マニアック評価vol166
フィアット500をベースにパフォーマンスを高めたアバルト500、595シリーズに試乗する機会があり、体験してきた。場所は富士スピードウエイのショートコースで、曲がる楽しさ、小さなボディに大きなパワーも楽しめるレーシングアバルトにとって、うってつけの試乗ステージが用意されていた。
アバルトと聞くとクルマ好きにはすぐにピンとくる名前だが、ここしばらく国内での販売もおとなしかったために、あまりよく知らないという人もいるだろう。アバルトは1940年代にカール・アバルト氏によって、主にフィアット社の小排気量車を中心にチューニングしてレース界を席巻。エンジンチューンにとどまらず、シャシーやボディのチューン、レース車両製作まで手掛けていたチューナーだ。70年代になってフィアット社に買収され、フィアットのレースカー製作をし、その後、市販のスポーツモデルにもアバルトの名前が与えられ、さそりのマークが印象的で人気を得ているブランドだ。
近年、得意とするエンジンチューンやシャシーチューンという、走行に関わる部分をチューニングしたアバルトモデルが少なく、エアロパーツやエンブレム、ステッカーにとどまるものが多くなっていた。しかし、今回試乗したアバルト500シリーズはフィアット500とはまったく異なる性能を持つアバルトモデルなので、ファン待望のモデルと言えるだろう。国内では2009年からアバルトを再導入し、展開しているが、今回の試乗車は2012年10月に発表したアバルト500と2013年オートサロンでジャパンプレミアを行ったアバルト595シリーズだ。
2013年のアバルトのラインアップを見てみると、フィアット500とプントをベースにしたラインアップで、500にはアバルト500とGrigio Recordという限定車、そして595シリーズ、695シリーズがあり、プントには3モデルがラインアップしている。しかし、その多くが限定車となっていることが多く、欲しいという人は早めのアクションが必要だ。
販売網は2013年、ディーラー規模を拡充する計画で、これまで東京、名古屋、大阪、福岡でアバルト正規ディーラーが店舗展開していたが、13店舗に増加する。販売目標も2012年比で160%以上を目標としており、かつてのアバルト人気再来の予感がする。
さて、アバルト500に話を戻すと、アバルトは前述のように、走行性能を高めたいわばエボリューションモデルで、フィアット500がベース。しかし、フィアット500が1.2LのNA、あるいはマルチエアの2気筒エンジンを搭載するのに対して、アバルトは1.4L+ターボを搭載。出力もフィアット500の69ps/85psに対して135ps。595シリーズは160psだ。さらに695シリーズは180psもの出力を持ち、当然出力にあわせたボディチューン、シャシーのチューニングも行われており、フィアット500がベースとは言え、まったく異なるモデルになっているのが「アバルト」というわけだ。したがってエクステリアデザインのみ、フィアット500のスタイリングを踏襲しているということだ。価格もフィアット500が199万円から220万円だが、アバルトは269万円からという値段になる。
アバルト500
さて、2013年のオートサロンでジャパンプレミアされた「アバルト500」、「アバルト595ツーリズモ」、「アバルト595コンペティツィオーネ」と、マセラティとのコラボモデル「アバルト695エディツィオーネ マセラティ」の4モデルのうち、まず、アバルト500は、前モデルの299万円から2013年モデルは269万円となっている。走行性能に直接関係しない装備は簡素化して30万円ダウンで提供される。その内容はオートエアコンを廃し、マニュアルACへ。レザーシートからファブリックへ、そして16インチのアルミホイール(17インチ選択可)、195/45R16を装着というモデルで5速マニュアル/右ハンドルのみの展開だ。
エクステリアでは、ツインインタークーラーを装備しターボチャージャー搭載スペースを作るために、フロントバンパーが押し出されたデザインになっている。マフラーはデュアルエキゾーストパイプになっており、レーシングアバルトを彷彿させるルックスになっている。
インテリアで、目を惹くのは後付け感をあえて出しているブースト計や赤いストライプの入ったスポーツシート、底部がフラットなステアリング、アルミのA、B、Cペダルとワクワクさせる装備が目に飛び込む。搭載するエンジンは、312A1型で1.4L+ターボ。135ps/5500rpm、180Nm/4500rpmというスペックで、ESP(横滑り防止)、TTC(トラクションコントロール)も装備される。また、MT車にもヒルスタートアシスト機能が付く。
エンジンをスタートさせ、コースイン。ショートコースであるため、使用するギヤは2速が中心。ストレート部分で3速に入るがすぐにシフトダウンというレイアウトだ。ステアリングは軽く操舵が楽。フロントに荷重がかかる場面でも適度にフィードバックがあり、安心感がある。サスペンションはしなやかに動き、ロールからヨーへの変化もナチュラル。安心してアクセルが踏み込むことができる。FFのクセも特に感じられず、加速時のトルクステアも極わずかにしか感じない。
マニュアルのシフトフィールはしっとりしていて気持ちいい。5速までを使って走行してみると、シフトポジションが分かりやすく、また、半クラッチの位置もしっかり分かる。このあたりのチューニングはさすがだ。ダウンシフトのときに軽くかかとでアクセルをあおれば素早くエンジンは反応し、気持ちいい。エキゾーストノートも心地よく無駄にシフトチェンジをしたくなる衝動が起こる。
シートポジションは腰掛けたイメージのポジションで、立ち気味の印象だ。ただし、ファブリックに変更したことで、お尻がすべることがなく、座りなおすようなことはない。左ハンドルのモデルを右ハンドルにすると気になるのがペダル位置だ。タイヤハウスの関係でペダルレイアウト全体が左側へオフセットしていることが多い。しかし、アバルト500ではその点はあまり気にならなかった。ただ、センターコーンソールにある、小物入れの取っ手部分が左足のふくらはぎヨコに当たるので、「左から右へ変更したんだ」ということを再確認させられた。
595ツーリズモ/コンペティツィオーネ
595シリーズのツーリズモとコンペティツィオーネは全車右ハンドルでミッションはMTA(2ペダルの自動化MT)を設定している。2ペダル需要が高い日本ならではの特長で、マーケティングによれば、2012年のアバルト販売データから、500Cの販売が好調だった要因にMTA装備があると判断している。MTだけの設定だった500のハッチバックよりオープンタイプが好まれた理由があると。さらにアバルト全体でもMTしか設定のないモデルが多い中、全体の40%以上がMTAのあるモデルを選択しているデータがある。したがって、595のハッチバックにはMTAを設定するのが望ましいという判断に基づいた導入計画ということだ。
この595シリーズのチューニングレベルは、これまでチューニングキットとして提供してきた「esseesse」(エッセエッセ)と同等の装備を標準で組み込んであるモデルとなる。アバルト500をさらにチューンアップしハイパフォーマンス化するためのチューニングキットであるエッセエッセは、54万6000円で販売されているが、595ツーリズモは319万円で4.6万円ほどお得になる。さらにツーリズモにはレザーシートであったり、17インチであったりと、キット価格よりプラスアルファなお得感の高いモデルでもある。もっとも1963-71年に製造された名車「595」のネーミングもプラスされるわけで、アバルトファンには垂涎のモデルというわけだ。なお、2013年モデル用のエッセエッセは現在準備中で、価格内容とも未発表だ。
ツーリズモに乗り込み、ボタン式のシフトに触れる。表示は自動変速とマニュアル変速を意味する「A/M」と1速を意味する「1」、ニュートラルの「N」、リバースの「R」の4つのボタンがある。サイドブレーキは使い慣れた場所にあり、通常のサイドブレーキレバーを下げる。変速はパドルシフトが装備されるため、シフトボタンに触れるのはバックするときぐらいか。
エンジンをかけスタートする。MTAはシングルクラッチで通常のマニュアルミッションと同じ機構だ。クラッチ操作のみ自動で行うミッションだから、シフトアップのときに加速が一旦止まり、シフトアップされる。アバルト595に搭載されたMTAはアクセルを踏み続けたままでも通常のマニュアルに似たタイミングでシフトチェンジが行われる。もちろん自動変速モードでもパドルシフトレバーを使っても変速フィールは同じだ。ただ、変速のときに一旦アクセルを戻してやると、より自然な変速にはなる。つまりATモード付きの5速シーケンシャルトランスミッションということだ。
搭載するエンジンは312A3型で、1.4Lの直列4気筒DOHC16バルブ、インタークーラー付きターボを装備する。160ps/5500rpm、21.0(23.5)Nm/2000rpm(3000rpm)の出力はスポーツモードを選択すると、最大トルクが23.5Nm までアップする。
エンジンは最大トルクを発揮する5500rpm付近からレッドゾーンの始まる6000rpm付近で自動シフトアップする。エキゾーストノートは乾いた音を出しイタリア車らしいサウンドだ。メーターは単眼で、外周が速度、内側が回転計、中心部にシフトポジションや燃料残量などさまざまなインフォメーションが液晶ディスプレイに映し出されている。ただし、回転、速度とも見づらいレイアウトだ。全てに効率的なドイツ車では考えられないような遊び心のなせる業なのだろう。従って、サーキットの走行中はレッドゾーン部分に集中してシフトすることになる。また、左上に取り付けてあるブースト計のメモリも読み取りにくいが、大まかに過給圧を把握することができ、なんともイタリアらしさとおおらかさを感じる。
ブレーキはアバルト500より容量もアップし、ドリルドディスクで耐フェード制も高くなっている。急ブレーキのときに後続車へ知らせるストップランプの早点滅をコーナーごとに点滅させ、コーナリングを楽しむ。曲がる楽しさがそこにはある。FFでありながらリヤタイヤの存在が常に分かり、リヤタイヤをグリップさせながらコーナリングさせるのは、普通のFFとは違った感覚だ。つまり、操作しやすく安心感の高いコンパクトFFということだ。
コンペティツィオーネにはサベルト社製のバケットシートが奢られ、体をしっかりホールドしてくれる。695トリブートフェラーリに採用しているサベルトシートと同じ形状で、レザーとアルカンターラの素材を採用している。さらにエキゾーストにはレコード・モンツァの4本出しマフラーを標準装備し、レーシングスピリッツ溢れる装備を持っている。価格は339万円。ツーリズモは319万円、オープントップになる595Cツーリズモは349万円となっている。
この日は、他に695トリブートフェラーリにも試乗できた。モデルはトリブートフェラーリの日本限定モデル、アル ジャポーネでボディカラーに限定色の「ビアンコ フジ」パールホワイトを採用したモデル。このモデルはさらに、パワーアップが図られ、180ps/25.5kgmまで出力が高められ、フェラーリとのコラボモデルだけにエンジンサウンドが実に「らしい」サウンドを響かせる。595シリーズとは明らかに異なるエキゾーストサウンドを奏でるのだ。
こうしてアバルトモデルを試乗してみると、プレミアムコンパクトのセグメントでもとりわけ個性が強く、そして走りに拘ったモデルは他にないというのが分かる。また、フェラーリやマセラティなどトップブランドとのコラボレーションは所有欲を刺激し、また、かわいらしいルックスと想像を超えたパフォーマンス、そのアンバランスさにも遊び心があり、イタリア流クルマの楽しみ方を満喫させてくれるモデルだった。
●アバルト695トリブートフェラーリ 主要諸元
価格:6,095,000円
左ハンドル、4人乗り、車両重量1,120kg、
直列4気筒DOHC 16バルブターボ
総排気量 :1,368cc
最高出力 :132 kW(180 ps)/5,500 rpm
最大トルク:250 Nm(25.5 kgm)/3,000 rpm
ATモード付5速シーケンシャルトランスミッション「アバルト コンペティツィオーネ」
パドル式スイッチ
17インチ アロイホイール
タイヤサイズ:205/40R17
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