C-HRは、2012年に開発がスタートし先行検討用のプロトタイプも作り、異例とも言えるほど長い時間をかけて開発、熟成が進められてきたモデルだ。欧州で鍛え上げた意のままの走りと、大人の感性に響く圧倒的に個性的な独自のデザインをアピールして登場したクロスオーバー「C-HR」は、どのような思いから生まれて来たのだろうか?
C-HRは開発において、近年では異例なほどヨーロッパ各地でプロトタイプ車を走らせ、熟成チューニングを行なっている。じつは、これには理由がある。C-HRは元々、ヨーロッパ市場をメインに想定したクルマという背景があったからだ。しかしその後にC-HRは当初想定したトルコ工場だけではなく、日本でも生産が決定するなど、本格的なグローバルモデルにするという方針に転換されている。
C-HRの開発担当となった古場博之主査が開発に着手する前、開発企画構想を社内で発表したが「ヨーロッパで走り込んで開発する」という内容に特に反対がなかったという。従って、開発の後期には毎年ヨーロッパに出かけて試走を繰り返し、最後の仕上げとして2016年5月のニュルブルクリンク24時間レースに出場して最終確認を行なっている。それほど、走りを磨き上げることに関して並々ならぬ力が込められているクルマなのだ。
C-HRは新世代のTNGAプラットフォームを採用したプリウスに続く第2弾で、トヨタの「もっといいクルマをつくろう」を象徴するクルマでもある。「もっといいクルマ」には様々な要素が考えられるが、古場主査は特に走りにフォーカスを当て開発してきたという。
■スーッと走る『走り』
――編集部:そもそも「もっといいクルマづくり」についてどんなイメージをお持ちなんですか?
古場:そうですね。もっといいクルマというのは、いろいろないいクルマがあると思うのですが、私は小さい時からクルマが好きで、小さい時に一番印象に残ったクルマがセリカでした。『やっぱりクルマって格好と走りだよね』というのが本質だと思っています。格好いいデザインで、そして『走り』というのは、人間の身体能力を超えた運動性能を持つ、クルマという乗り物を操る楽しさだと思っています。だから『いいクルマ』とは、「自分が思った通りに動く」ということです。
どんな路面でもどんな車速、天候でも思った通りに動けば、安心感のある走りができます。開発はそこを目指しました。そのためにはステアフィールも作っていますが、安心して走れる性能が一番重要だと思っています。C-HRは足を固めるのではなく、ロードホールディングを良くして、ドライバーが思った通りに正確に走ることができるようにしました。それがいいクルマであり、いい走りだと思っています。
――編集部:なるほど。では、ヨーロッパで仕上げることが必要というのは?
古場:はい、ヨーロッパに行くと、狭い石畳の道ですれ違うようなときでも、まったくクルマのスピードを落とさずに走っています。細いブラインドカーブでも、スーっと走るといったことを実感していて、現地のメンバーに聞いても、流れを重視して、いかにスピードを落とさずに効率的に走るかということを大事にしている、というのです。私もそういうのが好きですね。だから、狭い石畳の道や荒れた山道でもきちんと路肩に沿って走れること、特に足はしっかりしていて正確なステアリング性能というのを、このC-HRでは目指したわけです。
――編集部:やはりこれまでのクルマづくりとはかなり違ってきているように感じますが・・・
古場:私は1990年ころから2000年までカローラのシャシー設計をしていましたが、その時でももっとロールを抑えたいと思ったりしたのですが、それには、これまでより太いスタビライザーを付けることになり、そうなるとボディも含めて大きな変更が必要で、なかなか実行できなかったのです。ですが、今回はTNGAを採用してクルマづくりの改革をし、そしてクルマの基本性能をもっと上げていこうというのが背景にありました。つまり、TNGAをベースにして走りを重視する仕様を取り入れたい、また、そうした要望を取り入れる土壌があったということが大きいです。これまで設計者や評価者が今までやりたくてもできなかったことが自分でもわかっていたので、足回りや走りに関しては制約を作らないという方針でやらせてもらいました。
――編集部:例えば?
古場:4輪のダンパーにはリバウンド・スプリングを入れることを最初から決めて進めましたし、スタビライザーも実験部が太くしたいと言ってきたのに対して、私は『さらに、もっと太いのにしよう』と言ったり・・・、過去の経験からも、やりたくてもできなかったことを制約なしにして全部採り入れました。
■リニアなステアフィールとは
――編集部:走りと切っても切れない関係にあるステアリング・フィールに関してはどんな思いがあるのですか?
古場:ステアリング・フィールに関しては、いろいろな人の色々な思いがあるんですが、このC-HRは、センター付近のすっきり感とか、切り込んでいった時のフィーリングのビルドアップ、保舵しているところから操舵する時のダンピング感などをすごく議論をしました。だから今までの考えとはぶつかる場面もありましたが、私はやはりステアリングの切り初めのすっきり感を重視していました。だから、切り初めの手応え感を求める人とは一番議論をしました。すっきり感と、切り込んだ時のビルドアップ感を両立させるのは制御的にも難しいのですが、そこを追求しました。そしてこれがうまくいったので、今後のクルマには参考になって行くと思います。
――編集部:そうしたフィールづくりは、やはりヨーロッパで走り込んでチューニングが必要だと考えたわけですか?
古場:そもそもグローバル市場に向けたコンパクトSUVを造ることが決まったとき、日、米、欧、中国、アジア、南米などの市場調査をしましたが、大別すると新興国と日、米、欧ではやはり求める要件が違います。しかし、コンパクトSUVはヨーロッパで一番伸びている市場ということもあり、ヨーロッパで通用するクルマをつくろうという方向に決めました。それと、ヨーロッパは車速も高いし、そこで熟成すればどこに持っていっても通用するという思いもありました。そんなこともあって、今回は日本の仕様もヨーロッパ向けもサスペンションはまったく同じになっています。だから、しなやかで、ドライバーの思い通りに、安心して走ることができる。これが一番重要だと思っています。唯一、アメリカだけはオールシーズンタイヤなのでタイヤに合わせてダンパーの特性を少し変えていますが。
――編集部:ニュルブルクリンクで走ったことで、最後には少しチューニングを変えたそうですが?
古場:今までのサスペンションならストローク量が限られているので問題にならなかったと思いますが、C-HRは今までにないストローク量にしたことと、圧倒的な高速域ということもあり、今までなら見えなかった問題点が見えました。例えば、バネは柔らかくしてスタビライザーを強くしているので、その影響でトー変化が思った以上に出ていることがわかりました。ですので、そこをリニアになるように手直ししたということがあります。この技術はプリウスにも投入されていますね。
――編集部:かなり長い時間をかけて走りのチューニングをしていますが、その間にはどんなことがありましたか?
古場:2013年は先行開発車がある程度のレベルに仕上がったので、ヨーロッパに持っていって評価をし、運動性能に関しては2014年ころにはほぼ固まり、2015年にはかなりでき上がっていました。最後はやはり音とかですかね。まあ、ダンパーはいろいろな場所を走って最後までチューニングをしていましたけど、方向としては変わらず、より安心して走ることができるように煮詰めました。2014年から2015年にかけては、限界に近い領域での回頭性を上げるということもやりました。だからこのC-HRはかなり高い限界になってもあまりアンダーステアが出ず、切った分だけさらに曲がっていくという感じの味付けにしてあります。
■静粛性
――編集部:一方で、室内の静粛性も相当レベルアップしていますね。
古場:もともとTNGAのプラットフォームをつくる時にNVHの性能を上げるために、いろいろなところの剛性を上げたり、遮音材をうまく使うことを考えて開発しました。それを活かしながら実際のクルマで静粛性能を上げてきたわけです。特に2015年頃の最後のチューニングはNVHをやりました。プラットフォームはしっかりやってあるのですが、やはり個々のクルマとしての要素もあるので、実際に車速の高い領域も含め走って仕上げていきました。
■ デザイン
古場主査は、C-HRのデザインと走りの追求を開発の2本柱として打ち出し妥協をしなかった。そのため、開発キーワードには「独創的なスタイル」(Distinctive Style)、「大人の感性に響くインテリア」(Sensual Tech and Quality)というデザイン、質感に関するキーワードがあげられた。
C-HRのデザインを担当したのは伊澤和彦プロジェクト・チーフデザインディレクターだ。個性的、独創的で他のクルマに似たところがない、新しいクルマの形を創るというハードルの高い課題が与えられた。
――編集部:課題を受け、デザインのスタートはどんな様子だったのですか?
伊澤:大胆な思い通りのデザインにするためには、設計や生産で受け入れられなければなりません。そのため、通常のモデルより早い時期から各部署にデザイン提案を行ないました。また、さまざまな技術的要件、パッケージを重視するとどうしても格好良い形にならないと思っていました。そのため、これまでの延長線上で、まず最初のデザイン提案をしましたが、やはりそれでは承認が得られませんでした。
――編集部:ということはパッケージも見直すことになったわけですか?
伊澤:そうです。古場主査からも『デザインを実現するためのパッケージにしてほしい』と言われました。それで、我々が格好いいと考えていた、足回りのダイナミックさ、クーペ風のルーフ、前後のオーバーハングの切り詰め、リヤウィンドウも強く倒して、俊敏なスタイルを提案し、それが各部署で格好いいと認識してもらいました。
――編集部:今までにないような強いプレスラインなどは、やはり生産部門では厳しいんでしょうね?
伊澤:設計、生産技術、品質管理、と関係者の協力でなんとか実現できました。最後までシャープなライン、深い絞りの面などがC-HRの重要なデザイン要素になっていますから。こういうディテールのこだわりは、エクステリアだけでなくインテリアの細部まで一貫させました。インテリアはドライバーのためのスペースと、圧迫感を抑えた広がり感のある、そしてファッショナブルで質感の高い空間を両立させ、大人の色気といった要素も盛り込んでいます。
このようにC-HRはCセグメントのコンパクト・クロスオーバーSUVとして開発されたが、かつてないほど突き詰め、グローバルで通用する走り、ドライバーの安心感に直結する意のままの走りを目指している。そしてデザインは、どのクルマにも似ていない独創的なデザインを実現し、強い存在感のある仕上がりになっている。まさにトヨタが掲げる「もっといいクルマ」を象徴する新しいクルマなのだ。
■C-HRでニュル24時間レース出場の佐藤久実氏が語る
■古場主査出演ラジオ番組「ザ・モーターウィークリーでC-HRを熱く語る」
■DJ藤本えみりの「有頂天レポート・エコカーカップにC-HRで出場しちゃいました」