【舘さんコラム】2020年への旅・第15回「充電の旅シリーズ15 スーパー・セブンに聞け 第13話 メルセデス・ベンツ プラグインハイブリッド車S500 PHEV

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安家。ここまで津波が来た

徳さんの遺言
シュツッツガルトの現代美術館のコーヒーハウスで、エッジ舘野はMr.舘内の来るのを待っていた。

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カンパネルラ田野畑駅

メルセデス・ベンツS500 PHEVの真実を聞こうと思ってだ。やって来たMr.舘内の話は、案の定、脱線に次ぐ脱線で、なかなかS500 PHEVの話にならなかった。とりあえず行き着いた地点は、電気自動車はこれまでのエンジン車で構築された自動車産業のシステムを崩壊させるパワーを持っているという話であった。

Mr.舘内の誘導尋問にまんまとひっかかったエッジ舘野は、はからずもそのことに気づいてしまった。それは、かなりヤバイことであった。
「エッジさん。あんた、やばいことに気づいたね。知らない人には言わないほうがいい」Mr.舘内は、そういってエッジ舘野をたしなめた。

今の世の中は、巨大な資本が儲かるようにできている。つまり、巨大な資本を注入して、巨大な産業を興し、大量にエネルギーや商品を巨大なマーケットに供給することで成り立っている。政府も企業も、そうした構造を支え、それが成長するような戦略を考え、施策を実行している。これを重厚長大型の産業・経済と呼ぶ。

つまり、重くて、厚くて、長くて、大きい産業システムであり、社会システムということだ。そして、これを20世紀型の産業・社会といっている。これは政府、つまり国の政策であり、大企業の戦略だ。だから、その反対の軽薄短小を支持するのは、国の方針に逆らい、大企業に反対するのと同じ。だから国賊、非国民ということになる。そうなればあらゆるところでバッシングされる。職を失い、住むところがなくなる。エッジ舘野は、危ない橋を渡ろうとしたのだ。

穏やかに暮らそうとするなら、国・政府の方針に反対したり、大企業のやり方に反対したりしてはダメだ。まわりをよく見て、大勢が行こうとしている方向に向かわないと…エッジ舘野にそう言おうとして、Mr.舘内は口をつぐんだ。あまりにもアホーな生き方だと思ったからだ。

大いに刃向え。反逆しろ。長いものには巻かれるな。それがジャーナルであり、評論だと、今は亡き徳大寺有恒氏が実践を通して教えてくれた。だが、自動車評論の実情には哀しいものがある。大メーカーが出したものは、まずは疑ってかからなければダメだ。それが消費者視点に立つということだ。大メーカーの尻馬に乗っていては、ジャーナルでも評論でもない。

いつでも自動車ユーザーの視点に立って自動車を評論してきたのが、徳大寺有恒氏だったと、Mr.舘内は氏の訃報に接して涙したのだった。そして、はばかりながら氏の後を継ごう。大いに刃向い、氏がもっとも大事にした真実を語ろうと決心した。

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津波に遭って流された民宿を再建した小國夫婦

コンピューターと電気自動車は国賊
重厚長大型産業を革新したのがコンピューターだった。コンピューターは軽くて、薄くて、短くて、小さい企業や社会を形成することができる。良い例が情報システムだ。個人がTV局になって情報を発信できる。何万人も働くTV局と同じような情報発信が可能だ。そして、いまやこの小さなTV局が集まって集団となり、国家の決定さえ覆すまでになっている。

これは軽薄短小型と呼ばれる。21世紀型の社会や企業の形だ。電気自動車は、軽薄短小、21世紀型の自動車だ。それを象徴しているのが米国のテスラ社である。あっというまに電気自動車を開発し、販売台数で日産と競うまでになった。テスラ社は、従来型の重厚長大的な自動車メーカーにとって、いわば敵である。だから、従来型の自動車メーカーは、電気自動車を否定したい。

また、エネルギーの補給はコンセントにつないで充電すれば済む。その電気は、家のソーラーパネルや小水力発電で可能だ。小さな設備で、最小のインフラで電気自動車は走れるのである。まさに軽薄短小型の自動車だ。そして、地域で生産し、エネルギーを補給し、使うことができる。地産地消が可能なのである。

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東日本三菱自動車かまいし野田店。こんな嬉しい充電のおもてなしもある

その良い例がスイスの有名な観光地であるツェルマットにある。ツェルマットの村の中では電気自動車か馬車しか走れない。その電気自動車はツェルマットの村の中で作り、同じような環境配慮型の観光地に販売している。

グローバリゼーションだから…と世界を相手にして国内を疲弊させている現代の自動車産業とは、まったく行く方向を異にした生産と使用が可能なのが、電気自動車なのだ。電気自動車は、既存の社会システム、産業構造を破壊するパワーを秘めている。体制派から嫌われて当然であり、そこに巣食う人たちは、必ず電気自動車に反対する。電気自動車派は、いわば国賊だ。近寄らない方が安全である。

一方、エンジン車は、開発するにも、生産するにも、電気自動車よりもずっと多くの資本を必要とする。エンジンを開発するには、排ガス浄化や燃費の向上に多くのエンジニアが必要だ。また、変速機や消音器、排ガス浄化装置、燃料噴射装置なども開発しなければならない。そしてガソリンや軽油を供給するには巨大なインフラが必要だ。エンジン自動車産業、そしてエンジン自動車は、重厚長大、20世紀型なのである。ただし、それだけに多くの雇用が創出できる。

「なるほど。いろいろな意味で電気自動車は21世紀型なんだ」エッジ舘野は、Mr.舘内の深い話に頷き、納得し、勇気を奮って電気自動車にかかわっていこうと思った。

S500 PHEVはEUのCO2排出量規制対応車
エッジ舘野は、これまでとはまったく違う視点で電気自動車を見ることができ、目の前がパッと広がった。そして、天才の冠はやはりMr.舘内に捧げようと思った。しかし、問題はMr.舘内の脱線癖だ。話はいつのまにやらプラグインハイブリッドから大きく離れてしまった。

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陸前高田。あの「奇跡の一本松」。言葉がない…
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陸前高田。いまや一本松は観光名所でもある。仮設のお店を出したみなさんと
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気仙沼。ここまで津波が…。お世話になった三菱自動車のディーラーにも津波が来たという

 

「ところでプラグインハイブリッド車だけど、原理はわかったが、なぜダイムラーはSクラスをPHEVにしたの?」 エッジ舘野は話を戻した。

「CO2排出量の2020年規制をクリアするためだね。まちがいない」 Mr.舘内は、自信をもってそう言い切った。
「S500PHEVのプレゼンテーションは、ダイムラーのトーマス・ウエーバー博士が担当した。その席で、まず世界のCO2排出量規制に触れた」

「CO2排出量規制はEUだけじゃない?」エッジ舘野は怪訝な顔をして訊いた。
「うん。EUだけじゃない。米国も、あのCO2出しまくりの中国も自動車のCO2排出量を規制する」と、Mr.舘内は答えた。

ウエーバー博士によると、EUは2020年のCO2排出量規制値は95g/km、2025年に68~78g/kmだ。これはいわゆるEUモードで測定するものだから、日本のJC08よりも厳しい。クリアするにはJC08モード燃費ではおよそ95gが31km/L、2025年が38km~43km/Lとなる。しかもこの値は企業平均だから、日本のようにガソリンタンクの容量をわざわざ減らし慣性重量を少なくして燃費を稼いだような、省エネ・デモカーを1台造ればよいというものではない。

そのメーカーの全モデルの燃費に販売台数をかけて求めた平均値が規制値以下でないとクリアできない。米国は2020年に144g、2025年に107g。中国は2015年に166g、2020年に120gと、EUに5年から10年遅れるが、確実に減らしてくる。

国産ガラパゴス・カー沈没
「日本は?」
「日本も規制値を厳しくする。これまでの車重別の燃費とEUのような企業平均値を用いたものにする。しかし、CO2排出量ではなく燃費で表示するなど、内容が複雑でわかりにくい。ここはEU、米国、中国と足並みをそろえるべきだろう」
「どのくらい厳しくなる?」
「2020年規制の燃費目標値は、もちろんJC08で計測して、ヴィッツ、フィット、デミオのBセグメントで23km/Lほど、Cセグメント~Dセグメントで19~21km/L、大型高級車が14~16km/Lといった値だ」
「全然話にならない。それじゃあEUに負けるでしょう?」
「それでも2015年から23.5%も改善すると政府は言っている」
「今度は『日本車の危機』って本、書いてよ」エッジ舘野は、Mr.舘内に頼んだ。

というのは、Mr.舘内は12月10日に『トヨタの危機』という単行本を宝島社から出版したからだ。「『トヨタの危機』に加えて『日本車の危機』も書いたら、オイラは業界から永久追放だよ」
「大丈夫。オレが守ってやる」
「ウソ、言え」

Mr.舘内は、エッジ舘野の言葉を嬉しいと思った。そうした支持者がいてこそ、ジャーナリストや評論家は真実が書ける。徳さんには、たくさんのファンがいて、徳さんを支えたのだ。

「ところで、メルセデスS500PHEVを出す理由だが・・・」
「そうだった。ドイツメーカーにとって高級車は収益の要だ。だからといって日本の規制のようにずるずるとCO2を排出しているわけにもいかない。そこでEUの環境委員会がPHEV化という救いの手を伸ばしたと思うんだ。ドイツ高級車優遇策だな」

そうMr.舘内が言うように、PHEVのCO2排出量のカウントは優遇されている。エンジンだけでは210g/kmというS500PHEVのCO2排出量も、特別優遇処置を受けたカウント方法であると65g/kmに削減される。これは、S500PHEVは電気自動車として30km走れるからだ。

ウエーバー博士は、「ドイツ人の平均的な走行距離はワントリップで30kmほどだ。S500PHEVを家で充電しておけば、会社までゼロ・エミッションで行ける。そこでまた充電しておけば帰りもゼロ・エミッショだ」と言う。つまり65g/kmは妥当だというわけだ。

メルセデスは、2017年までに10モデルのPHEVを市場に導入する。第1弾がS500 PHEVで、第2弾がCクラスのPHEVだ。

「えっ、まいったな。ベンツは着々と2020年CO2排出量規制に対応しているわけだ。日本はどうなのよ。PHEVの用意はあるの?」
エッジ舘野が心配になって訊いた。
「ある。三菱のアウトランダーPHEV、ホンダのアコードPHEV、トヨタのプリウスPHVだけ」Mr.舘内の答えは素っ気なかった。

果たして日本車はどうなるのか。EUに、米国に、さらには中国にも置いて行かれてガラパゴス・カーになり、沈没するのか。それとも「オレの在任中はアジアで販売を伸ばすからいいのよ」と社長たちはケツをまくるのか。続きは次号に。

えっ、EVスーパー・セブンはどうなったか?ってか。Mr.舘内のドライブで東北の被災地を走り、いよいよ茨城県に上陸である。そこでは第19回の日本EVフェスティバルが待っている。

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南町紫市場。仮設のお店をみんなで出した。お姉さん二人とばあちゃんと通りかがりのじいさんと

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