ドイツ自動車メーカーに覆いかぶさる暗雲

ドイツ検察当局は2019年9月24日、車体の十分な検査を怠り、排ガス規制に違反したディーゼル車を出荷したとして、ダイムラー社に罰金8億7000万ユーロ(約1030億円)を科したと発表した。この発表に対しダイムラーは罰金を支払う意向を示したが、1000億円という巨額の罰金には驚くほかはない。

シュツットガルト市ウンターツデュルクハイムのダイムラー本社
シュツットガルト市ウンターツデュルクハイムのダイムラー本社

巨額の罰金

検察は、ダイムラー社のディーゼルエンジンの排気ガス規制の違反は2008年頃から違反していたと指摘している。このことからわかるように検察局は、ディーゼル車の排ガス問題に関してはフォルクスワーゲンでの不正問題の発覚の時期の2015年より以前までさかのぼって調査をしていたのだ。

さらに、ダイムラー社以外に目を転じてみると、BMWは2019年2月に850万ユーロ(約10億6千万円)の罰金が決定し、同社は支払いを受け入れた。罰金の対象となったのは2車種の計約8000台が別車種の排ガス制御用ソフトウエアを使用し、規制値より多くの排ガスを発生させるという品質管理上の問題だとされている。

BMWの排ガス制御ソフト搭載が意図的だったか、あるいは生産上のミスかどうかは明らかではないが、この件も検察局は、BMWを長期的に追及してきた結果だ。

ミュンヘン市に取材するBMW本社
ミュンヘン市に取材するBMW本社

また、このディーゼル排ガス問題とは別に、BMWは2019年12月期決算で10億ユーロ(約1250億円)を超える特別損失を計上する可能性があるとされている。欧州連合(EU)の欧州委員会が、BMWなどが車両製造の様々な分野で談合を主導したとして、巨額の罰金を科す可能性があるのだ。もちろんBMWは異議を申し立てる方針だという。

BMWは、もし罰金を支払うことになれば営業利益率が3月に発表した6〜8%の予想から1%〜2%悪化する可能性がある。イギリスのEU離脱方針に関し、BMWはイギリスに工場を持ちMINIなどに多額の投資をしていることや米中貿易戦争などの影響(中国では販売の減速)を受けて、BMWのビジネスは厳しい状況を迎えることが考えられる。

この談合問題に関しては、BMWだけではなくダイムラー、フォルクスワーゲンも談合に加わっていたとされている。欧州委員会は18年9月にドイツ3社に対しEU競争法(独占禁止法)に違反した疑いがあるとして調査を始めていた。今回のBMWに対する告知は暫定的なものだが、違法行為が正式に認定されると、BMWの全世界売上高の最大10%という巨額の罰金が科される可能性があるのだ。

3社のうち、当局へ最初に通報し、罰が軽減される免責制度を使ったダイムラーは、罰金を逃れることができる可能性があるが、フォルクスワーゲンは欧州委員会に対する態度を保留している。

フォルクスワーゲンは総額3兆500億円の損失

そして2019年5月には、フォルクスワーゲン・グループのポルシェは、シュツットガルトの検察当局から総額5億3500万ユーロ(約660億円)の罰金を科されたことを発表した。

ポルシェも違法なディーゼル車用の排ガス制御装置を搭載した車両を販売していたことについて管理責任を問われたわけだ。ポルシェはその責任を認め、罰金を受け入れている。

シュトゥットガルト市ツッフェンハウゼンにあるポルシェ本社
シュトゥットガルト市ツッフェンハウゼンにあるポルシェ本社

今回の罰金命令で、ディーゼルエンジン車の排ガス不正にともなう検察によるポルシェへの一連の捜査は終結したとされる。ポルシェは不正の対象となったディーゼルエンジンを開発・製造していないと主張しており、ポルシェのディーゼルエンジンはすべてアウディから購入していたとしている。しかし、検察局はポルシェの管理責任を追求し、結局660億円の罰金が決定した。またポルシェは、今後はディーゼルエンジン搭載モデルは作らないことを決定した。

フォルクスワーゲンとアウディについては、すでに2018年に検察局からディーゼルエンジンの排ガス規制値を上回っていたとして、フォルクスワーゲンに10億ユーロ(1180億円)、アウディに8億ユーロ(945億円)の罰金を科している。

検察局の調査では、フォルクスワーゲンの不正なソフトウェアで制御されていたエンジンは「EA288」型と「EA189」型で、製造されたのは2007年半ばから2015年までとされる。これらのエンジン搭載車は世界で合計1070万台が販売された。なお罰金の内訳は500ユーロが行政罰、9億9500万ユーロが不当に得た利益に対する罰金だとされている。

この罰金による制裁をもってフォルクスワーゲンが2015年にアメリカで露見したディーゼルエンジンの排ガス制御不正プログラム搭載事件は、アメリカ、ヨーロッパの両方で終結を迎えたことになる。

これで完全終結したのか

フォルクスワーゲンはアメリカ市場に対しては、罰金と市販した車両の買い戻し、あるいは保証、集団訴訟の和解金などに合計約100億ドル(約1兆円)を要する。ちなみに車両の購入には5100ドル〜1万ドルの補償金を支払っている。またアメリカ政府とは和解金(実質は罰金)として約1.5兆円を支払うことになった。つまりアメリカでのディーゼルエンジンの不正プログラム搭載事件に関しては2.5兆円という費用が必要になったわけだ。

フォルクスワーゲンにとっては、これに比べればドイツでの検察局の罰金はまだましと思ったかもしれない。しかし、いずれにしてもフォルクスワーゲンはディーゼルエンジンの問題で合計3.5兆円という途方もない損失を生み出したのだ。

しかし、実際には公的な罰金の決定以外に、まだ世界50か国でディーゼルエンジンに関して訴訟が係争中といわれており、経営的には2019年が最も難しい年になるとされている。各国での訴訟問題が完全に集結するにはあと10年を要するといわれている。

ディフィートデバイスとは

BMW、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン・グループの一連の問題は、いずれもディーゼルエンジンの排ガス規制に合わせるための排ガス制御システムの問題だ。アメリカ、ヨーロッパそれぞれの排ガス規制の測定モードで、排ガス基準をパスした車両が販売されるが、フォルクスワーゲンは測定モード以外では排ガスの制御を大幅に弱める不正ソフト(ディフィートデバイス)を搭載した。

アメリカでは、そもそもディフィートデバイスの搭載は法的に禁止されているので、フォルクスワーゲンの事案は違法となることは言うまでもない。ヨーロッパではこの問題を実走行で検証し、測定モードを超える実際の走行で、規制値を遥かに超えるNOx(窒素酸化物)を排出していたことを確認し、それが意図的か、意図的ではなかったかを問わず、罰金を科すことが決定し、フォルクスワーゲンのみならず、他のメーカーにも罰金が及んだのである。

ウォルフスブルク市のフォルクスワーゲン本社
ウォルフスブルク市のフォルクスワーゲン本社

フォルクスワーゲンにさらなる問題

2019年9月24日にブラウンシュバイク検察局は、フォルクスワーゲンの現在のトップであるヘルベルト・ディースCEO、取締監査役会のハンスディーター・ペッチュ会長、前CEOのマルティン・ウィンターコルン氏を起訴した。

起訴内容は、これら経営陣が株価の暴落を阻止することを狙って、ディーゼルエンジンの排ガス制御問題に関する情報を投資家に知られないように、あるいは知られることを遅らせていたことが株価操作にあたるということだ。

検察当局は、3人は遅くとも2015年の夏にはアメリカにおける不正に関する摘発の事実を把握しており、その時点でアメリカ当局の調査対象になっている事実を市場に知らせるべきだったとしている。検察局の発表では、遅くともヴィンターコルン氏は2015年5月、ペッチュ氏は6月、ディース氏は同7月には不正問題が露見し、巨額な罰金が科せられるという事実をも知っていたにも関わらず、フォルクスワーゲンの株価を維持し、会社の損失を防ぐために意図的に、また十分な認識のもとに問題を公表しないことを決めたと検察当局は発表している。

アメリカでのディーゼルエンジン排ガス問題が明らかになって以来、フォルクスワーゲンの株価は約50%下落した。そのためフォルクスワーゲンの株主の一部は同社に90億ユーロの損害賠償を求めている。その動きに対応した形で、検察局は3名の経営トップを起訴したと考えられる。

フォルクスワーゲン・グループを率いるヘルベルト・ディースCEO。起訴されたが現在の職務を務める
フォルクスワーゲン・グループを率いるヘルベルト・ディースCEO。起訴されたが現在の職務を務める

もちろん、ディースCEOを始め3名は容疑を否認している。しかし現在のCEOまで起訴されたという事実は大きく重い。ディース氏は2015年7月にBMWからフォルクスワーゲンに移籍し、その時点では乗用車ブランド部門の責任者であり、グループ全体の経営事情には関与していないと主張している。

今後は裁判所が検察局の起訴を受理するかを判断し、受理すれば裁判が開始されることになる。

ドイツの経済誌によれば、BMWは今後の経営の悪化を想定し、2022年までにミュンヘン本社で5000〜6000人の従業員を削減する計画が決定したと報じている。

またダイムラー社もメルセデス・ベンツ用の次世代向け内燃エンジンの新規開発は想定していないと発表している。もちろんハイブリッド用などの内燃エンジンは今後も、少なくとも10年間は継続して使用されるので、現在のエンジンを改良するための部品やシステムについては、開発は行なわれるが、新規に企画する内燃エンジンは想定していないということだ。

となれば、ダイムラー社も内燃エンジン開発のために在籍する多くのエンジニアの処遇も今後の大きな問題となるであろう。

COTY
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