クルマの乗り心地の話

雑誌に載らない話vol263
この記事は2017年4月に有料配信したメルマガを無料公開したものです。

クルマの性能を語る時には、加速性能やハンドリング性能などがまず第一に挙げられる。加速性能は、昔は0-400m加速タイム、最高速などわかりやすい数値でカタログに記載されていた。残念ながら、最近のカタログにはJC08モード燃費は載っていても、加速データは記載されていない。

「乗り心地」は語りにくい
しかし、一方でクルマの性能に、「乗り心地」という観点があり、とても重要視されている。ところがこの「乗り心地」については、数値データもなく、乗った人の主観に大きく左右されるのが現実。もちろん自動車メーカーの開発テストでは、クルマの振動などが計測器でチェックされるのでデータとしては存在するが、そのデータ=乗り心地ではない。

実際にクルマに乗った人は、乗り心地のよい、悪いはどのように判断しているのか? じつは日頃、新型車に試乗している自動車ジャーナリストでも乗り心地の評価はバラバラで、しっかりとした評価軸を持っている人は多くない。

一般のユーザーもクルマに乗るたびに乗り心地は体感しているが、その評価にはかなり個人差がある。「ふんわり」した乗り心地が良いと感じる人も多いはずだ。また、クルマ好きの場合は、バネが硬い、柔らかいといった印象を語るかもしれない。

しかし、超高級のラグジュアリーセダンやリムジンに乗れば多くの人が「これが最高の乗り心地」だと感じるはずだ。こうした超高級車の世界で、トップエンドのラグジュアリーカーの乗り心地は、ヨーロッパでも「空飛ぶ魔法の絨毯のような乗り心地」と評したりする。

また理想の乗り心地を追求したシトロエンDS(1955年に登場)のハイドロニューマチック・サスペンションなどは、乗り心地に対するあくなき技術的な探究が歴史的にもあったように、人間はクルマに対して、より優れた乗り心地を求め続けていることを物語っている。

乗り心地とは
一般的に乗り心地が良いとされるのは、ふんわりした乗り心地、フラットな乗り心地などが挙げられる。ふんわりした乗り心地とは、ばね上共振周波数が低く、つまりばね下重量が軽い。あるいは、ばね上の荷重が大きい、つまりボディ重量が重いわりに、スプリングレートが低い状態を意味し、路面の突起を乗り越えた時でもゆっくりとボディが動き、ゆるやかに減衰する状態を「ふんわりした乗り心地」と言う。

この、ふんわりとした乗り心地というのは、乗り心地が良いとは実感できるのだが、長距離ドライブでは細かなノーズダイブやスクォートのピッチングを常に感じ、また、ローリングによりボディの姿勢変化も繰り返されるため、乗員は疲れやすい傾向にあるのだ。

もうひとつの表現で、「フラットな乗り心地」とは、路面の突起を乗り越えた時に、ピッチングが少なく、コーナリングでもロールが抑えられている、つまりボディの動きが抑えられ、姿勢変化が少ないクルマを「フラットな乗り心地」という。ばねやダンパーの硬さ、柔らかさとは少しニュアンスが異なる乗り心地だ。外から見ると、クルマの動きが縦横方向にぴょこぴょこ動かない、動く場合でもボディ全体がフラットな状態で上下するバウンシング・モードになるというイメージだ。

だから、ばね上共振周波数が低く、なおかつフラットなボディの姿勢変化が小さいというクルマが乗り心地としてはベストであり、長距離ドライブでも疲れにくく、乗り心地や快適性、居住性がよいということができるのだ。

これに加えて、乗員は「振動感」にも敏感なので、これも乗り心地の良し悪しに影響する。例えば道路の舗装の継ぎ目を乗り越える時に、「ドスン」、「ガシャン」といった音質をともなう振動感の場合は、乗り心地が悪いと感じ、軽く「トン」という音質の場合は継ぎ目の突起を軽くいなしたよい乗り心地だと感じる。

さらに、クルマが路面の突起を乗り越える時に「ガツン」としたショックを感じる場合は、ミクロ的に見れば突起を乗り越えた瞬間にタイヤが路面を離れるというケースもある。特にスプリングレートが過剰に高い、ダンパーの減衰力が過剰といった場合に発生しやすい。逆に滑らかに突起を乗り越える場合は、タイヤは路面と密着しており、ロードホールディング(接地性)がよいと評価される。

乗り心地に影響する部位としては、タイヤ(タイヤの硬さ)、ばね、ダンパー(減衰力と摩擦抵抗の大小)、サスペンションやサブフレームの剛性、取り付け部の剛性、シートのクッション性能などが挙げられる。

ばねとダンパー
クルマのボディとサスペンションの硬さには相関関係があり、それを専門的にはばね上共振周波数の大小で表現する。サスペンションのばねと車体側(ばね上)の質量、慣性モーメントにより共振振動が発生するが、道路の凹凸などの周波数の変化とばね上の振動が最大になるポイントを、ばね上共振周波数と呼ぶ。

サスペンションのばね定数を変えると共振周波数は変わるが、車体をばねで支える以上、ばね上共振を避けることはできないので、ダンパーによる減衰を付加することで共振振幅を抑制するのがサスペンションの役割だ。

ばね上共振周波数は f=√(K/M)/(2π) K=ホイールレート、M=1輪あたりの荷重で計算できるが、注意したいのはK=スプリングレートではなくホイールレートだということだ。つまりスプリングの硬さだけで決まるのではなく、ホイール位置において判断しなければ、意味がないわけで、同じスプリンルレートでもストラット式とダブルウイッシュボーン式ではホイールレートは大きく変わる。したがって単純にばね単体のレートでの周波数、つまり固い、柔らかいは判断できないということだ。

このばね上共振周波数は、コンパクトカーから中型クラスのクルマで1.2~1.5Hzの範囲で設定され、車両重量の重い大型ラグジュアリーカー・クラスで1.1~1.2Hzになっている。

もちろんばね上共振周波数だけでなく、ダンパーの減衰力の設定も乗り心地に大きく影響するのは言うまでもない。ダンパーの設定は設計段階では「減衰係数」が重要になってくる。正確にいうと臨界減衰力の減衰係数で、臨界減衰力とはばねの振動する力とダンパーを減衰させる力が釣り合った状態を意味する。

もちろんこの臨界減衰ではサスペンションが作動しにくい状態になるので、実際の減衰力はそれの何割にするかという設定をし、それを減衰係数という。臨界減衰係数は質量(荷重)とばね定数の積の平方根に比例するので、大荷重や大きいばね定数の場合に、うまく振動を抑制するには大きいダンパー減衰力が必要となるのだ。

臨界減衰と減衰係数。減衰係数が大きいほど振動の収束は早くなる。減衰係数が1以上はサスペンションが機能しない状態

専門的には臨界減衰係数はCc、減衰比は C/Ccと表すが、減衰比は0.5~0.7といった数値になる。が、もちろんこれは一定ではなく、サスペンションの動き出しの領域では0.2といったように減衰力を抑え、サスペンションが作動している状態では減衰比を高めるというようにチューニングする必要がある。

また、こうした設計計算では顔を出さないダンパー本体の摩擦抵抗の大小も乗り心地には大きく影響する。計算上のダンパーの減衰力は小さめでも、ダンパー本体の摩擦抵抗が大きければ実際には減衰力が発生せず、摩擦抵抗が減衰力の役割を果たし、ガツンとショックを伝えたりするからだ。感触としては、ダンパーピストンが作動せず、突っ張ったような感じを受けるのがそれだ。

サスペンションと乗り心地
このようにばね定数やダンパーの減衰力は、いわば乗り心地の入り口に当たるが、実際のクルマでは、サスペンションのストロークの大小も大きく影響する。フラットな路面なら問題は発生しないが、荒れた舗装路や大きな突起、大きな路面のうねりなどで、サスペンションのストローク量が小さいとサスペンションの機能が失われ、フル・ストロークしてバンプストッパーにガツンと当ってしまい、結果、大きな振動が発生し、乗り心地は悪化する。

そのため、乗用車ではできる限りストロークを大きく設定し、さらにフル・ストロークするより前に徐々にばねを固くする可変ばねの役割を与えるためにウレタン製の長いバンプラバーを採用することも少なくない。

この手段を採用するとフル・ストロークする前から徐々にバンプラバーが圧縮され、ストロークするに連れて実質的なばね定数が上昇し、フル・ストローク時にガツンというショックが発生しなくなるのだ。

また、車体の動揺を抑制するためにダンパーの減衰力を大きくすると、確かにロールやピッチなどの動きは抑えられるが、逆にコーナリング時にはカーブの内側のばね/ダンパーは伸び側に動きにくくなり、内側のタイヤが短時間ながら路面との接地が失われることになりかねない。

そのため高級車やハンドリング性能を重視するクルマは、ダンパーの内部にリバウンド・スプリングを装備し、サスペンションが伸びる時にはリバウンド・スプリングの反発力で接地性を高めるといった手段が採用されている。

こうしたロング・バンプラバーやリバウンド・スプリングなど、外部からは見ることのできない部品の働きもあって、高級車はしっとりとした乗り心地が実現している。またさらにハイテクを追求すると、エアや油圧を使用したアクティブ・サスペンションも高級車には採用されている。

また、サスペンションの取り付け部、サブフレームの取り付け部、車体そのものの剛性などが十分に高められていると、車体側のひずみ、逃げが極小に抑えられ、その分だけサスペンションが初期段階からスムーズに動きやすくなる。そのため、これも乗り心地の良さにつなげることができる。

このように考えると、乗り心地=ばね定数やダンパーの減衰力と考えることはあまりに一面的で、ボディを含めたクルマ全体の設計、作りが乗り心地そのものに直結していることがわかる。それだけに乗り心地の良し悪しを語ることはクルマの造りそのものを語ることだということに気付くべきだ。

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