延期されていた全日本ラリー第4戦が愛媛県の久万高原で開催された。実質最終戦となりシリーズチャンピオンを参戦初年度のGRヤリス勝田範彦/木村裕介組が獲るのか、R5のシュコダ・ファビアを走らせるプライベーター福永修/齊田美早子組が獲るか?注目された。
久万高原ラリー(ターマック)は2020年、コロナ感染症の影響で開催されず、今シーズンも開催が延期となっていたが、徹底した感染症対策や無観客とするなどして開催にこぎつけた。ちなみに2019年は新井大輝(ひろき)/小坂典嵩組のADVAN KYB AMS WRXが優勝している。
レッキを終え
金曜日、参加選手は早朝のレッキ(下見)を終えてサービスに戻ってきた。前回優勝の新井大輝はコースについて「久万高原は難しいコースなので、ちょっと楽しみにしています。ここならR5やGRヤリスとの差は縮められると思います。ここは他の全日本のコースより凄くハイスピードで、先の見えないところも多く、なおかつ路面のグリップ変化も多いんですよ。そういったラリーとしての要素がたくさん詰まっているのがこのコースなので自信があります」
新井大輝は、さまざまな要素があるから車両の性能差だけでは優勝できないのだと説明し、ドライバーの腕と車両性能の比率で言えば技量の割合が多いコースと感じているようだ。
一方シリーズ首位に立つ勝田範彦は「チャンピオンに向けてはあまり緊張はしていないですね。チームの雰囲気がいいからだと思いますけど。コースは注意が必要です。特にギャップに注意しないと跳ね飛ばされるところがあるから。クルマはリヤのバネを少し柔らかくしました。タイヤは硬めを使おうかなと思いますが、コースは回り込むようなコーナーが少なく切り返しが多いコース。高速コーナーが連続している印象です。それと距離が長いので硬めのほうがあっているかなと」
使用可能なタイヤ本数は8本。SSの総走行距離は110.10kmだがレグ2は23.28kmの長いSSが2本というセッティングだ。タイヤの摩耗はポイントになるかもしれないという判断だ。シリーズのチャンピオンポイントでは118点の勝田範彦/木村裕介組とファビアR5を駆る福永修/齊田美早子組の115点と僅かな差。勝ったほうがチャンピオンという局面にいる。
そしてシリーズ3位争いをしているのが、71ポイントの鎌田卓麻/松本優一組と79.4ポイントの柳澤宏至/保井隆宏組だ。鎌田卓麻は「シリーズ3位に上がれるかは今回次第なので、攻めのセッティングで行こうと思ってます。タイヤは多分、みんな硬めを選ぶと思いますけど、ソフトを選びました。同じことをやってたら勝てませんし。コースは厳しい設定なのでずっと全開で走るとクルマが持たないと思いますね。どこかでタイヤとブレーキのケアをしながらスピードを落とさないような走りをしないと。そこが勝負の分かれ道だと思ってます」
レグ1タイヤの消耗戦
明けて土曜日早朝から始まったSSで、なんと新井大輝/小坂典嵩組、そして新井敏弘/田中直哉組のWRX STIはともにヨコハマタイヤを装着するが、SSを2本消化した時点でタイヤ4本を使い切るという想定外のことが起きた。2台ともカーカスが露出してしまうほど摩耗しており、路面のタイヤへの攻撃性が非常に高いことが伺える。残りのタイヤ4本で、SS4本と翌日の長いSS2本を走らなければならない。これは相当厳しい状況と言わざるを得ないだろう。
特に新井大輝はSS1でトップGRヤリス勝田範彦に2.7秒差の2番手タイムを出している。3位は鎌田卓磨だが新井大輝は鎌田に4.6秒もの差をつける激走を魅せたのだ。しかしその走りがタイヤを痛めつける結果となってしまったわけだ。
SS1とSS2の距離は合計で約23km。わずか23kmで使い切ってしまうとは。これはタイヤへの攻撃性はどのクルマにも言えることなのだが、各チームともタイヤの摩耗は激しい。とりわけWRX STIは重量が重いだけにその重量が大きく影響しているのだろう。同じWRX STIを走らせる鎌田卓麻はラリー前に話しているように、タイヤマネージメントがポイントになる、と考えソフトタイプながら初日を4本だけで走りきっていた。
チャンピオン争いを繰り広げるGRヤリス、ファビアR5の2台はSS2終了時点で勝田が福永に5.9秒のリードをした。がSS4が終わってみると福永が逆転し勝田に8秒のリードをつけているのだ。「タイヤを労るのをミスっちゃいました」とサービスに戻るなり話す勝田。GRヤリスのフロント右タイヤのカーカスが露出している。やはり鎌田が言うようにタイヤの消耗戦になってきているのだ。
続くSS5ではニュータイヤを履く勝田が再び福永を交わし、一気に6.2秒縮め1.8秒差まで詰め寄る。そしてレグ1最後の14.21kmと長めのSS6では、福永、勝田の2台は0.1秒の差もなく同タイムを叩き出し1.8秒の差のまま福永が首位に立ち初日を終えた。
レグ1終了時点で3位は新井大輝/小坂典嵩組でトップと37秒差、4位新井敏弘/田中直哉組で44.2秒差、5位奴田原文雄/東駿吾組1分3秒3差、そして鎌田卓麻/松本優一組は6位で1分13秒7差となった。
初日を終え、ニュータイヤ4本を残しているのは全参加者の中でミシュランを履く福永修とダンロップを履き、詳細なタイヤマネージメントをしている鎌田卓麻の2台だけ。鎌田は「トップとは1分13秒ありますけど想定内です。レグ2の長いSSをニュータイヤかそうじゃないかは大きな違いで、追いつけると思います」と力強いコメントだった。
反面3位、4位で終えた新井敏弘、大輝の親子はニュータイヤがない状態でレグ2を迎えるわけで、守りの走りはどこまで順位を落とさないかという厳しい状況に追い込まれている。
レグ2追加されたニュータイヤ
天気予報が当たった。雨だ。主催者は競技が危険と判断するとウエット宣言する。そうするとタイヤが2本追加することが可能で、4本を使い切ってしまったチームには恵みになる。しかし、霧雨状態でヘビーレインではない。水たまりが多くあるという状況でもないが、主催は参加者の安全のため、ということでウエット宣言をした。
この宣言に不本意なのは鎌田卓麻だ。こうした状況を想定してレグ1を抑えて走り、我慢のラリーをしていたからだ。初日にタイヤを4本でこなし、ニュータイヤ4本を温存している。ライバル達のほとんどがタイヤを使い切っているのにだ。どれだけ抑えて走ったのか容易に想像できる。
追加できる2本のニュータイヤはタイヤの種類には制限がないので、チーム事情に合わせたニュータイヤを選択してレグ2に挑むことになった。
首位争いの勝田範彦は2本のニュータイヤを残していたので、そのためレグ2で最初のSS7はニュータイヤ4本で走ることができた。もちろん選択したタイヤはダンロップのウエット路面用新製品201Rを選択。前回のハイランドマスターでも大活躍したタイヤだ。
逆にプライベーターの福永はFIA車両のため公認タイヤであるミシュランブランドのラリータイヤで挑む必要がある。だが詳細なデータを持たないプライベーターには難しい選択だった。案の定、SS7でトップが入れ替わった。1.8秒のリードはあっという間になくなり、勝田に30.3秒も差をつけられることになった。
一方の3位争いをしている鎌田卓麻は6本のニュータイヤを持っていることになる。鎌田にとってはこのウエット宣言は納得し難いものだろうが、ルールなので仕方ない。鎌田は前後ともに勝田と同様ダンロップの201Rを履きSS7に挑んだ。
このダンロップのニュータイヤの性能は素晴らしいのだろう、SS7トップは勝田範彦/木村裕介組、2番手に鎌田卓麻/松本優一組となった。タイム差は13.1秒。そして3番手以降には実に30秒以上のリードを広げることに成功している。勝田のGRヤリスは別格としても鎌田のWRX STIは3位福永に17.2秒、新井大輝になんと29.5秒、新井敏弘に35秒ものリードをつけたことになるのだ。
さらに鎌田は「コースが意外と霧が濃くて見えないんですよ。視界があればもっと詰めることができたと思うんですけど。でも怖い思いはだいぶしました(笑)かなり攻めましたからね」
すでに新井敏弘、大輝親子のWRX STIは8本使い切っているので、2本ニュータイヤを装着してもあと2本はユーズドになる。それもグリップレベルが低いタイヤしか残っていないので無理もないのだが。
そして最後のSS8は30秒以上のリードがある勝田範彦/木村裕介組は楽になった。3位は新井大輝/小坂典嵩組で4位に鎌田卓麻/松本優一組が上がってきている。3位の新井大輝は「3位死守はもう無理、リヤタイヤが全くグリップしないので100m手前でブレーキ踏んでも止まらないし、全部ドリフトするからタイムは出ない。残念ながら順位は下がっちゃいますね」と最後のSSを前にコメントしていた。
順位争いの結果、鎌田卓麻/松本優一組は3位に浮上し、4位に奴田原文雄/東駿吾組が入る。新井大輝/小坂典嵩組は5位、新井敏弘/田中直哉組は6位という結果になった。新井大輝は「最後のSSはそれでも必至に走りましたよ。最後は酸欠状態で危なかった。今回は19年に優勝したときよりも踏んでるだけどGRヤリスは速い。追いつけなかった」と疲労困ぱい状態でコメントしていた。
そして優勝はGRヤリスを駆るベテラン勝田範彦/木村裕介組が勝ち、シリーズチャンピオンも今季からの初参戦で決めた。2位はプライベーターのファビアをドライブした福永修/齊田美早子組、シリーズランキングも2位という結果になった。
参戦1年目でチャンピオンに輝いた勝田範彦は「もう皆さんのおかげです。チームスタッフの力がなければ勝てなかったし、今日は特にダンロップタイヤのおかげもありました。いいクルマに仕上げてもらってそれをドライブし、僕も頑張らないと思って走りました」とチャンピオン経験者だが謙虚なコメントだった。
鎌田卓麻は「狙って獲った3位なので凄く嬉しいです。ダンロップタイヤのおかげもあって、今日はある意味想定内の展開でしたけど、レグ1からこうした展開を想定してタイヤを温存し、そして思い通りの展開で勝ててめちゃくちゃ嬉しいです」と喜んでいた。
終わってみればGRヤリス勝田範彦/木村裕介組は2位ファビア福永修/齊田美早子組に31.6秒の差をつけ、3位WRX STI鎌田卓麻/松本優一組に1分33秒3のギャップ、4位GRヤリス奴田原文雄/東駿吾組1分48秒5、5位WRX STI新井大輝/小坂典嵩組に1分54秒3、6位WRX STI新井敏弘/田中直哉組2分20秒0という大差を付けてGRヤリスが圧勝した。
新井敏弘は今シーズンを振り返り「トヨタがGRヤリスを発売したことはいいことだけど、速すぎたら競技にならない。またドライバーのテクニックを見せるのもラリーの魅力で、それをファンが喜んでくれるし、ドライバーも下剋上ができる世界だからたくさんの人が上を目指して参戦してくる。参戦するGRヤリス全部が速いというわけでもないから、シリーズチャンピオンになった勝田のラリー車をベースに、各ラリー車に性能調整をするアイディアはどうだろうか。そこはGAZOOレーシングもパーツの公平化も視野にあるといいと思う」というコメントがあった。
さらに「新型WRXは良さそうなクルマだけど現行モデルより重い可能性がある。レース用に開発したクルマではないから、それはそれでいいんだけど、競技で使うとなるとさっき話した性能調整で重量差をなくさないと競技にならないかな。これからオフシーズンに入って検討しないとね」ということだった。
確かに今季の全日本ラリーのJN1クラスは、異種格闘技のようにさまざまなレギュレーションで作られたラリー車が混在した。チューニングもそのカテゴリーに当てはめて行なうため、変更できる箇所に違いがあったり、そもそもR5規定のラリー車はいわばレーシングカーなので市販車をベースにしたJN1クラスとは別のクラスとも言えるわけだ。
こうした課題をどう解決していくのかはこのオフシーズンに話し合われることだろう。そして2022年シーズンは有観客で、1秒を争う手に汗を握るラリーを期待したい。
2021年全日本ラリーチャンピオン勝田範彦/木村裕介組おめでとう!<レポート:髙橋明/Akira Takahashi>