自動運転の話題は最近事欠かないが、じつは飛行機はずっと昔から自動操縦化が進んでいる。第2次大戦前に、大型輸送機や爆撃機には機械式の自動操縦システムが採用されていたし、現在の航空機はすべて自動操縦システムとなっていることに加え、自動離陸、自動着陸システムも備えている。
■航空機の自動操縦と操縦桿
ではパイロットは何をしているのだろうか? 当り前のことだが、パイロットはそれが仕事、業務なので、自動操縦の設定や自動操縦をモニターする義務がある。出発地と目的地のデータをインプットし、自動操縦をセットする。離陸後は飛行中のチェック地点を正常に飛行しているかどうかを常時モニターしているのだ。クルマでいえば、レベル4の自動運転システムを装備しているにも関わらず、レベル2の運転支援システムのようにパイロットはモニターしているといえる。
また航空機は自動離陸、自動着陸システムを搭載しているものの、通常は、すべて手動操縦で行なわれるのだ。自動着陸が使用されるのは、全く視界が効かないような時に、なんとしても着陸する必要がある時だけだ。
現在の航空機は、操縦システムもフライbyワイヤー(電子制御・操舵システム)が定着している。フライbyワイヤーも初期はアナログ制御だったが、今ではもちろんデジタル制御に進化している。戦闘機ではF16、旅客機ではエアバスA320からが本格的なフライbyワイヤーを採用している。
ボーイング747ジャンボ機は2軸制御だったが、ボーイング777以降は完全な3軸フライbyワイヤーで、いわば戦闘機などと同等レベルに進化している。そのため、現在では無理な操縦や失速に至るような操縦をしても、また正常な操縦状態でも、横風によるヨーイングなどの抑制操作やカウンターステア(当て舵)は自動的に行なわれるようになっている。
そういう意味で航空機の安定性や操縦性は過去に比べ飛躍的に高くなっているが、一方で非常の場合などはフライbyワイヤーの自動システムをパイロットがオーバーライドできるようになっており、最終的には人間の判断が優先できるのだ。
またフライbyワイヤーの場合は、操縦桿と実際の舵を操作するアクチュエーターはデジタル信号で結合されており、操縦桿はゲーム機のコントローラーと同様な存在になっている。だが、ボーイング社はパイロットの操縦感覚を重視し、油圧の疑似操作力(Artificial feel devices:人工感覚)発生装置により操作力や操作量に応じた手応えの力を発生させ、旧来の航空機と同様の手応えを発生させている。つまり、デジタル制御のフライbyワイヤーといえども操縦桿の手応え、操舵フィーリングのフィードバックはパイロットとって、より重要なのだ。
一方、ヨーロッパのエアバス社の操縦桿は、ボーイングのような従来タイプの操縦桿ではなくジョイスティック式で、操作力の疑似フィードバックは採用されていないのだから興味深い。
■ステアリングはクルマとドライバーの最重要のインターフェース
クルマの場合は、クラシックなクルマから近未来の自動運転に至るまで、やはりドライバーにとってもっとも重要なインターフェースはステアリングだ。その理由は、クルマはタイヤによって走る、曲がる、止まるという運動を行なっているが、その走る、曲がる、止まるという現象をドライバーに最も強く伝えてくれるのがステアリングだからだ。
ステアリングホイール以外に、ドライバーが操作するものにはアクセル、ブレーキ、クラッチというペダル類、ギヤチェンジレバーがあるが、アクセルやクラッチ、ギヤチェンジレバーは、クルマの運動とは直接的な関係を持っていない。アクセルを踏み込んで、結果的にエンジンの回転が上がるフィーリングをドライバーは体感するが、アクセルペダルの操作フィーリングはそれほど重視されない。
ペダル類では、ブレーキペダルが唯一、ブレーキ状態をフィードバックする役割を持つが、ドライバーはブレーキ時には減速Gも体感しているため、ペダルのフィーリングだけに頼っているわけではない。
これに対してステアリングはペダル類と違って、走っている限り常時操作し、路面の状態、タイヤのグリップ状態、コーナリングのタイヤの挙動などを前後G、左右Gと合わせてドライバーは体感する。つまりステアリングから得られる情報はとても多く、クルマの状態を把握するためのもっとも重要なインターフェースなのだ。
■パワーステアリング
日本車は、1970年代以前はパワーステアリングは希少な存在で、多くのクルマはパワーアシストなしで、操舵力を軽くするためにリサーキュレーティングボール式(ボールナット式)が多く、ギヤ比も現在から考えるときわめてスローだった。
まだ当時は道路の舗装状態も良くなかったし、高速道路も少なかったため、路面からの振動や外乱を低減することも重視された。そのため、スローなギヤ比、遊びの多いステアリングが一般的で、整備要領でもステアリングホイールは直進部分から左右数cmの遊びがあることがよいとされた。現在では信じられないことだが当時の常識だったのだ。
こうした日本の事情があったため、海外に輸出されたクルマは、ルーズで正確性のないステアリング・フィールという評価を受けた。もちろん現在ではパワーアシスト付きのラック&ピニオン式のステアリングが主流になり、ニュートラル付近での遊びも存在しなくなっている。しかし、日本車は歴史的に見てステアリング系に対しては防振、外乱入力の遮断ということが大きなテーマであり続け、ステアリングからのインフォメーションや正確さという点に着目するということは、なかなか重視されなかった。
高出力スポーツモデルとして登場した日産・スカイラインR32型GT-Rのステアリングラック・ギヤは、U字型のクランプでボディに止められ、そのU字の内側にはラバーブッシュが使用されていた。もちろん他車でもこの形式が多かったが、この形式は左右方向の入力に対して逃げが生じてしまい、ダイレクト感のある正確なステアリング・フィールを求めるにはふさわしくなかった。
ちなみにGT-Rはその後のステアリングラック・ギヤの取り付け剛性をモデルチェンジごとに高め、ステアリング・フィールを向上させている。その後、次第にステアリングラック・ギヤをフロント・サブフレームにボルトで締結する方式が主流になり、従来のようなクランプを使用せず、ラックギヤのケースにボルトが通る穴を設ける形式で、ボルトによる固定をするようになった。ただしそのボルト穴の周囲にはゴムブッシュが使用されていたのだ。
このような形式はキャノン・マウント、俗称では蟹目マウントと呼ばれている。しかし現在では、トヨタのTNGAプラットフォームからはステアリングラックは、ゴムブッシュなしでサブフレームにボルトで締結するダイレクト(直付け)マウントが採用され、より遊びのない、正確なステアリングが指向される傾向にある。
もちろん、ステアリングのラックギヤのマウントだけではなく、ステアリングシャフトやステアリングコラムなど、ステアリング系全体の剛性向上も行なわれている。例えばトヨタではステアリング系に着目したのは古くは2003年に登場したゼロ・クラウンに端を発している。
トヨタでは2001年頃からヨーロッパ車の操舵感の実現という研究が行なわれ、ステアリング系全体として大きな飛躍が求められていた。ヨーロッパ車の操舵感とは、十分な路面からのフィードバックやあいまいではない正確なステアリングなどで、これを実現するためにステアリング系全体を根本的に見直している。
ステアリング系全体の剛性を従来では考えられないほど高め、同時にステアリングギヤの形状、ステアリング系の支持剛性、可動部の摩擦特性などを吟味し、結果的にはなんと、従来型に比べてメインシャフトねじり剛性が2.3倍、ゴムカップリングねじり剛性が2.2倍、ギヤボックス支持剛性が2.5倍にもなっているのだ。さらに、ブッシュのゴム配合やボールブッシュのグリスなどによる摩擦といった細かな領域まで徹底的にチューニングを行なっているが、実際にはそれでも不十分とされている。
設計から取り付けまで、ステアリング系は極めて繊細な領域に踏み込む精密なシステムであることは、時代とともに認識されるようになるわけだ。
■最新の電動パワーステアリング
現在の車両は電動パワーステアリング(EPS)に切り替わっているが、それまでの油圧式パワーステアリングとは異なるステアリング系のチューニングが必要となってきている。いかにもモーターによるアシスト感を抑え、滑らかで気持ち良い、正確でインフォメーションが得られる電動パワーステアリングが追求されている。
その最先端に位置するのが大型車、SUVなどに使用されるラック軸並行モーター式EPS、EPS apaと呼ばれるタイプだ。この形式は、ステアリングラックと平行にモーターを配置し、モーターはベルトを介してステアリングラックの片側にあるリサーキュレーティングボール部を回転させ、同軸のステアリングラック・ギヤを動かすという凝った、電動&機械式の機構を採用している。この複雑な機構を採用している理由は、EPSの中でも最も滑らかで、ハイレベルの操舵フィーリングが得られるからだ。
この形式のパイオニアはZF社のEPS apa で、アメリカ系のTRW社もベルト駆動式として発売している。ZFのEPSは、その後ボッシュ社に移管され、ZFはTRWを買収したためZFとしてはTRWのEPSを扱っているが、いずれにしてもプレミアム・ブランドの中型以上のクルマはこのシステムがデファクトスタンダードになっている。
日本では電動パワーステアリングの分野で世界ナンバーワン企業であるジェイテクトが、ついにこのEPS apa(ジェイテクトの呼称はRP-EPS。RPはラック・パラレルの略)を開発した。
他社製品よりさらに摩擦抵抗の少ない滑らかな操舵フィーリングを追求した意欲作で、2017年3月に発売されたレクサスLCに初採用され、今後はFR系の車種に続々採用される予定だ。
レクサスLCは、日本車ではかつてないほどの洗練されたステアリング・フィーリングを誇っているが、その背景には新たなパワーステアリングの技術が投入されているのである。また近未来の自動運転車には、大きな操舵力を発生できるEPS apa が不可欠で、二重の制御システムを採用することで、自動操舵に最適なシステムと位置付けられていることも注目すべきだろう。