フランス、イギリス政府が2040年までにエンジン車は販売を禁止。本当にエンジン車はなるくなるのか?

雑誌に載らない話vol200
2017年7月に、フランス政府、イギリス政府から相次いで「2040年までにガソリン、ディーゼル車の販売を禁止する」と発表され、ニュースが駆け巡った。やっぱり、これからは電気自動車だ!と叫ぶ人も確実に増えつつある気配だが、このニュースの真実はどこにあるのかをしっかり見極める必要がある。

■フランスの場合

2017年6月6日、フランス政府のニコラ・ユロ環境省担当閣僚は記者会見し、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出を抑えるため、2040年までにガソリン車とディーゼル車の国内販売を禁止する方針を発表した。この会見では「インドも30年までに同じ規制を実施する考えだ」と他国の例を紹介した。

フランス政府首脳集合写真 マクロン大統領
マクロン大統領と各大臣。マクロン政権ではまだ各種政策が不透明

ユロ環境相はこの記者会見で、内燃エンジン車の規制の具体的な計画や内容にはまったく触れていないが、ガソリン車やディーゼル車から環境負荷の少ない電動車への切り替えのために補助金を出すなどして、電動車を普及し、一方でガソリン車などの生産や販売に段階的に規制をかけ、最終的に禁止すると予想されている。

フランス政府 ニコラ・ユロ環境相
フランスのニコラ・ユロ環境相

フランス自動車工業会では、この発言に対し前向きなニュースだとしている。電気自動車の価格も2万ユーロ(約260万円)程度まで下げ、さらに補助金を得ることで普及を促すとしている。フランス政府はルノー・グループ、PSAグループの大株主であり、この点で他国とは違った独特のポジションにあり、両グループはこの環境相の記者会見内容は事前に了解済みと見ることができる。

日産・ルノーアライアンスの電気自動車ラインアップ
日産と連携しいち早く電気自動車戦略を推進するルノー

ルノー・グループは、日産とのアライアンスで電気自動車のリーダーシップを獲得することが中長期的な戦略となっており、すでの電気自動車のラインアップを他社に先駆けて充実させており、BセグメントのEV「ゾエ」は航続距離400kmを実現している。

ルノー・ゾエ
航続距離400kmを達成したルノー・ゾエ

またPSAグループもすでに2016年5月に電動化戦略を発表している。新開発した2種類のプラットフォームに集約し、2019年からプラグインハイブリッド車を投入する計画としている。

プラットフォームは「コモン・モジュラープラットフォーム(CMP)」と「エフィシェント・モジュラープラットフォーム(EMP2)」でCMPは、中国東風汽車と共同開発する。小型車に使用される。このCMPを電気自動車用にしたプラットフォームが「e-CMP」で、50kWhのリチウムイオン電池で航続距離450kmを達成し、1分の充電で12km走行可能という急速充電システムを搭載するなど、2023年までに80%のプジョー、シトロエンを電気駆動化するというのだ。

ただ、この戦略の発表にも事情があり、PSAグループは2009年〜2015年の間、検査時にだけNOxの排出を不正に抑えるECUを搭載したクルマを191万台販売したことに対し、政府から約6500億円の罰金を課せられる可能性が報じられている。PSAグループはそのようなECUを搭載していないと否定しているが、何らかのファクトを当局に握られ、電気駆動化の戦略を発表せざるを得なくなったのでないかという見方もある。

このようにディーゼル・エンジン依存が強いと思われているフランス車はすでに他の自動車メーカーより早く、電気駆動の方向性を明らかにしている。

ルノーの電気駆動ユニット
ルノーの電気駆動ユニット

しかし、興味深いのはニコラ・ユロ環境相は、自動車の政策だけでなく、2022年までに石炭発電の停止や、2025年までに発電比率70%超の原子力発電への依存度を引き下げる目標も発表した。

ということは世界ナンバーワンの原子力発電大国のフランスが原子力発電所も相当数を停止させる必要がある。具体的には17基の発電所を閉鎖するという。これは前のオランド大統領が掲げた原発依存比率を50%にまで引き下げる、という政策の継承といえる。

エマニュエル・マクロン新大統領のもとで発足した新内閣で、ニコラ・ユロ氏は環境担当大臣に就任しているが、元々ジャーナリスト出身の環境重視主義者だが、一方で内閣のエドゥアール・フィリップ首相はフランスの原子力関連複合企業で、原子力発電の総本山、「アレヴァ社」に同調する原子力発電推進派なのだ。つまり、環境担当のニコラ・ユロ氏の原発抑制案がフィリップ首相の内閣で合意項目なのかどうかは明確ではない。

一方で、地球温暖化問題を巡り、アメリカのトランプ政権が国際的枠組み「パリ協定」の離脱を決めている。各国の協定署名に尽力したフランスは自ら高い目標を掲げることで、アメリカの離脱とドイツを政府を振り切って温暖化対策の分野で世界の主導権を握るというマクロン大統領の意図に従って、原発の削減や内燃エンジン車の販売禁止をアピールした、という見方もある。つまりあくまでもパリ協定に関連した政治プレイで、マクロン大統領と政府としての長期的な環境戦略はまだ不明確といえる。

フランス政府は2014年時点で、2030年までに国内で700万基の充電ステーション網を作るとしていたが、現状は約1万5000基といわれ、日本より少ないのが現状だ。さらに内燃エンジン車から電動車に乗り換えを促進する補助金の財源もかなり厳しいと言われている。フランスは公共部門の累積債務が国内総生産額に匹敵するといわれ、財政的には厳しい状態にある。

したがって、結局はルノー、PSAグループの自主的な電動化戦略に依存せざるを得ないのではないかと考えられる。なお、電気駆動車については、ルノーは電気自動車化とディーゼル車の48Vマイルドハイブリッド化を進め、PSAグループは一部をPHEV、その他は48Vマイルドハイブリッド化が想定されている。

つまり「ガソリン車とディーゼル車の国内販売を禁止する」というニコラ・ユロ環境相の発言は決してすべてを電気自動車にするという意味ではなく、マイルドハイブリッド化を含めるという意味であり、現実にはクルマの大半は48Vマイルドハイブリッドとになると予想できる。。

■イギリスの場合

イギリスでは、2017年7月27日にゴーヴ環境相が26日、ガソリン車とディーゼル車の新規販売を2040年から禁止すると正式発表した。発表内容はフランスのニコラ・ユロ環境相の発表内容と同じだ。ただしその発表は「通常(conventional)のディーゼル車とガソリン車の販売を禁止」とされており、ということはマイルドハイブリッド車であれば問題ないと解釈され、必ずしも電気自動車化を意味しているわけではない、と考えられる。ただし、ディーゼル・ハイブリッドは禁止という方針とも言われている。

イギリス政府 マイケル・ゴーヴ環境相
マイケル・ゴーヴ環境相

テリーザ・メイ首相の率いる保守党は、総選挙時にほぼ全ての乗用車と商用バンのゼロエミッションを2050年までに実現する、と公約しており、今回の発表はその公約に従ったものといえる。

マイケル・ゴーヴ環境相 2040年に向けた環境対策ペーパー

さらにゴーヴ環境相は、大気汚染が進行している地域にディーゼル車が乗り入れるのを制限するため、地方当局向けに2億5500ポンド(370億円)を拠出するという。

じつはイギリスは、裁判所から大気汚染に対する政策を策定するよう命じられ、大気浄化戦略を発表することを迫られている。政府は、NOxが違法な水準にあることに対処するため、新たな計画を提出するよう裁判所から命じられているのだ。

これはイギリスの環境団体が政府を提訴し、裁判で勝利した結果、環境法ではEUの定めているNOx基準に達していないことを、EU基準並に是正しなければならないということだ。

現在のイギリス政府は、それ以前の労働党政権が、CO2排出量はガソリン車と比べて少ないとしてディーゼル車を推進していたためディーゼル車が大幅に普及し、その結果としてNOx汚染が進んだと説明している。

イギリス政府 2040年に向けた環境ペーパー

しかしイギリスでは2016年に1万台の電気自動車が販売されたが、イギリスの自動車販売市場は年間270万台で、電気自動車のシェア拡大の道程は長い。当然ながら電気駆動化を推進するためには、購入時の補助金が不可欠だと自動車メーカー側は考えている。

8月7日、この発表を受け、ジャガー・ランドローバー社は2020年以降に発売する全ての車種を電動化すると発表した。その一方で現時点では、価格の高さ、車種の少なさ、充電設備の少なさが電気自動車にとってのハードルになっていると指摘され、ガソリン、ディーゼル車の完全な禁止は、現在の市場規模と、80万人以上の雇用を支えるイギリスの自動車産業を傷つけるとも考えられ、電気駆動化の政策に否定的な意見も少なくない。

■ドイツの場合

ドイツの自動車メーカーは、ディーゼルはガソリンより低燃費で、地球温暖化対策の主要因とされるCO2の排出が少ないこと、そして走行性能が優れていることで、ディーゼル車に多大な投資をしてきた。こうしたフランスやイギリスのやや政治的な政策発表は歓迎しにくい状況にある。

例えばアウディは、ヨーロッパ市場の販売台数の2/3はディーゼルで、BMWもほぼ同様の比率になっている。もちろんフォルクスワーゲン・グループもBMWもダイムラーもそれぞれ電気駆動化の戦略は発表しているが、内燃エンジン車を廃止するとは言っていない。

その一方で、ドイツでは主としてディーゼル車のRWE(実走行での排ガス)が重視され、この動きの中でメルセデス・ベンツは300万台のディーゼル・モデルの事実上のリコールが求められ、アウディも約85万台のリコールが行なわれるなど、これまでのディーゼルこそ本命というイメージは崩れつつある。

ドイツ政府 アンゲラ・メルケル首相
アンゲラ・メルケル首相

ドイツのメルケル首相は、フランスやイギリスの内燃エンジン自動車に関する政策発表に対して「CO2削減に効果のあるディーゼルエンジンを悪者にはしてほしくない」と語るなどフランス、イギリスとは違うスタンスを取っている。

ただ、その一方で首相報道官は、メルケル首相は電気自動車普及促進の立場でもあるとコメントし、メルケル首相自身もその後の週刊誌のインタビューで、いずれは内燃エンジン車の販売禁止の時代を迎えるという見解も述べている。

もちろんドイツの自動車メーカーや、ディーゼル・システムの大手サプライヤーのボッシュは、今後もディーゼル車をより厳しい排ガス基準で対応させる。そのための技術は十分に蓄積されているとしている。
(参考リンク:NOxとCNGで空気の質を改善【ボッシュ・モビリティエクスペリエンス2017レポートvol.6】

ボッシュ DRIVE-E

自動車メーカーによる「電気駆動化戦略」は、ボルボ社が先駆け、その後、フランス、イギリス政府の発表を受け、多くのメディアでは電気自動車への急激なシフトは決定的とされているが、現実はヨーロッパでも電気自動車の価格は高く、航続距離が短く、充電インフラも不充分であり、PHEVも高価格な高級車では成立しても、ヨーロッパのメイン・カテゴリーであるB、Cセグメントではコスト的に成立しないという現実もある。

事実、ボルボ車も「電動化」には48Vマイルドハイブリッド、PHEVも含むとしており、電気自動車は少数のラインアップで、大型上級モデルはPHEV、それ以下のクラスは48Vマイルドハイブリッドを想定している。

ボルボ 電動化イメージ

このように見ると、フランス、イギリスの政策、各自動車メーカーのメインストリームは48Vマイルドハイブリッドであり、したがって少なくともガソリンエンジンは確実に搭載され続けると考えて良いだろう。

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