スズキ・アルトについて、皆さんは「単に安い軽自動車」というイメージをお持ちではありませんか? じつは私(筆者・繁浩太郎)も以前はそういうイメージを持っていました。しかし、今回の新型アルトに今までのそういうイメージではないものを感じました。つまり、価格燃費はもちろん極限までやりきり、さらにクルマとして大切な「愛着」をめざしたように思えたのです。この機能的な「価格燃費」と感情的な「愛着」の両立は意外と難しいものなんです。今回はその辺りのお話をしてみたいと思います。
◆アルトは安さだけのクルマではない
アルトを社会的に考えてみますと、現在、高齢化社会、地方の過疎化、年金問題などいろいろと言われていますね。その中で、高齢者が過疎地で生活する場合、公共交通機関がなく生活のためにどうしても移動用のクルマが必要という状況もあると思います。
そういうユーザーにとっては、ゆったりとした余裕のあるクルマよりも、雨風がしのげて冷暖房が効いて少し荷物が積めるようなベーシカルな仕様でいいから、とにかく価格と維持費ができるだけ安いクルマが望まれていると思います。
あらためて考えると、アルト領域より安い乗用カテゴリーのクルマはないのです。また、過疎地でなくても、公共交通機関の少ない地方都市において、軽自動車は個人の毎日の足として活躍しています。
そういう、さまざまなユーザーのことを想い、コスト燃費愛着商品というだけでなく、ある意味社会的責任を感じてアルトは造られているのではないでしょうか。
◆アルトのコスト
先ず、製品コストをミニマムにするのに大切なのは、ユーザーの価値観に直結する設計仕様です。コストを考えオーバークオリティにならないように、かつユーザーから不満の出ない範囲の仕様に設定しなければなりません。
例えば、NVH。ノイズや車体のバイブレーション、ハーシュネスといったものは一般的には「当たり前品質」と言われますが、これは良くすればするほどユーザーにとってありがたい品質です。しかし、コストもかかる部分です。よって、品質をどの程度にするか? という「程度」「さじ加減」が難しいのです。
アルトの場合はユーザーに無駄な負担を強いらないようにとの強い想いから、ユーザーの価値観を考え、オーバーにならない、また不満も出ない、ほど良いレベルで作られています。
◆アルトの燃費達成のすごさ
ユーザーの価値観で、ガソリン代に響く「燃費」は大きなウエイトを占めます。また、メーカーとしても「やはり軽自動車は燃費が良いね」と言ってもらいたいという「意思」もあると思います(意地かな?・笑)。
物理の法則で言えば、ウエイトが軽くて走行抵抗の小さなものが、絶対的に少ないエネルギーで移動できるはずです。
アルトの燃費トップに位置するモデルの車重が650kgで、イナーシャランク(JC08モードでは車重に対して仮想のハンデウエイトを設定している)を考えたモデルになっています。つまり燃費を良くする手段として、650kgの車重を絶対外せない目標にしたものと思うのです。これについては、以前もこのコラムで書いてあるので、読んでみてください(Auto Prove【繁浩太郎の言いたい放題コラム】第10回「カタログ燃費と実用燃費のホントのこと」)。
モデルチェンジは、よりカッコよく、より性能、品質を良くしないと意味がないというのが普通の考え方で、一般的には必ず「コストは高く、ウエイトは重く」なるもので、それを抑えるだけで精一杯というのが各メーカーの現状だと思います。
そういう中でアルトは先代モデルの710kgから-60kgも減量したのはすごくて、設計者に「なんとかしてやろう」というユーザーへの想い、すごい情熱がないとできるレベルではありません。非常なチャレンジの中で、追い込まれ、もがき苦しみながらも、追い求める、魂が「商品」に入り込んでいるように私には思えます。
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◆アルトのデザインのすごさ
さて次はデザインの話をしましょう。自動車の商品魅力の大半というか、80%以上はそのデザインによっていると私は考えています。端的にいうとデザインの悪い車は売れにくいということです。ユーザーとしても、何らかのいきさつがあって買ったとしても、買ってからもつまらなく一緒に居たくなくなる、つまり愛着がわきません。
クルマのデザインはコンセプト表現と良く言います。つまり、こういうクルマだという性格付けされたコンセプトを与え、それを表現するのがデザインなのです。個性付けやコンセプトがあやふやなままかっこいいデザインを目指すということは、心のない形だけの「整形美人」を目指すのと近いと思います。はっきり言うと内面からにじみ出す美しさではなく、底の浅い美しさです。
最近のクルマのデザインは、デザイナーの「美容整形技術」があがったせいか、どうもそういうのが多くなってきたように思えます(笑)。つまり形だけこねくり回している感じですね。
一般的には、軽量化をやりつつデザインを成立させるのは難しいことです。例えば初代ビートルのようにフロントウインドが小さければ、軽く安くなりますが、現在のユーザーがかっこ良く見えるデザインの方向からすれば逆行します。それを表面の形にこだわらず、内面からにじみ出る美しさに変え、愛着がもてるデザインにするということです。大変です。
ヘッドライトなどは、現在のユーザーがかっこ良く見えるデザインの方向からすれば、あまりスラントさせず、キリッとした輪郭のある眼にし、LEDを使った新しい表現で眼力を創り、さらにポジションランプもLED化でデザイン自由度が上がっているので、アイラインをくっきりと…つまり、アウディのヘッドライトのようなデザイン方向へいくのです。
アルトを見てください、形は全く異なります。
ヘッドライトは丸型のデザインです。昔のSAE規格の丸型のようにすると効率よく反射するので薄くできて、軽量かつ安価になるのです。しかし、今の時代「SAE規格に近い丸い眼」って、普通は形になりにくくデザイナーは困ります。
それを丸型にしながらも、つまり機能・コストに良いことをやりながらも、そこにデザインの気持ちを入れ、あの形と眼光になっています。アルトのヘッドライトには「どこか若々しい生意気さや意地、けど親しみのある」そんな感じがあるように見えませんか?
今時の、こうやったらカッコイイというだけでなく、軽量かつ安価、結果、低燃費という命題を突き詰めて性格表現されたデザインだからいいのです。
◆アルトは愛車
アルトのデザインは、「整形美人」とは正反対で何年付き合っても、飽きないし、それどころか時間とともに味が出てきて、愛車と言えるようになる、そういうデザインだと思います。
だいたい見た目のカッコよさだけになっているものは、まぁ、「ホスト系」「キャバクラ系」と言うか、ぱっと見はいいんですよ。ついつい、行きたくなる(笑)。しかし、私はこういうクルマには「情」を持てず愛車と呼べません。
この辺りに、私のような、昔クルマが愛車と呼ばれていた時代を知っている世代が「乗りたいクルマが国産車にない」ということに対する、答えがあるのかもしれませんね。
ぜひ、日本のカーメーカーには「パッと見」も大切ですが、深みのあるデザインを追求してもらいたいものです。つまり、昔のクルマは性能や機能をそのデザインで表現したように、現在のクルマはコンセプトを煮詰め、それがデザイン表現されるべきだと思うのです。
メーカー開発者の皆さんホストクラブ、キャバクラで満足しているようでは、ダメですよ!!! 「浪速恋しぐれ」にもあるように「芸の為なら女房も泣かすぅ~」そう、本心は女房のことを想いながら、女房を泣かす。感動しまっせホンマ (笑)。人生もクルマも同じですね。しかし、「浪速恋しぐれ」あらためて聴いて、ええなぁ! ではまた次回!