スーパークリーン・ディーゼル 最新技術の現状

ポスト新長期規制に適合したスーパークリーン・ディーゼル車、つまり最新のガソリン車と同等の排ガスレベルを達成している、というディーゼル車は日産エクストレイル、メルセデスベンツE350ブルーテック、そして5月末にML350ブルーテック、つい先日発表された三菱パジェロだけである。

ただしメルセデスベンツのML350ブルーテックは少数限定輸入車扱いとされている。もっともそれ以前からCO2に限ってはディーゼルのほうが、20%〜30%近く排出量は少なかったのだが、おもにNOx(窒素酸化物)がガソリン車よりも多く排出されていたため、その点に注力し適合させてきたと言える。

日産エクストレイルに搭載されたM9R型はルノーとの共同開発で、当初のユーロ4適合から、ユーロ5、ユーロ6/ポスト新長期適合へと進化させてきた。2.0Lで173psという高出力で、当初、トランスミッションはMTのみであったが2010年8月にATがラインアップした。このエンジンは、現在のところエクストレイルのみに搭載され、国内販売モデルに限られているが、ユーロ5に適合している以前のエンジン・ユニットは、ヨーロッパではエクストレイルのほか、キャッシュカイ、さらにルノー車にも採用されている。

メルセデスベンツのスーパークリーン・ディーゼル技術、ブルーテックのコンセプトはかなり以前から提唱されていたものだ。アドブルー(ドイツ自動車工業会による商標:尿素水)と選択式還元触媒(SCR)の組み合わせによるNOx後処理を備えたブルーテックは、アメリカ市場への投入が最初(Tier2 Bin5適合。従来のCDIは規制除外の特定の州でしか販売できなかった)であったが、2009年秋から日本に投入され、国内排ガス規制のポスト新長期適合を果たしたわけだ。

このメルセデスベンツの尿素水+SCRの組み合わせは世界初とされているが、これは乗用車用という意味であって、先陣を切ったのは日産ディーゼル(2004年)であった。ただ、いずれにせよ日本ではスーパークリーン・ディーゼル乗用車の選択肢は日産エクストレイルとメルセデスベンツ、三菱パジェロしかないという現状である。

では今後、日本でも続々とスーパークリーン・ディーゼル乗用車が登場するかといえば、現実にはあまり希望は持てそうにはない。そもそも、2005年頃から日本の自動車メーカーは乗用車用のスーパークリーン・ディーゼル開発に本格的に踏み込んでいた。ヨーロッパでのラインアップ展開ではディーゼルエンジンが不可欠なこと、日本では政府のエネルギー政策に応えるという二つの理由があった。しかし2008年のリーマンショックにより、自動車メーカーの開発予算は大幅に縮小されてしまい、日本の自動車メーカーの乗用車ディーゼルエンジン開発(特にポスト新長期規制向け)は、量産車展開には大きなブレーキがかけられてしまったからだ。

その結果、日産以外でスバル、三菱、ホンダ、トヨタ、マツダがヨーロッパ向けとしてユーロ5適合エンジンをラインアップしたものの、日本のポスト新長期規制をクリアするエンジンの登場は三菱を除き延期、もしくは中断されてしまっているのが現実だ。さらに、アメリカ市場で乗用車ディーゼルの普及率がアップするという予測がはずれ、EVやハイブリッドカーに急速にシフトしつつある現実の前に、日本のメーカーはさらに及び腰になってしまったのだ。

経済産業省が推進する次世代自動車普及戦略では2020年にスーパークリーン・ディーゼル車の普及を5%と見積もっているが、現状では空想的といえる。一方のヨーロッパではディーゼル・エンジン車は約50%の普及率になっていることはよく知られている。2000年頃から特に普及が加速しているが、その理由はCO2の削減に有効であることが知られたことと同時に、ディーゼルエンジンの高性能化が果たされ、ガソリン車とそん色ない乗り味になったことなどがユーザー層に支持されたからだ。

欧州ディーゼル次世代戦略 次世代予測

もともとヨーロッパ市場では、走行距離が多いため、ガソリンエンジンより燃費と低速トルクに優れるディーゼル・エンジンが市民権を得ていたが、ディーゼルに新世代の技術投入が行われ、さらなる高性能化が実現したことでいっそう普及が促進されたというわけだ。ただ、車種的には中型、大型車が主流であり、燃料の軽油は、ガソリン価格と同等レベルのため、実用燃費や性能で選択されていると見るべきだろう。

日本の自動車メーカーはヨーロッパ市場に展開するために、ユーロ4からユーロ5規制に適合するディーゼルエンジンを開発したが、ヨーロッパ市場に限定した生産基数から考えて、とても採算が取れるレベルにはない。また、ディーゼル・エンジンの製造コストは一定数の量産を行ったとしても、同クラスのガソリンエンジンの2倍以上とされ、コスト負担が極めて大きいのだ。

確かに、コモンレール・システム、ピエゾ・インジェクター、可変ジオメトリーターボ、電子制御EGRシステムといった現在のディーゼル・エンジン特有の高価な装備、エンジン内部部品のコスト、さらに大トルクに適合する専用トランスミッションまで含めると、ガソリンエンジン車との価格差を50万円程度にする限り採算割れは確実だろう。さらに、ポスト新長期規制やユーロ6規制に適合させるためには、主としてNOx処理のためにNOxトラップ触媒、あるいは尿素水/SCRが必要とされ、さらにコストはアップする。したがって技術的な開発はともかく、日本国内での量産展開は厳しいといわざるをえない状況にあると考えられる。

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日本の自動車メーカーのクリーンディーゼル・エンジンの現状を概観する

日産はルノーの共同開発によりM9R型2.0Lエンジンを実現し、コモンレール式(1600気圧)、ダブル・スワールポート、ピエゾインジェクター、可変ジオメトリーターボ、圧縮比15.6、NOx処理はリーンNOx触媒を採用しポスト新長期規制に適合している。

ホンダはi-DTEC、2.2L エンジン180ps。同じくコモンレール式(1800気圧)、ピエゾインジェクター、可変ジオメトリーターボ、圧縮比16.3、Nox処理はリーンNOx触媒を採用しユーロ6に対応予定で、今のところ、国内販売予定がない。

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↑ホンダのi-DTECディーゼル

三菱は欧州モデルのランサーに搭載している1.8Lの4N13型と2.2Lの4N14型をラインアップ。コモンレール式(2000気圧)、ピエゾインジェクター、可変バルブ(MIVEC)による吸気バルブ早閉じ+片弁低リフト、可変ジオメトリーターボ(4N14型は排気+コンプレッサー翼可変)、圧縮比14.9(世界一の低圧縮比)。NOx処理はリーンNOx触媒を採用しユーロ5をクリアしている。そして、国内販売するパジェロは同様の燃焼技術に加え、NOxトラップ触媒、酸化触媒、DPF(ディーゼル・パティキュレイト・フィルター)でポスト新長期規制に適合している。

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↑三菱の4N13ディーゼル

トヨタは海外向けND型1.4L、AD型2.0/2.2Lディーゼルを開発中。ユーロ5適合エンジンはヨーロッパの工場で生産中だ。トヨタのヨーロッパでのディーゼルエンジン比は15%程度。ユーロ6は、低圧縮化、可変バルブタイミング機構、コモンレール式、フィードバック制御ピエゾインジェクター、可変ジオメトリーターボ、リーンNOx触媒で適合させる予定だ。

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↑トヨタのディーゼル

マツダはヨーロッパ向けMZR-CD 2.2L。コモンレール式(2000気圧)、ピエゾインジェクター、可変ジオメトリーターボ、圧縮比16.3、NOx処理はリーンNOx触媒、または尿素水+SCRで適合予定。

スバルは水平対向2.0L。ユーロ4からユーロ5に適合、コモンレール式 ソレノイド式インジェクター 可変ジオメトリーターボ。ユーロ6適合は未発表。

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↑スバルのディーゼル

このように最新の乗用車ディーゼルエンジンは、低圧縮化、クールドEGR、高圧インジェクターの採用を進め、NOx低減をはかっている。高圧インジェクターは燃焼、黒煙粒子の改善、それ以外は燃焼時のNOxを低減するためだ。黒煙粒子はDPFによって捕捉する。

NOxの後処理はリーンNOx触媒、または尿素水+SCRで処理することで、ユーロ6、Bin5、ポスト新長期規制に適合する。トラック、バスやメルセデスベンツの例のように比較的大型のクルマには尿素水+SCRが適合し、小型車はスペース的な要因でリーンNOx触媒を採用する。大型トラックやバルは圧縮空気システムを持つため尿素水の噴射には圧縮空気を使用するが、乗用車に採用するためには専用の噴射ポンプが必要になる。また約20Lの容量の尿素水のスペースも小型車には負担となる。

unit 最新システム

いずれにしてもディーゼルエンジンでは黒煙粒子(PM)とNOxの発生は背反項目であり、またNOxは希薄燃焼を行うディーゼル燃焼の根本的な宿命である。黒煙粒子の対策とCO2対策は酸化触媒と粒子用のフィルターを一体化させることでほぼ解消できているが、NOxの処理が現在の規制で大きなテーマとなっている。NOx対策システムに高いコストを要すると、乗用車においては高額車以外では採用不可能だろう。

このようにスーパークリーン・ディーゼル・エンジンは製造コストを下げない限り、日本での普及は絶望的である。高価なピエゾインジェクターではなく比較的安価なソレノイド・インジェクター化や、NOx後処理装置の簡素化(低価格化)=低NOx燃焼化技術の実現が大きなテーマとなっていると考えられる。ただ、日本のように乗用車の走行距離が短い使用条件では、車両価格が高くなってしまうディーゼル乗用車では、ガソリン車と比較してコストパフォーマンスは割に合わない、というのも事実だと思う。一方で、燃費の良さと燃料代の安さでお得感を感じるのも事実である。

文:編集部 松本晴比古

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