が少なければその影響力は少ない。
つまり、月販500台程度では世の中に認めてもらえない。
一方、数は出なくても、その商品の印象を強くしブランドに寄与させることができる。ホンダのNSXや日産のGT-Rなどがその例だ。しかし、その存在をあまり主張し過ぎると、名実が合わなくなり、かえって無視されてしまう。
やはりスポーツカーは売れなきゃ存在価値は薄い。自社都合もいいが、本当にスポーツカーを買うユーザーの気持ち、価値観を創造した商品開発が大切で、その為には本当のマーケティングが必要だ。
■スポーツカーの生きざま、あるべき姿
経済が好転して、お金が行き渡り、かつ年金などの将来不安が排除されると、スポーツカーユーザーは増えるはずだ。だから、まずは日本の経済を良くしなければならない。
スポーツカー販売の本質はここだ。
しかし、これでは話が大きすぎるので、業界内の話にしたい。カーメーカーや部品メーカーに限ったことではないが、メーカーは設備投資と固定費があるため、工場稼働率を落とせない。生産が落ちるとコストが上がる。コストが上がると売価を上げざるを得ない。売価を上げるとさらなる台数減。まさに負のスパイラルに入るのである。
ただ、この考え方というか図式は、「大量生産・大量消費」の時代のものだ。今は「個の時代」となって「本当の多様化」をしている。だから、数を先に考えた「商品コンセプトが広く浅い、万人向け」商品ではスポーツカーにかぎらずダメだと思う。
逆に、「商品コンセプトの狭く深い、知る人ぞ知る商品」だと、その底が見えず、人間の心理として覗きたくなる。
今の時代、自動車だけでなく、「商品コンセプトが狭く深い、知る人ぞ知る商品」が、価格も高めなのに、結果として認知が広がり、数も売上もある場合が多い。また、そういう商品は今の時代大切な人と人のコミュニケーションも作れる。
■狭く、深い知る人が知る商品
クラフトビールは特徴的な味で、一部の人の間で楽しまれていたが、「通な飲み物」として広がり、今ではスーパーでも売っている。バイクのハーレーもローテク感の味が、狭い範囲のユーザーに喜ばれたが走行会などコミュニケーションを通して広まった。スポーツカーはこういう考え方で造るべきだと考える。
「狭く深いコンセプト商品」には、特徴がありそれが嫌なユーザーは勿論多くなるが、好きなユーザーはトコトン好きになる。今は、そのことが周りのあまり興味のないユーザーにも波及するSNSというツールもある。つまり、ユーザーの価値観を先取りし、創造した「狭く深いコンセプト商品」がかえってマーケットを広げるのだ。