【フィアット アルファロメオ】小型から中型車用乾式デュアルクラッチをFPTが量産体制に

FPT社とはフィアット パワートレーン テクノロジー社でエンジンオブザイヤーを獲得した、マルチエアエンジンを開発した会社である。そのFPT社がこのほど小型車から中型車に対応するDCT(ダブルクラッチトランスミッション)を開発し、しかも量産体制を確立している。DCTはGTRやランエボに搭載されたゲトラグ社やポルシャに搭載しているZF社などが開発済みのミッションだが、量産体制となるのはフォルクスワーゲンのDSGに次ぐものだ。

14

↑アルファロメオ ミト

現在FPT社のDCTはアルファ ロメオ ミトに搭載され、名称は「アルファTCT」である。そして採用モデルはニューグレードのコンペティツィオーネ、スプリントで10月14日から正式販売された。(アルファTCTはアルファロメオ社のブランド呼称。FPT社では一般的なDCTの呼称を用いている)。そのFPT社によるDCTの詳細がこのほど明らかとなった。

engine_C6352

↑マルチエアエンジンとTCT

C635型DCT

アルファTCTと名付けられた乾式デュアルクラッチの6速トランスミッションはC635型と呼ばれるが、この名称はミト クアドリフォリオ ヴェルテに採用されている6速MTと同一名称であり、このことが物語るように6速MTとTCTは共通の部品を使用し、同一の工場ラインで生産されることで投資コストを削減することが開発コンセプトのひとつになっているのだ。尚、635の6は6速を意味し、35は対応トルク350Nmを意味している。

フランチェスコチミーノ

開発責任者のフランチェスコ・チミーノ部長は、開発の背景を次のように語っている。

「時代の要求にあわせたトランスミッションはどうあるべきか? という点を、基本的なところから考えました」現在の市場ではクラシックなMT、ヨーロッパを中心に小型車で採用されているAMT(シングルクラッチ式自動変速MT)、トルクコンバーターを使用したAT、DCT(デュアルクラッチ式自動変速トランスミッション)さらにCVTがラインアップされている。そして、FPT社が事前評価したそれぞれのトランスミッションの特性は以下のようになる。

◆MT:最も軽量で低コスト。トルク伝達効率が高い。しかし燃費抑制が難しい。

◆AMT:コスト、重量、効率、パワートレイン適合性においてベストバランス。しかし変速が遅く、駆動力の途切れが大きい。

◆AT:高コスト、重量大、専用設計が必要なほか、トルコンや油圧維持のために効率が悪い。しかしリニア感、快感性能が高く、快適。

◆DCT:MTと同等の構造で、コスト、重量も中間的。高効率、優れた感性性能、パワユニットとの適合性も良好。

このように現在市場にあるトランスミッションのメリット、デメリットをFPTは分析している。また、チミーノ氏はこの比較に取り上げなかったが、CVTはベルトをプーリーで圧着する方式のため、油圧が生じるために効率はMTとATの中間的な存在。一方、駆動力の途切れのない無段変速という他にはない大きな特徴を持っている。またコストもAMTとATの中間程度で製造可能だ。そして、このようなタイプ別比較評価において、デュアルクラッチ式(DCT)は、最新のトランスミッションとして最適解として選択されたわけだ。

比較表

乾式か湿式か

そのDCTについて、さらに乾式とするか、湿式にするかの選択も関わってくるが、デュアルクラッチ式の採用で先行したフォルクスワーゲン・グループには湿式クラッチ式と乾式クラッチ式の2種類が存在する。当然ながらFPT社でもDCTの開発にあたり双方を比較検討している。

それぞれのメリット、デメリットをみてみると、湿式クラッチが優れている点は、乾式より対応できるトルク容量が大きいこと、クリープのしやすさの2点がある。車庫入れ、駐車時などに多用するクリープはクラッチを滑らせて行うため、滑りに強い湿式が有利なのだ。乾式クラッチが優れている点は冷間始動性、全体質重、MTとの共用性、スタートストップ機能との相性、燃費、コストと6点あり、総合的に見てFPT社では乾式が有利という結論に達している。

しかしながら、フォルクスワーゲンの乾式DCTのトルク容量は250Nmとされ、より大きなトルクが必要な場合には、湿式のDCTをチョイスするという方法とした。だが、FPT社は乾式であっても、より大トルクのエンジンに適合させることを選んだ。「乾式クラッチで湿式なみに最大許容トルク容量を増大させることが最大の難関になった」とチミーノ氏は語っている。

小型で軽量な構造

C635の主要な特徴は、3軸構成、2分割ハウジング構造、最大入力350Nm、最大出力トルク4200Nm、既存コンポーネンツの多用、MTと同じ生産ラインで製造、6速MTユニットと外観も搭載性もまったく同じであることなどが挙げられる。

DCT_MT比較 DC_unit

↑DCTとMTのサイズ比較 右)DCユニット

ギヤのレイアウトは、3軸+リバースギヤアイドラーを備え、6速、7速が可能とされている。6速の場合、変速比幅は6.7である。なお「マルチエアエンジンとのマッチングでは、7速は不要で6速で十分という結論になった」とチミーノ氏は語っている。

シンクロは、1〜3速がトリプルコーン、4速、Rがダブルコーン、5〜6速がシングルコーンとなっている。なお作動油・潤滑油を入れた状態でのユニット重量は、81kgと軽量にまとめられていることも特徴だ。(ちなみにVWの乾式7速DCTのユニット重量は70kg)

05

デュアルクラッチ部分は、奇数ギヤ用、偶数ギヤ用のクラッチがデュアルマスフライホイールを挟んでシングルベアリングで支持されるレイアウトで、奇数ギヤ用クラッチはクローズタイプである。アクチュエーターの油圧によるプルロッドによってスライド動作し切断され、磨耗補正の機能も持つ。偶数ギヤ用クラッチは、オープンタイプでスレーブシリンダーで圧着させることで作動させる。なおクラッチユニットはLuk社製で、これはフォルクスワーゲンの乾式DSGとまったく同じである。

C635概要

FPTは350Nmという最大入力トルクにするため、5度ステップのクラッチ温度管理を行う精密温度制御を採用、つまり乾式クラッチの摩擦材の温度をモニターし、フェード限界に近づくとフェイルセーフを介入させるなど限度ぎりぎりまで使用するようにしているという。

このようにC635型DCTは、極めてシンプルで小型軽量な構造とし、クラッチ作動エネルギーを最小限としているのが特徴だ。

VW7g TCT_unit

↑VWのDSGは右側にあるレバーがプッシュされクラッチが繋がる通常のタイプ。右)TCTのphでは見えないが、逆にプル式としている。

ギヤチェンジ機構は電子制御の電動油圧ポンプを採用し、小型で高効率を目指している。変速用の油圧制御は5個のフローソレノイドバルブと2個のプレッシャーソレノイドバルブとし、プレッシャーソレノイドバルブの数を最小限にしてコストを低減。ギヤ部分はMT用のC635、すなわちミト クワドロフォリオ ヴェルテ用と共通になる。また、正確なシフトチェンジを行うためにアクチュエーターの油圧制御は、補正用として高圧/低圧レベル制御を採用している。変速時の不必要な油圧変動が生じたときには、瞬時に低圧、または高圧油圧を加えることで補正し、正確なシフトチェンジが可能としている。

HydroUNITetc

↑ハイドロユニット

多用なモード機能を採用

発進やギヤ変速のモード選択(アルファDNAなど)にあわせたエンジン、トランスミッション制御、ブランド別の個性に合わせた多様なモードも内蔵している。

コンペティツィオーネにはエンジン特性、変速特性、パワーステアリングのアシスト特性、VDCの特性などダイナミクスを統合的に選択できるD.N.Aシステムが装備されている。D(ダイナミクス=スポーツ走行)、N(ノーマル=市街地走行)、A(オールウエザー=滑りやすい路面)をドライバーがスイッチで選択でき、これにあわせて変速の速度やタイミングが自動的に変化するのだ。また機能としては、ブレーキを解放したときのクリープ機能、ヒルホールド機能、スタートストップ機能も採用している。

なおクラッチの作動や変速は、エンジンECUとTCU(トランスミッションコントロールユニット)の統合制御であることはもちろん、総合トルク制御ロジックを採用していることは言うまでもない。DCTは、必要駆動トルクから先読みした変速待機を行うことが大きな特徴で、1速→2速にチェンジした段階では、加速意志が検出されていれば次段の3速ギヤがすでに選択され待機状態にある。そして次の瞬間にはクラッチの断続だけで瞬時に変速される。

DNAselect

↑アルファ自慢のD.N.A制御システム

これを実現するためには、走行状態における必要駆動トルクを演算し、その値を元にエンジンの要求トルクを決め、同時にトランスミッションの必要ギヤ段と次段ギヤを決定するという総合トルク制御が不可欠なのだ。言い換えればDCTが成立するためには、エンジン、トランスミッションの総合トルク制御(出力比例制御)が行われていなければならないということだ。

このDCTのTCUはエンジンECUと共通のボックスで、最短タスクサイクル2ms、CPUは120MHzで、専用CAN-BUSで接続されている。

ざっと、C635の仕組みを見てきたが、チミーノ氏は、C635DCTの特徴を次のようにまとめている。

1) AT、CVTと同等の快適性を備えながら、優れた伝達効率、ドライバビリティを実現。

2) 小型サイズとしながらフォルクスワーゲン製乾式7速を上まわる高いトルク容量を実現。

3) Bセグメント車にも対応できるコンパクト設計。

4) DCTとして高効率、軽量、小型、低コストを実現。

5) スタートストップシステムとの優れた適合性。

6) 電子制御油圧作動式クラッチとシフト・アクチュエーターを採用し、優れた作動性と小型軽量化を両立。

7) 出力比例制御に基づくECUとTCUの統合制御を採用し、耐久性に優れ、スムーズな発進や変速性能を実現。

8) 最高出力トルク4200Nmとすることで4WDにも適合。

このように、FPT社が目指した広範囲な車種に搭載可能なDCTとする、ということが実現し、このトランスミッションはミトを手始めに、今後登場するアルファロメオ・ジュリエッタ、フィアットにも幅広く採用される予定である。

FPT社の戦略

さらにFPT社は、戦略上このC635型1機種でコンパクトカーからミドルクラスの、デーゼル、ガソリンエンジン車に、さらに乗用車のみではなく商用車にも適合させる作戦で、その一方で小型のA、Bセグメントに関してはよりシンプルでローコストのAMTを選ぶとしている。

フォルクスワーゲン社は、より大トルクに対応できる湿式クラッチをラインアップしているため、乾式クラッチは250Nmと使い分けた感じであるが、FPT社は乾式クラッチのみでより幅広い車種に適合させるという、戦略上の違いが明確なのである。

フォルクスワーゲン・グループはDCTを次世代トランスミッションとして位置付け、自社のカッセル工場で大量生産を行っており、すでに累計150万基を超えている。しかしながらフォルクスワーゲン社のDCT登場以後、各メーカーの特定車種にDCTは採用されているものの、それらは極少量の生産であり、日本でも日産GT-R、三菱ランサーエボXなど、いずれもハンドメイドといえるレベルの生産数に過ぎない。こうした現況の中、FPT社は、フォルクスワーゲンと同様に本格的な大量生産を前提としたプロジェクトとしたことに大きな意義がある。

また、FPT社、フォルクスワーゲン社とは対照的に、プジョー/シトロエングループは次世代のトランスミッションとして、コンパクトクラスから大トルクのディーゼルターボまで適合できる新トランスミッションに、6AMT(BMP6型)を選択した。すでにこの新型トランスミッションは年間80万基の規模を持つ新工場で生産を開始している。

FTP社は、DCTを多くの車種に展開するための戦略として、MTとDCTでコンポーネントの共通化を目指し、それには、フロントLSDや4WDに適合できること、車両搭載性はMTと完全互換できることなどを追求している。さらに、下級セグメントなど各種のプラットフォームに対する適合性を実現することや、大量生産に対応すること、そして、単一な生産ラインでMTとDCTに対応し、MTとDCTの生産比率をフレキシブルにできるといった条件もクリアすることにした。つまりトランスミッションの生産量全体を拡大させることでDCTの開発コストやコンポーネンツのコストを吸収できるという結論に達し、開発が決定した経緯がある。

環境性能においても今回のDCTにより、燃費を約10%向上させるとしている。これは、スタート&ストップ機構とより低回転での変速によるものと考えられる。FTPはダウンサイジング・コンセプトを採用したマルチエアとこのDCTの組み合わせで燃費、CO2対応を行うということだ。

もともとヨーロッパでは、Dセグメント以下のクラスは圧倒的にMTが主流で、AT比率が高い日本とは大きく事情が異なっている。ヨーロッパは都市部でも日本より圧倒的に信号交差点が少なく、郊外ではさらにその差が広がる。またユーザー層においても、女性や高齢者でもMT操作に長けているのも事実だ。

しかしMTでは高回転まで使用しがちで、燃費を追求するためには低速トルク重視型のエンジンとDCTによる

低回転シフトアップにより燃費を向上させ、その一方でダイレクト感の高いDCTによりドライビングプレジャーも追及するという手法は、フィアットグループにとっては必然といえるだろう。

文:編集部 松本晴比古

フランチェスコ・チミーノ部長(チーフエンジニア)

チミーノ氏

アエロマッキ社でフライバイワイヤーの研究、マニェッティ マレリ社でトランスミッション制御システムの研究開発を担当・担当部長。フェラーリ、アストンマーチン、マセラッティのAMT開発を担当した。FPT社の設立に伴い開発担当部長に就任。AMT、DCTチーフエンジニア。

↓おまけ動画。技術解説は青山のフィアットカフェで行われました。

関連記事

アルファロメオ ミトTCT搭載モデル価格を下げて正式発売 試乗動画レポート

フィアットグループが実現した圧倒的技術革新 マルチエア・エンジンを開発

アルファロメオ 公式Web

ページのトップに戻る