雑誌に載らない話vol187
事の始まりは2016年11月15日の総理大臣官邸の大会議室だった。安倍総理大臣をはじめ、司会役の菅内閣官房長官、 加藤内閣府特命担当大臣、松本国家公安委員会委員長、石井国土交通大臣、萩生田内閣官房副長官、野上内閣官房副長官、古屋厚生労働副大臣、杉田内閣官房副長官、古谷内閣官房副長官補が集まり、「高齢運転者による交通事故防止対策に関する関係閣僚会議」が開かれた。
――安倍首相は冒頭
「先月28日(2016年10月)、横浜市で発生した小学生男児の交通死亡事故をはじめ、このところ、80歳以上の高齢運転者による死亡事故が相次いで発生しており、亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げますとともに、御遺族の方々に心より御見舞いを申し上げます。(中略)、今後、高齢運転者の一層の増加が見込まれることから、政府としては、一連の事故を80歳以上の方が引き起こしたことも踏まえ、更なる対策の必要性について、専門家の意見を聞きながら、検討を進めてまいります。 各位にあたっては、改正法の施行に万全を期すとともに、取り得る対策を早急に講じるなど、この喫緊の課題に一丸となって取り組むよう指示いたします」と語った。
高齢運転者による交通事故防止対策に関する関係閣僚会議 議事録
つまり安倍首相の直接の指示で、高齢運転者による重大事故の抑制政策を関係各省庁が練ることになったのだ。
■安全運転サポート(セーフティ・サポートカー)車の登場
この指示を元に、11月24日に交通対策本部(本部長:内閣府特命担当大臣)の下に関係省庁局長級を構成員とする「高齢運転者交通事故防止対策ワーキングチーム」が設置された。このワーキングチームは、内閣府主導で、警察庁、総務庁、厚労省、経産省、国交省から成る。ここで、警察庁は「高齢運転者交通事故防止対策に関する有識者会議」をスタートし、国交省からは自動車アセスメントにおける対歩行者自動ブレーキ評価の開始や、自動運転戦略本部の設置、自動車メーカーに対する「高齢運転者事故防止対策プログラム」の策定要請をしていることが報告された。
注目すべきは、国交省が「自動運転戦略本部」を立ち上げ、自動運転の実現をさらに加速させる姿勢を見せていることだ。自動運転については、安倍首相肝いりの「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の11分野の中のひとつに「自動走行システム」が入っており、さらに東京オリンピック開催時には自動運転を公道で行なうことも決定されている。このために自動車メーカーは自動運転技術の開発を加速させているが、交通事故対策の手法としても自動運転(高度運転支援システム)の実現を一段と加速させようという政策だ。
「安全運転サポート車」の普及啓発に関する関係省庁副大臣等会議について
また国交省は自動車メーカーに対し「高齢運転者事故防止対策プログラム」の策定を要請し、国内自動車メーカー8社からそのプログラムが提出されていることが報告された。さらに経産省は、高齢者の事故を抑制する技術を盛り込んだクルマを「安全運転サポート車」と命名し、その普及啓発に関する関係省庁副大臣等会議を開いていることも明らかにされた。
このような検討を経て、「安全運転サポート車」を早急に普及させること、各自動車メーカーは2020年を目処に、歩行者を検知・対応できる自動ブレーキ・システムを、標準装備、あるいはオプション設定としてユーザーが選択できるようにするという流れが決定された。
■安全運転サポート(セーフティ・サポートカー)車とは何か
まず、安全運転をサポートする機能については、事故データの分析などにより高齢運転者の事故を分析すると、正面衝突など人対車両の追突が全体の約73%を占めており、この人対車両死亡事故については対歩行者自動ブレーキが効果的とされ、また対車両については、対車両自動ブレーキや車線逸脱警報装置が効果的とされている。
75歳以上の高齢運転者による死亡事故のうち、30km/h以下での速度によるものが占める割合は、75歳未満の運転者によるものと比べて約1.7倍で、低速であっても死亡事故につながりやすいこともある。そこを踏まえれば、低速自動ブレーキ(対車両)もある程度効果的と位置付けられている。
さらに75歳以上の高齢運転者に特徴的なブレーキ・アクセルの踏み間違えによる死亡事故については、ペダル踏み間違い時加速抑制装置が有効とされる。また自動車メーカーからは先進ヘッドライト(自動切替式、自動防眩式、配光可変式のヘッドライトも必要という提案が行なわれた。
こうした点を踏まえ、「安全運転サポート車」のコンセプトは、高齢運転者による事故の発生状況と対応技術の実用化状況を踏まえ、またその目的に応じて設定することとされている。
そして第1弾として、平成29年度から実施する官民をあげた普及啓発に用いることを目的に、「安全運転サポート車(Ver 1.0)」を表のように定義。「安全運転サポート車(Ver 1.0)」は、高齢運転者による事故の発生状況を踏まえ、少なくとも「自動ブレーキとペダル踏み間違い時加速抑制装置を搭載した自動車」と定義し、自動ブレーキの機能に応じて3つに区分している。なお現時点ではVer1.0 とされていることからわかるように、将来的にはVer2.0 (自動運転レベル2.5)を目指すことになる。
そして、車両単独事故への対応技術である車線逸脱警報装置、夜間事故(特に歩行者事故)への対応技術である先進ライトの搭載については、普及状況を考慮し「安全運転サポート車」(ワイド)にのみ追加するとしている。
■安全運転サポート(セーフティ・サポートカー)車の普及キャンペーン
各種調査によれば、70歳以上の回答者の9割以上が「自動車に関する様々な先進技術について内容を知りたい」と思っていること、先進安全技術を装備した自動車の購入意向については、70歳以上の回答者の過半数が「試乗して機能を体験してから考えたい」と回答しているという。
つまり高齢運転者は自動ブレーキなどの先進安全技術に対する関心が高く、試乗して機能を体験できれば、先進安全技術を装備したクルマの購入を検討する意向があるが、実際のクルマの販売の活動とリンクしていないのが実情だ。
このため安全運転サポート車の普及を進めるためには、高齢者が先進安全技術について知る機会や、運転支援機能を体験できる機会を増やすことが重要と考えられ、安全運転サポート車に理解が得られるように、その存在を官民協働の国民運動として展開する方針が決定されている。
訴求効果が高いと考えられる新聞・テレビ等の媒体を最大限活用し、安全運転サポート車の認知度を向上させるとともに、自動ブレーキ等の先進安全技術を体験する試乗会などの体験機会の拡大を図り、高齢運転者への安全運転サポート車の普及を促進するとしている。
さらに今後は、任意自動車保険料の「安全運転サポート車」割引(自動ブレーキ装着車を9%割引:2018年月から適用)も行なわれることもアピール点となっている。また、エコカー減税のような「安全運転サポート車」減税案も検討されているなどユーザー像にインセンティブを与える政策も模索されている。
また、自動車アセスメント(国交省による安全評価テスト)でも、先進安全技術が一定の性能を有していることを国が確認し、その結果を公表する制度の創設が検討されており、従来の衝突安全性能評価から、予防安全性能評価に重点をシフトして行くことも検討されている。
このように、高齢運転者による重大事故のニュースを契機に、先進安全技術は内閣府が中心となった国策として始動し、自動車メーカーを巻き込んだ国民的な運動になりつつある。さらにこれは自動車関連産業に対する経済効果も大きいという意味合いも持っている。
自動車メーカー側も、こうした政府主導の取り組みに対応し、TVコマーシャルは運転支援システムがメインテーマに切り替えられ、自動車メーカーの販売店に対する教育の充実、さらに販売店でユーザーが運転支援システムを体験しやすくする取り組みも2017年4月以降から展開されている。
しかし、現実的には「安全運転サポート車」、つまり先進運転支援システムはとても多機能で、しかもそれぞれメーカー、車種によって使用時の機能の範囲や制限が異なっていることを理解できている人は極めて少数だ。また機能の名称もメーカーごとにそれぞれ、各機能が英文字、カタカナで一般のユーザー層はもちろん、販売店レベルでもどこまで完全に理解するかが難しい実情がある。
だから単に運転支援システムの普及という観点だけではなく、システムの機能を幅広いユーザー層に理解が得られるようにするためには、自動車メーカーが主導する地道で長期的な取り組みが必要になるだろう。
高齢運転者による交通事故防止対策に関する関係閣僚会議
「安全運転サポート車」の普及啓発に関する関係省庁副大臣等会議
「安全運転サポート車」の普及啓発に向けた中間取りまとめ