日産にとって、1957年の初代登場以来57年もの歴史を持つスカイラインという車名、ブランドは特別な位置付けにある。スカイラインはスポーツセダン、GTとしての資質が何より重視されるとともに、技術的なフラッグシップとも位置付けられてきた。さらに歴代のスカイラインを愛するファン層はどのクルマより定着しており、日産車の中でも特別な存在ということができる。
しかし、一方で日本のセダン市場は縮小の一途をたどり、スカイラインはかつてのようなベストセラーとなることは難しくなってきているのも現実だ。同時に日産のグローバル戦略の中でスカイラインのポジショニングは大きく変わってきている。R34型までは日本国内専用モデルとされたが、2001年のV35型からはインフィニティ・ブランドの「G35」としてグローバル展開されることになった。日本市場では市場縮小の影響でV35型スカイライン以降も販売はかつての水準を望むことは厳しいが、インフィニティ「G35」はアメリカ、中国市場で成功し、プレミアムセグメントのスポーツセダンとして高い評価を得ることに成功している。
2014年2月末から日本で販売が開始された最新のV37型スカイラインは、これまでのような日本仕様のスカイラインとインフィニティ仕様との作り分けを行なわず、完全に共通モデルとされたことが従来モデルと大きく異なるところだ。だからV37型スカイライン=インフィニティQ50である。そして日本における商品のポジショニングはプレミアム・スポーツセダンとされ、日本市場ではマークXがライバルではなく、海外におけるインフィニティ・ブランドがそうであるように、メルセデス・ベンツC/Eクラス、BMW 3/5シリーズ、アウディA4/A6、そしてレクサスIS/GSと戦うことになる。つまりセダンというボディスタイルでも、一定の、強固なマーケットを形成しているプレミアムセダンの市場ににターゲットを絞っているのだ。
V37型スカイラインは、これまでの「日産スカイライン」ではなく「インフィニティQ50」であるが、日産が培ってきたスカイラインというGTとしてのブランド性や伝統を捨て去ることは不可能で、「スカイライン」という車名は守られた。その一方でプレミアムブランドであることを示すマークとして日産マークではなくインフィニティ・マークが備えられているのだ。ブランドに関しては、「日産」、「インフィニティ」、「ダットサン」という3ブランドをグローバル展開する事業戦略のため、そのクルマの属性を明確にしておく必要があったと推測される。ただ、そうはいっても日本ではスカイラインはスカイラインであり、販売店もユーザー層もそのポジショニングは明快だ。
V37型スカイラインは、世界で戦うプレミアムスポーツGTセダンとして、ハードウエアも再構築されている。まずはボディ骨格であるが、既報のように、新日鉄住金と日産が共同開発した世界初の冷間成形の1.2GPa(ギガパスカル)級のウルトラ高張力鋼板が新採用されている。1.2GPa級とは、ヨーロッパ車が多用するホットプレスと同等の超高張力鋼板で通常の冷間プレスにより成形することが特徴だ。そのために、超高張力鋼板では不可避のひずみやスプリングバック(もどり)対策を加える専用のプレス技術、専用のスポット溶接技術を開発している。
スカイラインではAピラーの一部、Bピラー、サイドシル・インナー、ルーフサイドなどにこの材料を採用し、さらにホットスタンプ材、通常の高張力鋼板も最適配置し、高張力鋼板全体の採用比率を高め、軽量で高強度のボディを実現している。
ちなみに開発のコンセプトは「鉄を極める」で、アルミ材などの材料置換よりもスチール技術を駆使して軽量・高剛性化を推進し、旧型と比較して曲げ剛性は60%向上し、11kgの軽量化を果たしている。またフロント部のねじれ剛性は9.3メガNm/mmで、ドイツ車などに比べても圧倒的なレベルに達しているという。ボディの空力性能もCd=0.26とし、高速走行でもゼロリフトにして直進安定性を高めている。
さらにプレミアムセグメントにふさわしいボディ作りも、日産にとって世界のマザー工場と位置付けられる栃木工場で行なわれている。世界ナンバーワンのボディ組み立て精度のアウディと同等以上の精度を追求し、例えばボンネットとフェンダーの隙間は2.5mm(アウディで3.3mm)と世界ナンバーワンにするなど、ドアとボディ、ボディ外板のつなぎ目の隙間の縮小や塗装の鮮映性の大幅な向上など生産技術のレベルアップも行なわれているのだ。
こうした結果、見栄えの美しさと、走った時のボディのがっしり感、重厚感は、新型スカイラインの新たな付加価値と言えるだろう。
インテリアの作り込みもプレミアムセグメントにふさわしいレベルに高められ、素材、仕上げなどは職人の手仕上げに匹敵するレベルが追求されている。そのため見栄え、触感などにこだわり、グローブボックス内面も植毛仕上げに。またシートは日産が新開発したスパイナルサポート形状のシートバックを採用し、長時間のドライブでも疲労を抑えることができる。
シートポジションは低めで、ダッシュボードのデザインもドライバーオリエンテッドとしている。また室内の静粛性もクラストップを狙い、吸・遮音材の最適配置やアクティブノイズコントロールを全車標準装とするなどし、クラストップの静粛性を実現している。このあたりはスポーティなダイナミック性能だけではなく、静粛性、快適性でも高い資質を持つプレミアムクラスにふさわしい配慮を加えている。
コネクティビリティも充実され、スマートフォンとの連携、SNSやメールの送受信、CAR WINGS経由でのリンクサービスなど、最新のシステムにしている。これ以外に、8インチ、7インチのツインディスプレイ、オプション設定の14スピーカー、12チャンネルのハイエンド・オーディオも装備できる。
エンジンはV6型3.5LのVQ35HR型で、ハイブリッドシステム用に合わせてアトキンソンサイクルモードも備えている。出力は306ps/350Nm。組み合わされるモーターは68ps/290Nmでシステム総合出力は364ps。急加速時にモーターは5秒間ほどフルパワーを発揮させ、エンジン出力をブーストする働きをする。そのためハイブリッドでは世界トップレベルの加速性能を備えている。したがってアクセルを強く踏み込んだ時の加速力は圧倒的といえる。
ハイブリッドシステムは、フーガなどと共通の1モーター/2クラッチ、7速ATというコンビネーションで、バッテリーはリチウムイオン電池を採用。2クラッチ式のため、エンジンとモーターの任意の切り離し、駆動力は半クラッチを使用して滑らかに後輪に伝達できるといったメリットがあり、加速時にはモーターはエンジンをブーストする一方で、モーターのみによるEV走行も自在に行なうことができる。
V37型用チューニングとして発進レスポンス向上、加速フィーリング向上、EV走行領域の拡大、モーターの発電・充電能力の増強、ATの摩擦抵抗の低減が行なわれている。燃費はJC08モード18.4km/Lを達成している。また、本格的なトランスファー付きアテーサE-TSを使用した4WDグレードも設定され、モーターのトルクも前輪に伝達されるシステムとしている。
シャシーは、フロントがハイマウント式ダブルウィッシュボーン、リヤがマルチリンクという構成は旧型と変更はない。シャシー技術ではなんといっても世界初のステアバイワイヤー、「ダイレクトアダブティブステアリング」を採用している点が注目だ。ステアリングラックギヤをコンピュータ制御によりモーターで作動させるシステムで、一方のステアリングホイール部にもモーターが設けられ、これはドライバーの操舵入力の検知と操舵力や操舵フィーリングの発生装置となっている。
装備されているステアリングシャフトは、モーター故障時のバックアップ専用で通常時は作動していない。このシステムにより、ステアリングはきわめて正確になり、ステアリングホイールを円周上で1mm動かしただけでもその分だけ正確に操舵が行なわれていることがわかる。その一方で、路面の変化やわだちなどではホイール側が自動的に修正操舵され、ステアリングホイールは直進状態のままである。そのため初めて体験すると違和感を感じるかもしれないが、直進走行時の修正舵はほとんど不要となるので、長時間ドライブした時の疲労の少なさは新型スカイラインの大きな武器になる。
また、ステアリングホイールで感じる擬似的に作られた操舵力と擬似的なギヤ比も自動可変制御され、横Gが高まると重めの手応えになる用に設定されているので、決してステアバイワイヤーから想像されるようなゲーム用のステアリング感覚ではないのだ。
もちろんこのシステムは応答遅れのないシャープなハンドリングによる意のままの走り、高い直進安定性による安心感の両立を実現することが狙いで、路面からの外乱に自動的に修正舵を行ない、車線を検知し自動的に車線中央を維持したり逸脱を自動修正するなどの働きも行なう。
ステアリングのギヤ比は9.0~20.0という機械式のステアリングではまず不可能な幅広い設定で、急操舵時には極めてクイックに応答するようにしてあるのがこのスカイラインのコンセプトである。もちろんそのためには、リヤ・サスペンションのグリップ力を高め、リヤの剛性もしっかりさせておく必要がある。
ステアリングの操舵力などもドライビングセレクトによりドライバーが好みで選択・設定することもできる。いずれにしてもダイレクトアダブティブステアリングは、これまで未知のフィーリングであり、新型スカイラインの魅力の一つになっていることは間違いない。
新型スカイラインは安全性に関してもアピールポイントを備えている。それは全方位のアクティブセーフティ、プリクラッシュセーフティなど運転支援システムを完備しているという点だ。前方安全サポートとしては次のようなものを装備。
・エマージェーンシーブレーキ(対応速度60km/h)
・前方衝突予測警報(PFCW)
・インテリジェント・クルーズコントロール
・インテリジェントペダル
側方安全サポートとしては次のようなものがある。
・後側方接近車両検知警報(BSW)
・後側方衝突防止システム(BSI)
・車線逸脱警報(LDW)
・車線逸脱防止支援システム(LDP)
後方安全支援システムとしては、
・後進時衝突防止支援システム(BCI)
全方向安全支援システムとして
・移動物検知アラウンドビューモニター(MOD)
このようなミリ波レーダー、複数のカメラを採用した全方位運転支援システムを網羅しているのは競合するプレミアムカーの中でも唯一の存在となっている。また前走車だけではなく2台前の車両の動きも前走車の床下を通過するミリ波レーダーで検知できるという世界初の技術も採用している。ダイレクトアダブティブステアリングとこうした運転支援システムにより結果的には高速道路ではほぼ自動運転に近いレベルの走りも実現しているのだ。
またプレミアムセグメントとしてふさわしいユーザーインターフェースとして、パーソナルアシスタント機能、ドライブモードセレクターも備えている。パーソナルアシスタント機能は、乗る人の好みに合わせてドライブモード、ドライビングポジションやドアミラー位置、シートポジション、エアコン設定やナビ画面、メーターの表示設定、各種運転支援システムのオン/オフなどが、あらかじめ設定できるのだ。
ドライブモードセレクターは、「スタンダード」、「スポーツ」、「エコ」、「スノー」モード以外に「パーソナルモード」を持ち、エンジン、トランスミッション、ステアリング、コーナリングスタビリティアシストなどの特性を個別に組み合わせることで96通りもの設定が選べるようになっている。
このように見ると、新型スカイラインはインフィニティ・バッジにふさわしく、世界でもトップレベルとなるプレミアムカー作りに挑戦し、そのために日産の持つ最新テクノロジーを総動員し、さらにかつてないレベルでのボディの内外装の仕上げが行なわれていることが分かる。日産としては日本向けのスカイラインと輸出仕様のインフィニティを作り分けせず、グローバル基準で求められるクルマの作り込みに1本化したわけだが、日本の伝統的なスカイライン・ファンにとってもそれは望まれていたことかもしれない。