注目を浴びる高齢者の交通事故 世界各国と比べ日本だけが異常なデータとなるのは何故?

雑誌に載らない話vol252
この記事は2017年9月に掲載した有料記事です。一般無料公開しました。

ペダルの踏み間違い事故、認知症の疑いのある高齢者による重大な事故・・・など、最近の日本では高齢者の交通事故がクローズアップされている。2016年に高齢者の運転による死亡事故が続いたこともあって、2016年11月「高齢運転者による交通事故防止対策に関する関係閣僚会議」が開催され、政府一体となって取り組むことになった。

ペダルの踏み間違い事故のイメージ

■セーフティ・サポートカーSと運転免許返納運動

この閣僚会議の結果を受け、国土交通省は相次ぐ高齢運転者による交通事故の対策の第1弾として、国内乗用車メーカー8社に対し「高齢運転者事故防止対策プログラム」の策定を要請した。これを受けてメーカー各社は2017年2月末までにプログラムを策定し、それに基づき自動ブレーキ、ペダル踏み間違い時加速抑制装置などの先進安全技術について、研究開発の促進、機能向上と搭載拡大、ディーラー等における普及啓発等に取り組む方針が打ち出された。

交通事故死者数推移グラフ
警察庁交通局 2017年2月

それ以後クルマのTVコマーシャルの多くが、運転支援システムや予防安全をアピールする内容になっていることは周知の事実だ。自動車メーカーは、自動ブレーキ、ペダル踏み間違い時の加速抑制装置は2020年までに、ほぼすべての車種(新車)に標準装備、またはオプション設定され、このうち自動ブレーキについてはそのほとんどが歩行者を検知可能とすることになっている。また自動ブレーキ、ペダル踏み間違いによる誤発進抑制システムを装備したクルマは「セーフティ・サポートカーS」と呼ばれるようになっており、この名称もクルマのTVコマーシャルで盛んに使われるようになった。

人口あたりの状態別・類型別死亡事故件数推移グラフ

また、こうしたクルマに予防安全システムを盛り込む機運とは別に、高齢者に運転をさせないために、警察庁がリードして「運転免許証の自主返納」運動が展開されている。70歳を超えたら免許証を自主返納することを奨励し、返納者には身分証明書代わりに使用できる「運転経歴証明書」が発行され、これを提示することで賛同企業などの割引サービスを受けられるようにしている。

自動車事故座席別死者指数の推移グラフ

しかし大都会ならともかく、地方では高齢化、過疎化が進み、鉄道やバスなどの公共交通機関のサービスも縮小傾向にあり、日常の買い物、病院への通院などにはクルマは不可欠であり、高齢者自らが運転する必然性があり、簡単に運転免許を返納できるような状態にはない、というのが現実だ。

そのため、高齢化社会が進み、都市部と地方の格差が進む日本の交通は、社会的に大きな課題となっている。

■海外の事情は日本とは違っていた

高齢者による交通事故は、日本ほどではないにせよ高齢・少子化のヨーロッパ諸国ではどうか? アメリカではどうか? 世界共通の課題なのだろうか? ということで世界各国の交通事故データを調べてみよう。

交通事故総合分析センター(ITARDA)が国際交通事故データベース(IRTAD)のデータを元にした資料(2015年版)で、海外諸国の交通事故の実態を知ることができる。

まず、主要国の交通事故での死者数の推移を見ると、ダントツの交通事故大国のアメリカでも2007年頃から減少傾向にあるが、日本を含めたその他の諸国は継続的に低減していることがわかる。

各国の交通事故車数推移グラフ
ITARDA 2015年

また1995年を100とした指数表示でも、アメリカだけは傾向が違っている。だが、その他の国の交通事故死者数は、継続的に少なくなっていることが分かる。さらに、人口10万人あたりの交通事故死者数の比較では、アメリカ、韓国、東欧やギリシャなどは際立って多く、日本はヨーロッパ諸国のレベルに近い存在であることがわかる。

1995年時 交通事故死者数を100とした場合の推移

次に自動車1万台あたりの交通事故死者数を見ると、日本は少なく、事故大国のアメリカもこの指標ではわずかに多めというデータだが、米国が事故大国となっているのは、日本の2倍という1億2500万台という圧倒的な自動車の保有台数の多さに原因があることがわかる。

人口10万人あたりの交通事故死者数

一方で、突出して事故が多いのが韓国で、乗用車保有台数は1700万台と、日本の1/4の保有台数にもかかわらず、死者数はダントツで多い。なお、この統計データには入っていないが、現在では中国がアメリカを抜いて1億5000万台の自動車保有が想定され、交通事故死者数はアメリカを上回っていると予想されている。

各国の自動車1万台あたりの交通事故死者数

この結果、日本は保有台数が多いが、交通事故死者数は少ないグループに入っている。ただ、別のデータでは、1台の走行距離は、日本、韓国が他国より少ないが、韓国は突出した事故死者数で、日本もやや多目と位置付けられる。

各国の交通手段別交通事故死者数の構成率

交通手段別の事故死者数のデータを見ると、日本の異常な状況がわかる。日本と韓国だけが歩行中の事故死者数の比率が多く、さらに自転車での事故死者数も断然多くなっている。

日本の年齢別交通事故死者数・負傷者数の構成率と人口構成率

逆に自動車乗車中の事故死者数は日本と、韓国は他国より少ないのも特長だ。これは自動車の平均速度が遅く、車道・歩道の区別、車道の狭さなど、道路インフラが劣っていることを示している。ドイツは事故死者数は日本より、やや少ないというレベルだが、歩行中の事故死亡者数は日本1/3以下になっていることかわもわかる。

各国の年齢別交通事故死者数・負傷者数の構成率と人口構成率

また事故死者数の中での歩行中が原因の比率は、日本:37.3%、韓国:38.8%であるのに対し、アメリカ、ドイツは15%台、フランスは13%台で、やや多いイギリスでも23.7%で、いかに日本、韓国は歩行者の事故死者が多いかが分かる。

各国の年齢別交通事故死者数・負傷者数の構成率と人口構成率

■これからの対策は

次に年齢別の事故死者を見ると、日本はその構成比の56%が65歳以上だ。他国のデータを見比べると異常に多いことが分かる。日本の次に位置する韓国でも39.3%で、その他の諸国は20%台以下、アメリカに至っては17.6%と少ない。

このことから、日本は高齢者の事故死者数がきわめて高いことになる。この点と、歩行中の事故死者数が多いという2つの点が日本の交通事故での最大の被害者であることは注目に値する。つまり、高齢者は死亡に至るような重大な交通事故の被害者であり、加害者だということになる。

現在のセーフティ・サポートカーSの展開
現在の政府主導の「セーフティ・サポートカーS」の展開

その意味では、歩行者を検知できる衝突被害軽減・自動ブレーキ、ペダル踏み間違いによる誤発進抑制装置の普及を目指す「セーフティ・サポートカーS」の運動の狙いは間違っていないと。ちなみにペダルの踏み間違いによる事故は、日本特有ではなくATが普及している国では一定程度発生しているが、それが高齢者特有の事故という扱いになっているのは日本だけの現象だ。

内閣府と仙北市、DeNAが行なった無人シャトルバスの走行実験風景
内閣府、仙北市が共同し、DeNAが行なったハンドルやアクセル、ブレーキなしの無人シャトルバスの走行実験

その理由は、過疎化し、公共交通機関が衰退している地方で生活するためには、高齢者が自らハンドルを握らざるをえないという状況があると考えられる。

そうした問題を解消するために運転免許証を返納するといったことでは、とうてい本質的な解決策とはいえない。

パナソニックの自動運転EVの実証実験風景
パナソニックの福井県・永平寺町での自動運転EVの実証実験

「セーフティ・サポートカーS」のようなクルマの予防安全性を高めることも有効な手段であるが、地方での移動手段としてより、コミュニティをつなぐ新たな交通システムなどの模索も考える必要があるだろう。

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