日産がかつての倒産危機であった1999年と同レベルの危機に陥っている。1999年の日産は、2兆円の有利子負債を抱えるに至り、手持ち資金が枯渇して倒産寸前まで追い詰められた。当時の塙CEOが世界各社の自動車メーカーに打診した結果、ルノーが6430億円を出資して日産と資本提携を行なうことで、日産は生き残ることができたことはよく知られている。
日産リバイバルプランの成功
ルノー グループから送り込まれたカルロス ゴーンCOO(後にCEO)は、事前の周到な日産の財務分析のデータをもとに、「日産リバイバルプラン(NRP)」を策定した。この計画で、日産(旧プリンス)村山工場、座間工場、日産車体京都工場などが閉鎖され、従業員の配置転換が行なわれるなど、いわゆるコストカット、リストラが行なわれた。
しかし「日産リバイバルプラン(NRP)」を実行したのは、多くの部門の若手幹部を中心としたクロスファンクション チームで、彼らは従来の古いシステムを打破し、例えば系列企業を中心としたサプライヤーの壁を破り、グローバル サプライヤーにも門戸を開くなど、コストダウンや効率化を実現した。同時に車種ラインアップの整理、デザインの刷新も行ない、積極的な新車を次々に送り出した。その結果、事業を再び正常な軌道に乗せることができた。
リバイバルプランから3年後の2003年には有利子負債を解消し、以後のV字回復を実現するという奇跡的な復活を成し遂げている。
この日産の短期間での復活の背景には、合理的な再建計画の策定、社内の団結力と即座に新型車を投入できた準備体制、そしてカルロス ゴーンCEOのカリスマ性、グローバル市場で乗用車販売台数が増加するトレンドなどを挙げることができる。
通常のリストラ策なら少量販売で効率の悪く収益の少ないフェアレディZやGT-Rなどの車種は消滅したことは間違いないだろう。しかし、これらの車種はゴーンCEOの決断により継続されることになり、2007年にはR35型GT-Rが実現するなど、日産のブランド力は維持されたことも注目すべきだろう。
日産の現状
2020年5月に発表された2019年度通期の決算内容は予想されていたとはいえ、危機を明確に表している。まずグローバル販売台数は493万台で、前期比で10.6%減少している。日本では10.3%減、中国で1.1%減、アメリカで14.2%減、ヨーロッパで19.1%減など、中国を除いて大幅な減少である。
もっともすでに2019年度第3四半期の時点で、内田誠CEOは予想以上の販売減少を認めており、この販売結果は十分に予想できたものであった。
売上高は9兆8789億円で、前年比で14.6%減となっており、営業利益は405億円の赤字、純利益ベースでは6712億円という巨額赤字を計上している。
この赤字額は、奇しくも1999年当時の赤字額とほとんど同レベルとなっている。ただ、日産はその赤字の内訳で6030億円は、リストラ用補償費用(810億円)、工場、生産設備などの固定資産の損失など(586億円)、事業用資産の損失(4634億円)などの減失を減損処理により先取りして盛り込んだとしている。つまり特別損失の扱いとなっているわけだ。
減損の大部分を占めるのは、過剰な生産能力を適正化するため事業用資産の減損であり、これを今期決算に盛り込むことで、2020年度決算では約700億円の減価償却費を削減できることができるとしている。
だがこのような販売台数の減少のもとでの赤字決算で、しかも4月以降のグローバルでの新型コロナウイルスの影響でさらなる販売減少が予想されることから、今後の運転資金がいつまで続くかという懸念が生じる。
この点についてジャック マーCFOは、手元資金が1.5兆円、預金、有価証券総額から有利子負債を引いたネットキャッシュが1兆600億円、銀行融資予定が1.3兆円を確保しているため、2020年度の運転資金に問題はないと語っている。
要するに、今回の赤字は1999年当時の赤字額と同等ではあるが、資金的な余裕は十分確保しており、再建計画を着実に実行できるというわけである。
重大な課題
こうした日産の危機は、もちろん新型コロナウイルスの影響ではない。内田CEOは、過剰な生産能力、新型車の投入が遅れ、モデル年数が古く競争力が低下していることが原因としている。
つまりモデルチェンジを適正に行なわず、古いモデルを市場に送り続けたことで販売減少に歯止めがかからず、さらに新興国向けのダットサンブランドなどのように販売が低迷しているにも関わらず過大な生産能力を持っており、稼働率が低く、損失を拡大しているというのだ。
ダットサンのビジネスに関しては、どれだけ現地の市場との適合性があったのか、競合車とくらべてどんな存在だったのかなど、事業の詰めの甘さが原因であろう。
一方、日本でも、アメリカでもヨーロッパでもモデル寿命が過剰に長くなってしまったと説明しているがそれは結果論であり、本社における商品企画が機能していないという重大な問題があることにほかならない。
1モデルを他社より長く作り続けることということは、恐らく開発費を償却した後の収益率の高さを最重視するという判断による結果であろう。例えばBセグメントのクロスオーバーSUVの世界的な先駆けとなった「ジューク」は、特にヨーロッパにおいてセグメントのリーディングカーとなることができた。だが、2010年に投入され、なんと2019年まで継続販売されている。同一モデルを9年間も引っ張ったのである。
同様に、現在のグローバル市場で最も広範な適合性を持つC/DセグメントのSUV「エクストレイル(アメリカ市場名:ローグ)」は2013年に発売され、現時点で7年目を迎えている。ルノーと共通のCMF-C/Dプラットフォームを採用し、ルノー カジャーなどとも共用化されているが、このグローバルで基幹モデルの「エクストレイル」さえも7年間も引っ張ったモデルなのである。
このように、商品企画の動きの遅さ、次世代の商品企画力が弱いということの根は深い。もちろんこの異常な状態は分かっていたはずだが、健全に機能していなかったわけだ。クルマという商品は、一般的なコモディティ商品以上にブランドの発信力や競合車との差別化が必須であることはいうまでもない。
今後の日産は、ヨーロッパ市場向け、Bセグメント以下は開発をルノーに任せ、日本、アメリカ、中国の3市場に重点的に取り組み、販売台数を競わず、収益性を確保するとしている。しかしながら、中国市場での日産のポジションは日本の自動車メーカーとしてはホンダと並んでトップレベルにあるが、もう一つの巨大市場でのアメリカでの現状は厳しい。
これもここ1、2年の問題ではなく、10年近くに渡ってブランド価値を低下させているからだ。その理由も、商品投入が遅れ競争力が失われていることだけではなく、販売台数を追求してレンタカーなど企業向けのまとめ買い向けのフリート販売を重視し、安値販売を行なってきたこと、一般ユーザー向けには、販売店に販売奨励金を増大し、収益率を下げると同時に中古車市場価格も低下するという負のスパイラルに陥っているからだ。
こうしたアメリカでの販売政策を見直すとはいえ、販売奨励金が絞られる販売店の抵抗は大きく、中古車価格を上昇させるためには時間を要する。もちろんブランド価値を高めるためにはさらに時間が必要になる。
実際にブランド構築や販売政策など、グローバル戦略をすべて担当するアシュワニ グプタCOOは問題を十分理解しており、すでにアメリカ市場では改善効果も見られるとしているが、いずれにしても1年、2年で解決できる問題ではない。そして、今後アメリカ市場を重点的に新型車を投入するとしているが、それらが思惑通りにヒットするとは限らないなど、懸念すべき状況は当面覚悟せざるを得ないのである。
構造改革と新型車攻勢
内田CEOのもとで、日産が取り組む新たなリバイバルプランは「NISSAN NEXT」と名付けられ、株主総会後に本格的に始動する計画となっている。
それは販売台数を追わず、収益率を高めることを目指すという。そのため、過剰な生産能力を削減し、従来の720万台体制から20%減となる540万台体制に縮小。そのためにインドネシア工場、バルセロナ工場を閉鎖し、アメリカ工場の再編などが行なわれる。
また重要市場として、日本、中国、アメリカに絞り、車種ラインアップも従来の69車種から55車種に削減する。同時に今後は車種を日本専用の軽自動車以外は、Cセグメント、Dセグメント、EV、スポーツモデルに絞り込み、Bセグメント以下、商用車はルノーがメインとなって開発することにしている。
日本では電気自動車、e-POWERを拡大し、2023年までに電動化率を60%にまで高めることにしている。そして日本に向けe-POWER搭載のB/CセグメントSUV「キックス」を6月下旬にまず投入する。ただ、この「キックス」は2016年に発売された海外生産モデルにe-POWERを搭載したモデルだ。
秋には新EVプラットフォームを使った2モーターによる4WDの「アリア」を投入。さらに2021年には軽自動車EVを投入する計画だ。
中国では2023年までにEVを7モデルに拡大し、同時にe-POWERモデルを増大させて行く方針だ。さらにコネクテッドカーもより普及させ、2023年までに600万台、約90%をコネクテッドカーにするとしている。
アメリカ向けとしては、SUV、ピックアップの新型を集中的に投入する。新型「ローグ(エクストレイル)」、「アリア」、ピックアップの新型「フロンティア」、大型SUVの新型「パスファインダー」、「インフィニティQX60」などを2020年から2021年にかけて送り出す計画だ。その中には2021年発売予定の新型「フェアレディZ」も含まれている。
このように今後18ヶ月間、2022年までに12車種のニューモデルを市場に投入し、同時にプロパイロット搭載車は2023年までに年間販売150万台超えを計画している。
日産にはすでに2000年当時のリバイバルプランを経験した社員がほとんどいない。またカルロス ゴーン元CEOのようなカリスマが不在であり、舵取り役としての力量は未知数の内田CEOのもとで新たな構造改革が始まろうとしている。
リバイバルプランの時代とは大きくグローバル市場の状況は変わっており、各国市場の拡大は期待できないという厳しい状況の中で、どのように取り組み、現在の危機を乗り越えることができるのか。ここ2年が正念場となっている。