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クルマに関する用語はとにかく外来語が多く、必然的にカタカナが多用される。クルマを解説する場合や、試乗テストでも記事化するとカタカナが多くなるのはやむを得ない現象だ。しかし、同じカタカナ用語でも、目に見えるモノはまだ理解しやすく、一度覚えれば忘れることは少ないが、目に見えにくいカタカナ用語はなかなか理解し覚えることが難しい。その代表例がサスペンションやアライメントに関するもので、今回はそれらにスポットライトを当ててみることにする。
サスペンションとアライメント
まず最初は、サスペンション(suspension)=懸架装置から。これは漢字にしてもわかりにくいが、車体とタイヤを結ぶ装置で、路面の凹凸を車体に穏やかに伝達する緩衝装置であり、もう一方で車輪、車軸(アクスル:axle)の位置決めをする機構だ。
アライメントは、正確にはホイール アライメント(Wheel Alignment)で、車輪の整列といった意味だが、どのように取り付けられ、整列しているか示す言葉だ。主として静的な位置決めを意味し、また、アライメント検査(測定)はクルマの完成車検査や、車検時に、自動車メーカーのそのクルマに決められたホイールの取り付け状態になっているかどうかを点検することを意味する。
このアライメントは、各車輪のキャスター(caster)角、キャンバー(camber)角、キングピン(kingpin)角、トー(toe)イン/トーアウト、そして前後4輪の全体の整列状態(スラスト角、セットバックなど)の総称だ。
キャスター角とキャスタートレールとは
キャスター角は、主として操舵を担当する前輪の操舵軸(キングピン)の前後方向に対する後方への傾斜角を意味する。そして、地面上でのタイヤの接地中心点とキングピン軸が地表と接する点との距離をキャスタートレールと呼ぶ。
このキャスター角とキャスタートレールは、操舵フィーリングや操縦特性に大きな影響を与える要素だ。ただ、これらは設計時に決定されており、現実的に車両側で調整することはできない。
キャスター角が大きくなると直進安定性が向上するが、その一方で操舵するための力が大きくなる、ハンドルの復元トルクが強くなる、などの傾向がある。
そのため、適度なキャスター角とキャスタートレールの大きさを決める必要がある。またキャスター角は大きめでもキャスタートレールを抑えるために、キングピン軸が車輪の中心を通過しないキングピンの前後方向のオフセット設計も存在する。
なお、キャスター角はFR車では7度〜12度といった大きめの角度がつけられ、FF車や4WD車はエンジンルーム内の形状のため、1度前後といったキャスター角の小ささが特長だった。だが、フォルクスワーゲン ゴルフに端を発して現在では6度〜7度というキャスター角が大きめのFF車が増大し、ハイキャスター化が定着している。
キングピン軸との関係
車輪が転舵した中心軸、操舵軸であるキングピン軸はクルマの前方から見ると「ハ」字形になり、これはキングピン傾斜角と呼ぶ。この角度も設計段階で決定され、後から変更はできない。このキングピン傾斜角の延長線と地面と接する点がタイヤの接地面の中心と一致するか、内側か、外側かという点も操舵フィーリングに大きな影響を与える。
現実問題として、このキングピン傾斜角は車軸の中心にあるハブベアリングやブレーキ類、ホイールの幅により制約を受け理想的に設計できないし、キャスター角もエンジンルーム、Aピラーの付け根やバルクヘッド(隔壁)との関係で、自由に決めることが難しい。
そのため、サスペンション形式を工夫することで、幾何学的に仮想のキングピン軸を設定する手法も存在している。ストラット式では、BMWのロワ ダブルジョイント リンク、シビック TypeRやルノー メガーヌ R.S.トロフィーなどのダブル アクシス式、ダブルウイッシュボーン式ではアウディが初採用し、その後は大型プレミアムクラスで一般化した4リンク式は、いずれもサスペンションアームの延長線に仮想的なキングピン軸を持ち、より理想的なキングピン軸の配置が可能になっている。
ネガチブキャンバーとポジティブキャンバー
クルマの各輪を見た場合、前方から見た取り付け角度がキャンバー角、真上から見た場合の位置をトー角と呼ぶ。キャンバー角は「ハ」字状態がネガティブ キャンバー、「逆ハ」字状態がポジティブ キャンバーと呼ぶ。
いずれも、直進走行時の理想はゼロの状態が望ましい。しかし、コーナリング性能はハンドリング特性を考慮し、意図的に角度が付けられる。例えば昔のクルマはパワーステアリングが存在しなかったため、操舵力を軽くするためにポジティブ キャンバーが付けられていた。これによりキングピン軸がタイヤ接地面の中心部になるからだ。
一方現在では、コーナリング時に外側のタイヤに大きな横荷重と縦荷重が加わり、タイヤが変形するとともにサスペンションもポジティブ側に荷重がかかるため、タイヤと路面との接地力が低くなる傾向がある。そのため、あらかじめわずかなネガティブ キャンバー(約1度前後)に設定することが多い。
トー角の重要性
トー角は操舵を担当する前輪の角度が注目されるが、実は後輪側でも重要な意味を持っている。パワーステアリングのなかった時代には曲がりやすさ、ステアリングの軽さを狙って、上から見て「ハ」字形のトーインが付けられることが多かったが、現在での基準は+−1度の範囲に設定されている。
理想的にはゼロが望ましいが、ネガティブキャンバーを付けるとその結果生まれるサイドスラスト力をキャンセルするために、トーアウトにする場合もある。
キャンバー角、トー角はいずれもクルマ側で調整できる場合が多く、これらを微調整することで操舵フィーリングを変えることも可能だ。
リヤの車輪のトー角はクルマの操縦安定性に大きな影響を与える。そのため、静的にはトー角はゼロでも、走行中のサスペンションの動きにより生まれるトー角は慎重に設計されている。限界状態でのコーナリングなどを想定し、静止時のトー角を微調整する場合もある。
サスペンションのジオメトリー
サスペンションのアライメントは静的な概念、つまりクルマが止まっている状態での話だが、実際にはクルマが走っている状態でのホイールの動き方が最も重要になる。
サスペンションは各種のアーム、リンクによって支えられているので、走行中の動きはアーム、リンク類に規制された作動となる。これをジオメトリー(幾何学的な軌跡)と呼ぶ。英語圏ではキネマティックス(動き)と呼ぶことが多い。
具体的には、サスペンションは路面の凹凸、コーナリングによる傾き(ロール)、加速やブレーキングによる縦方向の動き(ピッチ)により伸び縮みする。縮み方向の動きをバンプ、伸び方向をリバウンドと呼ぶ。そして圧縮方向のバンプ量と、伸び方向のリバウンド量の合計がサスペンションのストローク量となる。
こうしたサスペンションのストロークに合わせて、ホイールがどのような軌跡を描くかということがジオメトリーと呼ばれる。
つまり、静的なアライメントがネガティブ キャンバー角であっても、実際にバンプ側にストロークした時にキャンバー角がポジティブ方向に変化すれば、せっかくのネガティブ キャンバーが台無しになり、コーナリング時のグリップ力が弱まることになる。
走行時のジオメトリーが肝心
そのため、サスペンションにおいては、静的なアライメントより実際に走行した時のジオメトリーが重要になるのだ。
それは操舵する前輪だけではなく、後輪にも当てはまる。静的にはキャンバー角、トー角がゼロであったとしても、走行中にキャンバー角やトー角が変化すると、そのクルマの操縦安定性には大きな影響が出るのだ。
特に、トー角の変化は敏感で、もしコーナリング中に後輪外側のトー角がアウト側に変化すれば、リヤのグリップ力が急激に失われ、不安定になる。逆に後輪のトー角がイン側に変化すればリヤのグリップ力が高まり、安定性も確保できる。
このように、走行中のサスペンションの作動時にジオメトリーが適正であることが求められる。これはサスペンションの外観や形式だけで判断することは難しく、設計時のデータ通りかどうかは、サスペンションの動きの実測、あるいはテストドライバーによるチェックが必要だ。
もちろん、サスペンションの可動部には多数のゴム製ブッシュが使用されており、タイヤから強い力が伝達された場合にはサスペンションのアーム、リンク類の軌跡だけでなくブッシュのたわみも加わり、サスペンションはより複雑な動きになる。
さらに現代では、タイヤの高性能化にともなって、タイヤからの入力が大きくなり、サスペンションのリンク類、ブッシュ類だけでなくサスペンションの取り付け部分へも入力が伝達され、取付部の歪みや変形により結果的にホイールの動きが微小に変化する現象も解明されつつある。
このように考えると、走行中のサスペンションのジオメトリーは、サスペンション形式、ゴム ブッシュのたわみや変化、さらにサスペンションのボディ側取付部の剛性などを総合的に考慮しなければならない。このように多くの要素が混在し、しかも入力の伝達に伴う時間的なズレもあるので、現在でもコンピューター解析やCADを使用してもリアルなジオメトリーを正確に把握するのは難しいとされている。
そのため、実際のクルマを回転するベルト上に載せ、タイヤに負荷をかけてホイール、サスペンションの動きを計測するダイナミック ロード テストなど、大掛かりなテストも行なわれている。
サスペンション形式
現在のクルマに採用されているサスペンションは、それほど種類は多くないので、列記してみる。主としてDセグメント サイズ以上のクルマのフロントに採用されているのがダブルウイッシュボーン式で、ほとんどはアッパーアームがハイマウント式で、4リンクまたは5リンク式ダブルウイッシュボーンとなっているケースも少なくない。
4リンク、5リンクとはダブルウイッシュボーン式ではあるが、単純なA形アームの構成ではなく、各リンクが独立したダブルジョイント式の名称だ。上下リンクともダブルジョイントにすることで、その延長線上の交点に仮想キングピン軸を持つタイプだ。
この仮想キングピン軸式は、ほぼタイヤの中心部に仮想的なキングピン軸があり、外乱に強く、同時に素直な操舵フィーリングが得られ、他の形式では実現できないメッリットを持っている。ただし、この形式はエンジンが縦置き配置でないとスペース的に成立しない。
リヤサスペンション形状
一方、リヤサスペンションは、マルチリンク式が多用されている。マルチリンク式は、メルセデス・ベンツ190シリーズ(1982年デビュー)が世界で初採用した形式で、ダブルウイッシュボーンをベースにした5リンクで、他メーカーでは4リンク式も登場し、これらはマルチリンク式と総称される。
リヤのマルチリンク式は、できるだけ短い各リンク、スプリングとダンパーの別配置などにより、リンク長は短いがトー変化を最小化し、ジオメトリー的には3次元での動きとなり、バンプ時にはトーインとなるように設計されている。
フロント用と違って、できるだけ床下にリンク類をまとめ、ラゲッジスペースを十分確保できるような省スペースでしかも理想的なジオメトリーを両立させたことが画期的だ。当初はDセグメント以上のクルマで採用されたが、その後はCセグメントのFF車のリヤにも採用されるようになっている。
車格によるサスペンション形式の違い
Dセグメント以下のクルマのフロントサスペンションはマクファーソン ストラット式である。ストラット式はエンジンのレイアウトに関係なく採用でき、省スペース、構成部品が少なく、横剛性が高いなどのメリットあり、Dセグメントから軽自動車まで採用されている。
ただ、ストラット式の場合はキングピン軸をよりタイヤの接地中心点に近づけようとすると前方から見たキングピン傾斜角は大きくなり、操舵時にキャンバー角がポジティブ方向に変化する特性になる。キングピン傾斜角を小さくするとキングピン軸はタイヤの接地中心点と離れた場所にキングピン軸が置かれ、操舵フィールや外乱に対して不利になる。
このようにジオメトリー的には自由度に欠け、制約があるのも特長だ。その欠点に対してBMWのFR車のストラットはロワアームをダブルジョイントにすることで、タイヤ接地中心点に近い場所に仮想キングピン軸を実現している。
また、FFながらハイパワーでスポーツカー的なハンドリングを重視するルノー メガーヌR.Sトロフィーやホンダ シビック タイプRはストラットとハブキャリアを分離させ、ハブキャリアの上下のボールジョイントを結ぶ線を仮想キングピン軸とし、タイヤ接地中心点との距離を短縮している。
リヤサスペンションのトーションビーム
Cセグメント以下のFF車のリヤにはトーションビーム式サスペンションが採用されることが多い。軽量、シンプルで、しかもリヤのラゲッジスペースの確保にも貢献できるパフォーマンスの高い半独立式サスペンションだ。
ただし、この形式はタイヤが発生する横力に対してビームの取付部やリンク類が変形しやすい。横力によりビームの取り付けやリンク類が変形するとタイヤはトーアウト方向に変化し、クルマの安定性がスポイルされる。
そのため、FF車におけるトーションビーム式リヤサスペンションを長らく熟成してきたフォルクスワーゲンは、角度を持つ大容量のブッシュ式のトーションビームの取り付け方法を考案し、横力を受けるとトーイン変化をキャンセルし、わずかにトーイン方向に変化するトーションビームを実現し、この方式がFF車のリヤサスペンションの定番になっている。
ただし、フォルクスワーゲンは、ゴルフ7からリヤ サスペンションは高出力モデル用のマルチリンクと、低出力用のトーションビーム式の両方を採用。しかもそのトーションビームは従来のような太いビーム、オフセット配置された大容量ゴムブッシュ装備ではなく、板金を多用し、しかもセミトレーリング リンク式のように作動することで、横力に対してトーイン変化させる、より低コスト、軽量でありながら優れたジオメトリーを実現している。この方式をいち早く採用したのがトヨタ ヤリスである。